第28話 告白

「マリーちゃん、ゆうくんといつも一緒にいたからなぁ」


 西井美咲が悲しさが溢れる顔をしながら言った。

 彼女にとって、麻里奈という人はとても身近な存在だったのだろう。


「麻里奈も愚痴ってたわ。笹原小町に殴られたって」


 石野織里奈はため息を吐く。

 それは、自分の妹が自分の友達をいじめてしまった事に対するものだろう。


「あーし、こまちゃんの事結構知ってるから、そんなわけないと思ってさ。まぢ? って聞き返したのさ。そしたらまぢって言うし」


 石野織里奈は再度ため息を吐いた。

 余程ショックなのかもしれない。

 彼女は普段はクールで他人に興味がない感じだが、実は友達思いでみんなの幸せを願う人なんだと思う。多分。

 それは、小町でも彼女をいじめた自分の妹でも変わらないくらいにそう思っているのだろう。


「何があったのって聞いてもさ、答えてくんないの。何かあんなと思ったけど、結局あーしは聞けなかった。でも、ななやんの話を聞いて何となく辻褄が合ったわ」


 俺の話の内容は少しばかり俺の予想が入っていたが、それも石野織里奈にとっては納得いく話だったらしい。

 

「ゆうくん、こまちゃんの事好きだったんだ。知らなかったなぁ。そっか。そうなんだぁ。言ってくれればいいのに。はは、言うわけないか」

「ん?」


 西井美咲の呟きに俺はどこか違和感を感じた。

 何だか今の発言は小町に対する心配というよりも、「ゆうくん」に対する憂いを感じた。

 どこか、やけくそである。


「西井美咲、どうかしたのか?」

「え? なんか言ったっけ?」


 知ったかぶっているのか、はたまた無意識だったのか。

 真意は分からないが、どちらにせよ無理に聞くのはやめた方がよさそうである。


「それで、こまちゃんはどうしたいの?」


 河原沙恋の言葉に、俺の腕に抱きついたままだった小町はゆっくりと離れて俺の前に立った。


「仲直りしたいです」


 それはまごう事なき、彼女の望みだった。

 

「そっか。じゃあ、うちらも頑張ってやらんとね」


 西井美咲が、小町の頭を撫でる。

 その手つきは、初めて彼女を撫でた時と同じように優しかった。


「あーしも、もちろん麻里奈を改心させなきゃいかんし、協力するよ」


 石野織里奈はポケットから棒付きの飴を取り出し小町の手に握らせた。


「まぁ、あたしが行けば全て解決だから安心しな」


 河原沙恋は小町の肩に手を置く。

 何故かとても頼りに見えるのは何故なのだろうか。


  ・

  ・

  ・


生物部部室にて。

黒田守、茶屋真白、上代山茶花、上代桔梗(写真部部長)は、文芸部で何が起こっているかについて話し合っていた。


「今頃、血で血を洗う争いが行われてるんだろうな」


 茶屋真白は、顔を青ざめながら体を震わせた。


「なわけないだろ馬鹿。血を流して死んでるのはまだ……ななやんだけだ」


 黒田守は、静かに下を向く。

 七町敬也への黙祷だ。


「何を言ってるんだお前ら」


 二人の様子を見て、流石に耐えきれなくなったのか上代桔梗がツッコミをいれた。


「兄さん、ななやんさんが死んだんですよ」

「だから、何言ってるんだ?」


 妹の真面目な顔に上代桔梗は再度ツッコんだ。

 上代桔梗は生物部の部室でぬいぐるみと戯れる上代山茶花の写真を撮っていたのだが、急に男二人がお邪魔してきて意味の分からない事を言っているという状況にいた。


「もう一度言うが、お前ら何言ってるんだ?」


 呆れ顔の模範のような顔をして、三人を見る上代桔梗。

 いつもは虚勢を張っている彼も今ばかりは落ち着いた口調である。

 ここでツッコミ役がいなくなったら誰もこの状況を止める事が出来ないと判断したのだ。やはり、上代桔梗は根はいいやつである。


「ぶちょーさん。世の中には知らない方がいい事だってあるんだぜ?」


 茶屋真白が何かを悟ったような顔で上代桔梗を諭した。

 上代桔梗は茶屋真白の態度を見てイラッとしたがぎりぎりと堪え、深呼吸をした。


「真白。でも、彼らには知る権利がある」


 黒田守は至極真剣な顔で茶屋真白の肩に手を置く。

 当の茶屋真白は、目を瞑って顔を背けている。


「仲間の死を伝えるなんて、俺には出来ねぇよ」

「お前らの声がデカいせいで、それは既に把握済みだぞ」

「兄さんだって、いつも声大きいですよ」


 いつもの自分を棚に上げた発言をした上代桔梗は、妹に痛いところを突かれ胸を押さえた。

 彼には、声がうるさい自覚があった。上代桔梗は、それには触れないで欲しかったと言わんばかりの苦いを表情を浮かべた。


「ま、まぁ。よ、要するに、七町敬也が危ない状態なんだろ? 様子を見に行けばいいじゃないか」

「分かってねぇな」


 茶屋真白は一歩指を立てて、左右に三回振った。

 こいつは、人をイラつかせる天才らしい。そう思った上代桔梗は思わず手が出そうになったが、再度堪えた。

 今度は、大きく深呼吸してまず落ち着くことにした。


「で、何がだ?」

「ミイラとりがミイラになる。しろが言いたいのはこれだ」


 上代桔梗の質問に黒田守が答えた。

 まるで推理を犯人に告げる名探偵のように。


「部室で何が起こってるんだよ」


 上代桔梗は、やっと踏み込んだ質問をした。


「知りたいか?」

「お前らがうざいからな」

「勇気があるな。だったら、話そう。文芸部の部室で何が起こっているのか」


 上代桔梗は、別に緊張などしていないのに、生唾を飲み込んでしまった。

 一応、やばいことになっている可能性もあり得るからである。


「実はな」

「あ、あぁ」

「分からん」

「死にたいのか?」


上代桔梗は 身構えてしまった自分が恥ずかしくなった。

こいつら、一人は馬鹿だったが、どうやらもう一人も馬鹿らしい。そんな事を上代桔梗は思った。


「想像を絶する事が起こっている事は確実だ。分からない方が幸せって事だな」

「そろそろ殴るぞ?」


 上代桔梗の殴りたいメーターが限界を迎えようとしていた時。

 生物部の部室に携帯のメッセージアプリの通知音が鳴り響いた。音は二箇所から。

 黒田守と、茶屋真白からである。


「ん? あぁ、女子組からだ」

「終わったか。じゃ、戻ろう」


 二人はそう言うと、静かに部室から出ていった。

 嵐のように過ぎ去って言った黒田守と茶屋真白。

 上代桔梗はやり場のないイライラを発散するために部室が揺れるほど叫んだのだった。

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