第27話 繋がった線

「小町、とりあえずゆっくり休んでな」

「はい。先輩」


 小町は元気こそないが、隠していた事を話したからか、どこかスッキリした表情を見せた。


「またね」

「はい。また」


 俺は、ドアを開けて小町の家から出た。

 あたりはすっかり暗くなっている。

 そりゃそうだ。

 今は本格的な秋。日が短い。


「こういう日に限って、月がきれいだな」


 藍色の空には雲一つなく、満月がこれでもかというくらい光っている。

 俺はその月の光に照らされて、電気が窓から溢れ見える住宅街を進んだ。

 今日、小町の話を聞いて分かった事がある。

 それは、石野織里奈の妹、麻里奈がいじめの主犯格の可能性が高いという事だ。

 彼女が言っていたというゆうくんという名前。

 それは、西井美咲の弟の名前と一致する。

 まさか、たまたま同じなわけではあるまい。

 西井兄妹と石野姉妹が同じ高校に進学しているのは、確かにうまくいきすぎな話に聞こえる。

 しかし、十分にあり得る話だ。兄弟が同じ学校に通うのはそう珍しい話じゃない。

 という事は、早い話、西井美咲と石野織里奈にこの事について話せば、問題の発端が見えてくる。

 あなたの弟さんがいじめの原因で、あなたの妹さんが主犯格です、なんて話すのは気が引けるが、これも小町のためだ。

 彼女が笑って暮らすには、この問題を早々に解決する必要がある。一番の近道を辿らねばならない。

 それに、俺達だけで解決するには圧倒的に味方が少ない。手札も過疎状態だ。

 でも、もしかしたら、信じてくれないかもしれない。

 小町が直接言えればいいが、俺の言う事なんて、果たして信じるに値するのか。友達、なのかも分からず迷っている俺の言葉に頷いてくれるだろうか。

 弱気になってどうする! 七町敬也!

 小町を守ためだろう!

 たかが友達かどうかで悩むな!

 小町はもっと深刻なんだ!


「ふぅ!」


 俺は気合いを込めるために、両手で頬を叩いた。

 決意は固まった。

 後は、行動だけだ。





 土曜日は文芸部が全員集まる日だ。

 西井美咲と石野織里奈に話を聞くのに絶好の機会である。

 小町も、今朝迎えに行ったら少しは元気を取り戻したみたいで、事情を説明すると、一緒に学校へ行くと言ってくれた。

 小町は、家から出てくるなり抱きついてきたが、「我慢」の事を思い出したのか、すぐに離れた。

 もちろん、そんな小町を見て、偉いなと俺は彼女の頭を撫でた。

 明るい笑顔ではなかったが、嬉しさが滲み出るような笑顔を見せてくれた。

 不謹慎かもしれないが、元気な人が急に憂いを帯びると普段よりも心がドキドキするのは何故なのだろうか。

 俺は変態なのだろうか。

 それとも、小町だからなのだろうか。

 そんな事を考えながら俺は小町と朝早くに文芸部の部室に行き、部員を待っていた。


「あらら? ななやんとこまちゃんじゃないの! 今日は文芸部貸切デーだぜ? ヤルなら他d」

「その手はやめろ! 文芸部の気品を下げる!」


 最初に来たのは黒田守と茶屋真白だった。


「あー、えっと。その」


 ここで待たせてもらえないか?

 そういえばいいのに、俺は声が出てこなかった。

 友達かもしれないと意識し出した途端にこうだ。

 自分に呆れる。


「先輩と小町、ミサちゃんとオリーちゃんを待ってるんです」

「二人を? そりゃまた何でなんだい?」


 黒田守は、当然の質問をしてきた。

 さぁ、なんて説明するか。小町のいじめについては彼女のためにも伏せておきたいが。


「小町がみんなと仲直りするためです」


 小町?


「仲直り?」

「みんなと?」


 黒田守と茶屋真白は、まるで照らし合わせたかのように同時に首を傾げた。


「はい」


 小町はどこか清々しい表情で言い切った。

 俺に悩みを話した事により、皆に秘密にしているのが馬鹿らしくなったのかもしれない。


「え、ミサとオリーとケンカをしたから、仲直りしたいって事かい? いつの間に仲違いを」


 黒田守は驚いた表情を浮かべた。

 確かに、小町の言い方ではそう読み取れる。

 俺も黒田守と同じ立場だったら、そう思う自信がある。そして、同じように驚くだろう。いつケンカする暇があったのかと。


「えっと、まだ分からないので二人に聞いてからでもいいですか?」

「「ほぉ?」」


 ケンカをした相手が分からないから、ケンカした相手に聞く。

 何とも矛盾する答えだ。


「分かる、まもちゃん」

「さっぱりだ」


 二人は混乱を極めているが、小町はそれに気づく様子もなかった。

 むしろ、俺の代わりに説明を頑張った自分を褒めてほしいのか、こちらをチラチラ見ている。

 ここは、褒めると言うより。


「ありがとな」


 感謝だろう。


「「「おはー」」」


 三人の揃った声。

 どうやら来たようだ。


「あ、こまちゃんとななやんじゃん。何で?」

「もしかして、活動内容気になる系? うちらと一緒にやっちゃう?」

「いや、ちゃうっしょ。あーしは何となく分かるけど」

「え?」


 石野織里奈が気になる事を言ったが、それをかき消すかのようにざわつき出した輩達がいる。


「おい。おいおい。ヤベェよ、まもちゃん! 女同士の戦い始まっちまうよ!」

「個体のレベルはこまちゃんの方が圧倒的に高い。しかし、が集っている今は、明らかに部が悪いぞ」

「さすがまもちゃん、無駄な分析、サンキューだ!」

「無駄じゃない。今からどちらにつくかで俺たちの命運が決まる戦いが始まるんだ。ここは関ヶ原と化した」

「石川五右衛門と、徳田権左衛門のアレか」

「名前を混ぜた上で別人に変換するのやめろ。分かりにくい。あと、後者は誰だ」


 ここまで二人に黙っていて欲しい事があっただろうか。

 まさか黒田守もそっち側に行くとは思わなんだ。


「何の話してんの?」


 西井美咲が、様子のおかしい黒田守と茶屋真白を怪訝そうな顔で見つめる。


「え? いや、だってお前とオリーVSこm」

「馬鹿野郎! 死にたいのか!?」


 勘違いをしているとはいえ、あんたらは何の茶番をしてるんだ?


「こ、小町、ミサちゃんとオリーちゃんに聞きたい事があるんです!」


 二人の馬鹿のよる茶番を終わらせたのは、他でもない小町だった。

 聞きたい気持ちが抑えられなくなったのか、小町は思わず出てしまったであろう大きな声で尋ねた。


「うちとオリー? どうしたの? 新しい本が見たいとか?」

「いや、ミサ多分違うわ。あーし分かる」


 やはり、何か知ってる口調のオリー。

 これは、可能性的に彼女が知っていると言うのは、小町と麻里奈の事以外考えられない。


「じゃあ、まもちゃんしろちゃん、生物室へゴー」


 オリーの言葉を聞いて、素直に頷く黒田守と茶屋真白。

 これから俺達が話す事があまり聞かれたくない話という事を察してくれたのだろうか。


「くそ、結局始まるんだな、聖戦が」

「どうやら、見守る事も出来ないようだ。死人が出ない事を祈ろう」


 前言撤回。

 やはり馬鹿は馬鹿のままだった。

 そのノリはいつまで続くんだ?


「じゃあ、死ぬなよ、ななやん。骨は拾ってやるからよ!」


 それ、死んでるやん。


「生きて帰ったら、一緒に飲もう。墓になっても」


 だから、死んでるやん。


「行くか!」

「そうだな」


 二人はそう言って部室を出て行った。

 やっと五人になれたところで、ん? 五人? 一人多くないか?

 あ、河原サレンがいるのか。


「河原サレンはいていいの、か?」

「あーうん。あーしの知ってる感じだと、いた方がいいね」

「え、あたし何かしたっけ?」


 どうやら、この一件河原サレンも関係あるらしい。それは知らない情報だった。


「んじゃま、こまちゃんの話を聞くか」

「なになに? 何の話?」

「あ、あの。小町からは言いにくいので先輩お願いしてもいいですか?」

「え?」


 俺が?

 ちゃんと話せるだろうか。

 こいつらの目を見て話せるだろうか。


「あ、あぁ。分かった」


 でも、小町に頼まれたとならば、やるしかない。

 俺は腹を決めた。


「あ、あのな。えっと、その」


 言葉がうまく紡げない。

 やはり、ここ心のどこかで緊張している。

 どうしよう。

 三人の沈黙が怖い。

 そんな時だった。

 誰かが俺の背中を優しく撫でたのだ。

 小町だ。


「……ありがとう小町」


 小町は微笑んだ。

 まるで天使のようだ。その暖かな笑みがとても勇気をくれる。


「ふぅ……実は」


 俺は小町が受けたいじめに関して話した。

 緊張が吹っ飛んだのか、自分でも驚くほど湧くように言葉が出てきた。

 そして、話を終えると場は静まり返った。

 笑える話じゃない、こうなるのは確実だった。

 ふと横にいた小町を見るとその時の辛い感情が蘇ってしまったのか、眉間に皺を寄せて、唇を噛んでいた。

 俺はそんな小町を撫でる。

 小町は泣く事はしなかったが、俺の腕に抱きつき顔を埋めたのだった。 

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