第25話 彼女の頑張り
「先輩、小町、頑張ったんです」
「そうだな」
俺は頭を撫でながら小町の話を聞いていた。
先輩を思わせる気持ちキリッとした印象の顔も、今は幼く見える。
ダメだな。安心してしまう俺がいる。
「先輩に褒められようと、先輩が嬉しくない事我慢して、先輩にすごいと思われる事頑張りました。我慢したらすごいと思われる事はちゃんと我慢しました」
「うん」
小町は俺の腕に抱きついて、顔を埋めた。
「でも、先輩、褒めてくれないから。小町、寂しかったんです」
「ごめんな」
今は、小町の涙と鼻水で制服が汚れるのが気にならない。
そんな事とても小さく思えるからだ。
「そしたら昨日、山茶花ちゃんが皆に囲まれてるのを見て思ったんです。小町、仲良くする事頑張ってなかったって」
「仲良くする事?」
ぎゅっと力強く腕を抱き締める小町。
言いにくい事を頑張って言おうとしているみたいだ。
「ずっと前、先輩に、友達いるの? って聞かれて、小町、嘘つきました。でも、それ見て先輩は素直に話してって言いました。でも、結局言えませんでした」
「うん」
「小町が話しかけたら、みんなどこかに行っちゃうんです。特に、
俺は、それを聞いて何も言えなかった。
それは、四月から始まっていたのだろう。
ずっと小町は耐えてきたのだ。
それを考えると、気付こうとしなかった自分を無性に殴りたくなってきた。
「いっぱい悪口言われて、小町、言い返しました。何でそういう事言うのって」
「それで?」
「嫌いだからって言われました」
「そう」
俺まで心が痛くなる。
嫌いと言った時の小町の声は何とも言えないくらい震えていた。
余程悲しかったんだろう。
「ずっと悪口言われて、小町何度も聞き返しました。何で嫌いなのって」
「うん」
「そしたら、そういう所って言われて、だけど、小町よく分かりませんでした」
「そうだね」
小町は何でも理由を知りたがる。
そこを少しウザがられるのは少々分からなくもない。
だが、実稲とやらが小町を嫌うのはそんな理由ではない。絶対。
たまたま、嫌な部分を見つけたから、そう言ったに違いない。
「小町が分かったのは、先輩に小町のビデオを見せられた時でした」
「うん」
「だから、小町、先輩に言われた通りに我慢しました。どんなにぷんぷんしても、実稲ちゃん達には言い返さなかったし、やり返しませんでした」
「ごめんな」
「ううん、小町は頑張っただけです。先輩は悪くありません」
これがもし、悪い方向に働けば、確実に俺が原因である。
小町の近辺の事をよく知ってから、行動すべきだった。
「それで。どうなったの?」
「そしたら、実稲ちゃん達どんどん悪口を言いふらして、小町、みんなから悪口言われるようになりました」
もしかして、あの時男子生徒達が言っていた噂って、そいつらが!?
「えっちな事言われたり、気持ち悪いって言われたり、調子乗ってるって、言われたりぃ……!」
小町は涙が枯れてくれないのか、嗚咽しながら泣き始めた。
耐え難い苦痛だったのだろう。
俺には計り知れない。
そして、ようやく泣き終えた小町は話を続けた。
「でも、先輩達といると、そんな事忘れられるんです。先輩達優しくて、面白くて大好きです。山茶花ちゃんは、ちょっと、苦手だけど」
「そうなのか」
それは嬉しいものだ。彼女の心の拠り所が俺たちである。
それだけで喜ばしい事だ。
だけど、それが追い詰められたが故にできたものだとしたら、嬉しいわけがない。少なくとも俺はそうだ。
「その、実稲とはどうなったの」
「それで、一昨日、山茶花ちゃんを見て、友達いっぱい作ったら先輩に褒めてもらえかもって思って」
「うん」
「実稲ちゃん達にごめんなさいって謝って、そしたら、実稲ちゃん達笑顔になって、小町も友達になれたって嬉しくなりました。放課後も、実稲ちゃん達と楽しくお話ししてました」
上代山茶花が見たと言っていたのはこの場面か。
「で、でも」
小町は急に黙った。
辛すぎて、言葉に出すのも苦しいのかもしれない。
でも、聞き出さなればいけない。
強制はダメだ。あくまで自然に。
「小町。俺の話、聞いてくれるか?」
「え?」
小町はずっと腕に埋めていた顔を上げた。
「俺はな。カウンセリング部でたくさん活動していた時に気づいた事があるんだ」
「何ですか?」
小町は急に話を始めても素直に聞いてくれている。
さすがは純粋と言ったところか。
「それは、みんな色んな悩みを抱えてるって事だ。恋人との悩みだったり、スポーツの技術が上達しない悩みだったり。そんな中でも一番多かったのは、友達についての悩みだった」
「はい」
「その大体が友達の愚痴だったり、直してほしいところだったりの話なんだ。まぁ、当たり前かもしれないけど」
「そうなんですね」
「でな、そんなみんなの悩みを聞いているうちに、俺は」
俺は。
その先の言葉がつっかえた。
恥ずかしい。
その気持ちが頭を支配していた。
「先輩?」
その言葉からしばらくすると、ふと腕にあった圧迫感がなくなった。
「小町?」
小町が腕から離れたのだ。
「先輩。小町、我慢します」
「へ? 何を?」
突然言われて、混乱した。今は俺のターンだったのに、流れが急に変わってしまった。
「小町、先輩にその事聞きたいけど、我慢します。だから、無理しないでください。そんな顔しないでください」
「小町」
小町が、自らそんな事を言うとは。
今だけは甘えていいと言ったのに。
そんな事言われたら、言わないわけにはいかないじゃないか。
まったく。
「いや、いいよ。俺が言いたいんだ」
「でも」
「まぁ、聞いてくれ」
小町は俺を見つめて困った顔をしていたが、納得したのか頷いた。
「俺は、俺はな。友達っていうのが怖くなっちゃったんだ」
「怖い?」
小町はよく理解できていないようだ。
彼女の中で友達は良いもの、怖いは悪いものという認識があるからだろう。
「友達を作ったら、裏でなんて言われるか分からない。自分の知らないところで愚痴を言われるのが怖くなったんだ」
「そんな事、あるんですね」
小町は、悲しい顔をした。友達という存在は、彼女にとって自分の事をいつでも全肯定してくれるという存在だったのだろう。
少し残酷な真実を告げてしまったが、これも彼女の成長を促すと信じよう。
「それまでも、先輩に追いつくのに必死で友達は作ってなかったんだけど、一時期その先輩に作れって言われた。でも、頑張ってるふりをして作らなかった。多分、先輩もそれが分かったのか、そこからは何も言わなくなった」
「じゃあ、先輩は小町の事」
そんな悲しい顔しないでほしい。
話の途中である。彼女を傷つけたくて話しているわけではないのだ。
「確かに今でもみんなとは友達なのかちょっと分からない」
「やっぱr」
「でも、小町とは何故か自然と友達になれた。不思議だよ」
「そ、それは、お姉ちゃんに頼まれたからじゃ?」
「それでも、嫌な時は友達になんてならない。小町はいい奴って思ったんだよきっと」
小町は、悲しみで溢れていた顔を、少しだけ嬉しそうにした。
「だから、そんな俺の友達を傷つける奴は叱ってやりたいんだ。悪口はやめろ! って」
「……はい」
「何があったか言いたくなかったらそれでいい。それを聞かなくても、俺の意志は変わらないから」
俺がそう言うと小町は、再び顔をくしゃくしゃにさせる。
悲しさと嬉しさが混ざって心が一杯一杯なのだろう。
「先輩、こ、小町……!」
小町は昨日何があったのかを話してくれた。
それは
彼女にとってとても辛かったであろう出来事だった。
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