第24話 君だから
俺は放課後、小町の見舞いに行くからと皆に説明して、一年三組の教室に向かった。
彼女の机の中にあるであろうプリント類を届けようと思っての事だ。
女子の机を漁るのは少々気が引けたが、俺以外に小町の家を知っている人はいないだろうし仕方がない。
そう思って彼女の机の中身を見ると。
「おい、何だこれ」
破られたプリントが乱雑に詰め込まれていた。
明らかに「破ってしまった」ではない。
故意的に「破いた」ものだ。
さすがに異常さを感じた俺は、プリントを取り出すのも忘れて教室を出た。
まさか、小町は。
いじめられている?
急いで学校を出て、小町の家までの道を走った。
よくよく考えれば、分かる事の出来た問題だ。
友達に敏感な小町。
そして、出会った頃に感じた違和感。
昨日の朝の小町と、いなくなった小町。
点と点は、遠いところにあったが、線を結べば導ける。
少なくとも、予想は出来た。
なのに、俺は、自分のエゴでそれを見ないふりしたんだ。
俺は、出来るだけ小町の交友関係には関わりたくなかったから、彼女ならうまく出来ると、思い込ませていたんだ。
俺は、友達という言葉が苦手なんだ。
例え小町の友達の事でも、いる事は確認したかったがそれ以上は聞きたくなかった。
悩みがあれば別だが、彼女はそれを打ち明かそうとしなかったし。
だから、それは我儘なんだよ!
小町が悩んでそうだったら、頑張って聞き出すんだよ!
例え、「友達」が嫌いでも!
そうだよ、俺は友達が嫌いなんだ!
いや、違うな。俺は、怖いんだ。
じゃあ、何で初めて会った時、小町から友達になってくれって言われて……待て。
小町からじゃない。俺が最初に友達になろうって言ったんだ。
先輩からの頼みの話をうやむやにするために流れで言った話だけど、自然と友達って言葉を発してしまっていた。
だから、小町とは、友達なのか。
だから、改めて友達でいてくれるか聞かれた時、「当たり前だろ」って返したのか。
小町は友達。
友達が怖い俺。
何故だ。小町には全く恐怖を感じない。むしろ、守ってやりたいとまで、今思っている。
彼女が娘のような存在だからなのか?
違うな。
それは──。
「はぁ、はぁ」
小町の家に着いた。肌寒い季節でも、学ランで全力で走れば相当に汗をかくらしい。服がべちゃべちゃだ。
俺はインターホンを押してから、膝に手を置いた。
喉から込み上げてくるものがあるが、それは頑張って飲み込んだ。
「はい」
この声は、小町の声。彼女には相応しくない静かな声だ。
「小町!? 俺だ! 開けてくれ!」
「せ、先輩。玄関は開いてますよ?」
「あぁぁ、じゃなくて、入っていいか!?」
小町は何も言わない。
葛藤しているのか?
俺に悩みを聞かれたくない思いと、相談したい気持ちで。
何か、彼女の背中を押す言葉はないか?
ある。
俺は知っている。彼女に会える魔法の言葉を。
しかし、改めて言うとなると、口が動かない。喉が震えない。
小町には何の恐怖感もないのに、その言葉が俺を脅してくる。
自然とじゃないと、俺の腹からは出てきてくれないらしい。
俺は、頑張って言葉を絞り出そうとするが、餅みたいにへばりついて取れない。彼の意志は固いようだ。
どうする。今会わなければ、彼女と、本当の彼女と会えなくなってしまう気がする。
どうにか、どうにか!
『君は誰かに尽くせる人なんだ。そして、誰かの幸せを願える人なんだ。今はまだ未完成で、背中を押されないと動けないがね』
先輩の言葉が脳内に流れた。まるでヒントをくれるかのように。
そうです、先輩!
俺は誰かに背中を押されないと、動けないんです!
踏み出せないんです!
『それでも、彼女の手を引いて前に進んでほしい』
先輩、だから!
『君はおかしな人間でね。弱いくせに、弱いままでいようとするのに、ある時だけは人一倍頑張るんだ』
そんな事ありません! 俺は、いつだって弱いままです!
『正解はね。誰かに頼られた時だ』
頼られた時? 何言ってるんですか。
『君は誰かに尽くせる人なんだ。そして、誰かの幸せを願える人なんだ』
そ、それは、先輩の前だったから。
『私が認めた男だ』
認めた男……。
『本気で頼られたら、メーターが振り切ってしまう程頑張る君だ』
先輩、俺、どうすればいいんですか。
『小町をよろしく頼むよ』
頼むって。俺、出来るかな。
『お姉ちゃんだったら、今の先輩を見たら怒りそうです……。『こら! そんな事で泣くな!』って』
小町。
そうだな、こんな事じゃ怒られちゃうか。
「よし」
俺は、記憶の中から呼び出されて不恰好に並べられた先輩の言葉と、小町の後押しで何だか肩の力が抜けていた。
今なら、出てきてくれそうだ。
「小町、俺の話を聞いてくれ」
返事はない。だが、話を進めた。
「もし、悩みがあったら言って欲しい。もし、俺を心配させまいとして、黙ってるなら、どうか勇気を出してくれ。俺だって、散々小町から聞き出されたんだ。それくらいはおあいこになるだろ?」
小町は依然として喋らないが、通信が切れていないのは聞いてくれている何よりの証拠である。
「あと、万が一我慢してたら、それは、今だけは無くしていい。俺にたくさん甘えていい。だって俺と小町は」
先輩、言いつけ破ってすいません。
やっぱり俺、小町を育てるのには向いてないかもしれないです。
俺は小町の親にはなれない。
だって。
「友達だから、な」
やっと言えた。
ったく、どこまでも頑固な言葉だ。
俺の本心を壺から出すまで出てこないとは。
「う、ぅぅぅうう」
小町の泣き声が聞こえる。
「せんばぁぁぁいぃぃ!!」
小町の発した言葉はだんだん遠くに行ってしまった。
そして、目の前のドアが開くと。
「どわ!?」
「先輩ぃぃぃ! 小町、頑張ったんです! 我慢したんです! うわあぁぁぁん!!」
「ごめんな。ごめんなぁ」
俺はようやく、小町の頭を撫でてあげられたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます