第23話 嘘つきは閻魔様に

 次の日。

 朝小町を迎えに行くと、明らかに元気がない彼女が出てきた。

 いつもは明るい挨拶をしてくれるのだが、今日はそれがない。


「小町、おはよう」


 俺が挨拶すると、スイッチが入ったのか彼女は笑顔を見せた。


「おはようございます! 先輩!」


 作り笑顔なのか、俺に会えて嬉しいからなのか分からなかった。

 だから変に詮索しないで彼女と学校へ向かった。

 一年教室の階で別れようとすると、小町は自分の頬をペチペチと軽く叩き始めた。


「よし」


 そして、何かを決意したかのように、堂々と教室に入っていったのだった。






 放課後。小町を迎えに行くとなぜか教室には誰もいなかった。

 いつもなら、小町がいるはずなのだが、どこに行ったのだろうか。

 トイレかもしれないと思い、しばらく待ってみたがなかなか帰って来ない。

 そういえば、鞄もない。

 帰ってしまったのだろうか。小町が? まさか。

 俺はあと三十分だけ待つ事にした。

 しかし、小町は帰って来なかった。

 もしかしたら、もう生物部の部室に上代山茶花と行ったのかもしれない。

 彼女達は同じ学年だし、あり得ない話じゃない。

 そう思って、俺は生物部の部室に向かった。


「こまちゃん? 来てないけど?」

「まじか」


 やはり、先に帰ってしまったのだろうか。


「てっきり上代山茶花と一緒に来てるのかと」

「私ですか? 何やらお友達と楽しそうに話してるのは見ましたけど、それ以降は知りません」

「友達?」


 友達。

 小町が敏感になっていた話題だ。

 クラスの友達と何かあったのかと思っていたが、上代山茶花が言うように楽しそうに話していたとなるとそれは違うのだろう。

 もしかして、友達とどこかに遊びに行ったのだろうか。

 そうなってくるとまずいな。

 まだ小町はその段階ではない。今は、友達との関係はクラス内で留めておきたい。

 なぜなら、また暴走して何をしでかすか分からないからだ。

 過ぎてしまった事はしょうがないが、これは対策が必要である。

 明日の朝、迎えに行った時にうまい具合に説明しよう。


「じゃあ、今日は俺も帰ろうかな」

「あれ、何か用事があるんですか?」

「え?」


 上代山茶花の言葉を聞き返してしまった。

 俺はこの後に用事などは特にない。

 ただ、小町がいないのに学校に残る理由がないだけだ。

 カウンセリング部も機能していないし、生物部でやる事と言っても皆と話すかゲームくらいしかない。


「特にないけど」

「じゃあ、残ったらいいじゃないですか。ほら、いつもみたいに魚でも見て語り合いましょう?」

「語った事ないよね?」

「じゃあ、ゲームしよ! ななやん、持ってきてるっしょ?」


 西井美咲が割り込んできて提案をしてきた。

 確かに持っているが、これは小町が飽きないように……するため。

 そう、小町のためだけに持ってきた物。

 それ以外に理由なんてないはずなのに、心に引っかかりがある。

 何でだ? 何でそれは嘘だなんて言うんだ?


「ななやん?」

「あ、あぁ、分かった。ちょっと待ってて」


 俺は流れに逆らえず、鞄からボードゲームを取り出した。今日は、昔ながらの双六を四つ持ってきた。


「双六かー! こまちゃんいたら喜ぶなー!」

「だと思って持ってきた」

「さすがー!」


 俺はテーブルに、双六の紙を広げた。

 駒も多めに持ってきている。

 多めに。全員で遊べるように。

 こ、これは小町が皆と遊びたいと言うからたくさん持ってきただけで、別に俺が皆と楽しみたいからではない。

 そう、別に友達じゃないんだから。


「俺はやっぱり赤だな! 情熱の赤!」

「おい、バカを出すはやめろ! 感染る!」

「あーし、青ー」

「うち、黄色かな」

「じゃあ、私は緑で」

「がハハハハハ! 私はもちろん全てを染める黒だ!」

「おい、いつの間にいたんだ、あんた」

「敬語を使え、敬語を! 私は写真部部長だぞ!」


 たかが双六の駒選びでよくこんなに騒げるものだ。

 随分仲がよろしい事で。


「ななやんは何色?」

「お、俺?」


 傍観していた俺に、西井美咲が聞いてきた。

 俺は、言葉も出ずにその目を見つめてしまう。

 なぜだろうか。腹の底から恐怖が湧き出てくる。

 カラコンをして色鮮やかな瞳のため何も怖くないのに、真っ黒で全てを吸い込みそうな瞳孔に目が行ってしまう。

 その目は俺をどう見ているんだ。

 何を思っているんだ。


「ななやん?」

「お、俺は、し、白で」

「おう! オッケー!」


 怖い。人と馴れ合うのが怖い。

 人が何を思っているのか怖い。

 今までこいつらにそんな感情を持った事ないのに、何故か急に降り掛かってきた。

 こ、小町がいないからか? そうなのか?

 

「ななやん? ちょっと早く取りな?」


 皆が俺を見ている。

 こうしている間にも、何を思われるか分からない。


「す、すまん。ちょっとトイレ。先にやってて」


 恐怖から逃れたい。その一心で生物部の部室から出た。

 トイレに向かい、個室に閉じこもる。

 あそこの空間から逃げてきたというのに、まだ心臓がドキドキしている。

 脈が早い。緊張している証拠だ。

 小町が変わっていくのを感じた、あの時よりも辛い。

 何だ?

 何故だ?

 俺は。

 もう。

 


  ・

  ・

  ・


 次の日の朝。

 小町を迎えに行ったら、彼女のおばあちゃんが出てきて言った。


「小町ねぇ、何だか布団から出て来ないのよぉ。風邪って言うんだけど、熱もないしねぇ。でも、小町はあなたに感染ると申し訳ないから、先に行っててって言うし。 ごめんねぇ」

「あぁ、いえ。気にしないでください。お大事に」

「はぁい、ありがとうね」


 小町のおばあちゃんは、ばたりとドアを閉めた。

 風邪か。熱はないようだし症状は軽いのだろう。

 小町が休むのは恐らく初めてだろう。

 いや、どうせ眠くて布団から離れたくないだけだ。違いない。

 後から遅刻して学校に行くのだろう。

 そう思って、俺は何も疑う事なく、学校へ向かった。

 思えば、小町が嘘を吐くはずないという慢心からこの状況は出来ていたのかもしれない。

 先輩から「小町は病気にならない」と言われていたのに。俺はその事を一切考えなかった。

 そして、その日、小町は初めて学校を休んだ。

 俺に初めて大きな嘘を吐いて。

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