第22話 感じた異変
俺達は今、上代山茶花が所属する生物部の部室にいる。
何故、こんなところにいるのか。
それは最近になって上代山茶花が俺達が学校内で居場所を転々としている事を聞いてきたのが発端だった。
素直に理由を答えると、生物部の部室を使えばいいと提案してきてくれたのだ。
こうして定住場所を見つけたわけだが、それでも火曜日と日曜日は別荘の文芸部部室に行っている。
あそこに行きたくなるのは、やはり俺の中でどこか心残りがあるからなのだろうか。
生物部の部室は、校舎外にある第二部室棟にあり、少々行くのに手間がかかるが、場所を転々とするよりはマシなため使わせてもらっている。
上代山茶花も俺達と放課後を共にするようになってからはあまり使っていないようだが、唯一飼われている小さい魚達の餌やりをするために、毎日来てはいると聞いた。
もう一人の部員であり、部長の三年生は幽霊部員と化しているようであり、上代山茶花が入部してからは一切部室に来ていないらしい。餌やりですら、彼女に投げているという。
ちなみに、上代山茶花は動物と戯れる事が趣味と言うくらいに動物が好きらしいが、彼女にはある乗り越え難い壁があった。
それは、俺が生物部の魚の水槽一つよりも家で飼っている動物と遊んだ方がいいのではないかと聞いた時だった。
上代山茶花からたくさんの動物を飼っている事は聞いていたため、何故そっちと遊ばないのか気になったのだ。
『大丈夫です。一匹は連れてきています』
そう言った彼女は自分の鞄の中に手を突っ込んだ。
嫌な予感がしたが、それは的中していた。
『この子がジョノドルガ三世です』
上代山茶花が取り出したのは、犬のぬいぐるみだった。
『あら? 今日は元気がないのねぇ。どうちたの、眠い?』
少々、闇を感じたが、これも一つの愛の形だと思い、俺は何も言わなかった。
しかし、顔に出てしまっていたのか、上代山茶花はこちらをじっと見つめ、説明を始めた。
『私、動物アレルギーなので動物飼えなかったんです。その代わり、新たな扉を開けました』
真顔でそう言う彼女の顔はどこか恍惚としている様だった。
それは開いて良い扉だったのだろうか。そう思った。
『毛のない動物飼えば良かったんじゃね?』
一緒に話を聞いていた西井美咲の言葉を聞くと、上代山茶花は虚空を見つめ始めた。
そして、急に目を丸くして言葉を漏らした。
『確かに』
それがあったか。盲点だった。
上代山茶花の目は確かにそう言っていた。
しかし、彼女はいつもの真顔に戻ると、なんとなく微笑んでいるようないないような顔をして、ぬいぐるみを見つめた。
『でも、もう私には可愛い子供達がいますから』
「愛」は予想以上に深かった。
そして、今日は水曜日のため、生物部の部室にいるという訳だ。
「ここも意外と落ち着きますよね。私は生き物と同じ空間でゲームするのが好きです」
「そこは読書じゃないのか」
上代山茶花はゲームをするのが好きと言っておきながら、持ってきていたぬいぐ……ペットを撫でている。
やはり掴めない女だ。
そんな彼女に俺の隣にいる小町がチラチラ視線を送っていた。
「ぬいぐるみ、気になるのか?」
俺がそう聞くと首が飛ぶんじゃないかという勢いで小町は振り向いた。
「ち、ちがいます! 小町は我慢できる子です!」
そうして、小町は上代山茶花の方から顔を背けた。
目を動かしてぬいぐるみを見ているのはバレバレだが。
「へー、こまちゃん、ぬいぐるみ好きなの?」
ギャルA、
「ち、違います! 小町好きじゃありません!」
「なーに意地になってんの! ほら触らせてもらいな!」
「どうぞ、撫でてやってください」
「どわ!?」
いつの間にか小町の横にいた上代山茶花が、ぬいぐるみを両手で支えながら差し出していた。
「ほーら。可愛いうさちゃんだぞー! 撫でて欲しがってるぞー?」
「う、うぅぅぅ」
小町はロボットの様にぎこちなく俺の方を向いた。
俺は触ればいいのにと思っていたため、首を傾げてしまった。
「うぅぅぅぅ! 小町、おしっこです!」
小町は急に立ち上がり、河原沙恋の腕を振り解くと、欲求をから逃げるように部室を出ていった。
「あらら、逃げちゃった」
「動物アレルギーですかね」
いや、ぬいぐるみだから。
「定期的に洗濯もしているし、ファブってるので臭くはないはずなのですが」
ペットだろ。それでいいのか。
「あーしも触っていい?」
ギャルB、
「どうぞ、撫でてやってください。頭を撫でると喜びます」
「ん」
石野織里奈はクールを装ってぬいぐるみを受け取ったが、口元が少し緩んだのを俺は見逃さなかった。
「はぁー。ゆうくんもぬいぐるも好きだったなぁ」
「ゆうくん、麻里奈とよくぬいぐるみでおままごとしてたわ、そういえば」
ゆうくんは西井美咲の弟で、麻里奈は石野織里奈の妹である。
どうやら、同じ学校で同級生らしいが、二人はそれ以上の事を教えてくれなかった。
「俺は、ペットがぬいぐるみなのはどうかと思うけどな!」
茶屋真白は、平常運転。バカ丸出しだ。
今日はツッコミ役がいないので、みんな無視している。
「そんなんじゃ、友達寄って来ないだろ!」
茶屋真白はツッコミがないをのをいい事に、どんどん喋り続ける。暴走機関車だ。
「友達は皆さんがいます。初めての友達です」
上代山茶花は淡々と言ったが、その言葉に俺は下を向いてしまった。
友達。
俺は小町以外のこいつらの事を線を引いて接していると思っていたが、他の人間から見ると友達に見えるのだろうか。
そう思うと、何だか冷や汗が止まらなくなってしまった。
「さざっちぃー!! あーしが守っちゃる!!」
いつもはクールな石野織里奈が、口から飴を落としたのも気にせずに上代茶梅に抱きついた。
普段クールを装っているが、どうやら本当は人情に厚いらしい。
よしよしと、上代山茶花を撫でている。
小学生があやされているみたいだ。
「んん? ありがとうございます?」
当の本人はそこまで気にしていない様子で石井織里奈を抱き返した。
「あたしにもなんでも言いな? 遊ぶなら付き合ってやるし?」
「あぁ! 俺もだぁ!」
河原沙恋は、上代山茶花の肩に手を置き、バカも泣きながら近くに移動した。
「うちだって、いつでも頼っていいから!」
西井美咲も例に漏れず。
動けなかったのは、俺だけだった。
「皆さん? どうしたんですか?」
状況があまり分かっていない様子の上代山茶花は困惑していたが、それでも周りの人間は彼女から離れなかった。
「戻りましたぁ!」
小町がトイレから戻ってきた。
逃げたと思っていたが、その清々しさから本当に用を足してきたらしい。
「ってどう言う状況ですか!?」
「あぁ、小町さん」
「さ、山茶花ちゃん? い、一体みんなに何を……?」
小町は恐れ慄いていた。
上代山茶花を怖がっている小町にしてみれば、上代山茶花が囲まれているのは少々異常に見えたのだろう。
「いえ、何も。ただ、私は皆さんが初めての友達だと言っただけです」
「は、初めての、友達」
小町は友達というワードに反応した。
明らかに、元気がなくなっている。
「小町?」
俺が声をかけても、反応がなかった。
「小町、大丈夫か?」
何か異変を感じた俺は、椅子から立ち上がり、小町の方へ向かった。
「はへ!? 先輩!? 何でもないです!」
以前から、小町は友達というワードに過敏だった。
小町自身で俺達を友達と呼ぶ時は何の問題もないのだが、誰かの話にそのワードが混ざっていると肩が跳ねる。
確実に何かを隠している。
そう思っているが、俺も「友達」には敏感なため、無闇に聞き出せないでいた。
それが大きな間違いだったという事に気付くのはもう少し先の事である。
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