第20話 海と夏
「先輩! 見てください! 青いですよ!」
海を見てはしゃぐ小町。まるで初めて見たみたいな反応をする。
本来なら、夏休みでもカウンセリング部は活動するはずだったが、どうせ悩み相談も来ないし、ほぼほぼ実態も無くなっていたため、今日は小町と海に来ていた。
正直、カウンセリング部は、もう終わりなのかもしれないと思っている。
活動も先輩ありきであったし、俺にその代わりができるはずもないと思っていた。
自信満々に先輩を継げると思っていた頃を思い出すと、恥ずかしい。
「まぁ、海だから」
「確かに!」
小町は水着の上にシャツを着ている。
理由は、まぁ、お腹の肉が……ほんの少し垂れているからだろう。
「やば! 人多すぎ!」
「あーし、人混み苦手系なんよね」
「あたしはとりあえず焼くわ!」
ギャル三人組、なぜついてきたのか。
「俺、ナンパしてこようかな」
「おい、やめろ! 文芸部の恥晒しめ!」
そして、文芸部の男子組もいるのは、何故だろうか。
「素晴らしいぃぃっ! シャッターチャンスの宝庫だぁッッ!!!」
「兄さん。着替えないの?」
上代兄妹がここにいるように見えるのは幻覚だろうか。
「おい、どういう事だ」
俺は小町に荷物番をさせてから、西井美咲を連れ出して問い詰めた。
俺が誘ったのは西井美咲だけなのに、何故こんなに大勢いるのか。
女子である小町の事を見ていてもらうために、誘ったというのに、この状況はどういう事なのか。
「え? だってみんなで来た方が楽しくない?」
まじか。
「じゃあ、百歩譲って小町と関わりがある上代兄妹がいるのは分かるが、文芸部までいるのは何故だ」
「みんな海行きたいって言うから」
おい。
「くそ、ギャルの群れたがりをなめていた……」
「おい、失礼なのか分かんねえ事言うのやめろ」
こうなっては仕方がないのでもう腹を括るしかないのだが、憎き文芸部と共に思い出を作るのが受け入れられない。
カウンセリング部が崩れ始めたのは、文芸部が部室を奪ったのが起因である。
あまり馴れ馴れしくしたくない。
「俺は、小町を見てる。あんたらは勝手に遊んでてくれ」
「えー!? ありえな! 一緒に遊ぶに決まってんぢゃん?」
その選択肢は俺の中から既に抹消済みだ。
そのため拒否しようとしたが、その前に言葉を発した奴がいた。
「あれぇ!? 二人デキちゃってんの!?」
文芸部の男子組の一人、茶髪の男である。
「いや、デキてねぇから!」
「ふーん。あ、そっか、こいつ一年の美少女ちゃんと付き合ってんだったけ?」
「付き合ってない」
「あら!? ちゃうんすか!」
どうにもノリの軽い男である。
先程もナンパしようとか言っていたし、俺とは違う世界の人間なのだろう。
「じゃあ、俺、今日狙っちゃおうかなぁ!」
「おい、バカ。やめろ」
茶髪のとんでも発言に噛み付いたのは、もう一人の文芸部の黒髪だ。
こちらは常識がありそうだ。
「おいおい、まもっちゃん。こんなチャンス二度とないんだぞ? ここは、いくしか選択肢なくね!?」
「お前に振り向くわけないだろバカ」
絵に描いたようなバカと真面目である。
「じゃ、お三方で仲良く」
そう言って小町の元へ戻ろうとすると、何故か荷物ごと彼女が消えていた。
まさか。
「じゃあ、ここが男スペース。こっちがあたしら女子スペースね」
「おい待て。男スペース小さすぎはしないか。これは不公平ではないのかっ!」
「兄さん、まず着替えたら?」
「はいはーい! 小町、泳ぎたいです!」
「では、一緒に行きましょう、小町さん」
「え」
小町は、いつの間にかどデカいビーチテントを建て、レジャーシートを広げていたその他大勢に混ざって楽しそうに話していた。
「まじか」
思わず口から言葉がこぼれ落ちた。
「ま、そういう事。諦めな」
俺は、シートに座りながら海を眺めていた。
小町が、みんなといる事を選択したのならばそれでいい。だが、俺は文芸部とは思い出を作りたくない。
西井美咲は小町の秘密を知っているため、下手に逆らえないが、他は違う。
わざわざ仲良くする必要もないため、こうして黄昏ているのだ。
「あんたー? こまちゃんの事いいのー? 彼女でしょー」
隣のシートで寝転がっているギャルAが気だるそうに話しかけてきた。
「西井美咲がいるからいいんだよ、多分。あと、彼女じゃない」
「あっは。フルネームウケるー」
ギャルAはうつ伏せから寝返りをうち、仰向けになった。
「彼女じゃないのに、イチャイチャしとったのー? 何、遊び?」
「あんた、全部間違ってるからな」
「えー、そうなんー?」
大事な所がはみ出ないのだろうかと、心配になる布面積のビキニを着ているため、ここを通る男達がチラチラ見ている。
恥ずかしくはないのだろうか。
「あれ? 気になっちゃう系ー?」
ギャルAは俺の視線に気づいたのか、ニヤニヤしながら自分の胸を指で突いた。
「べ、別に」
俺は、気を紛らそうと、買っていたペットボトルのコーラを、がぶ飲みした。
「確かに際どいもんねー、これ。でも、ギリギリまで焼きたいからさー。我慢してちょ、えろほん」
「ブフォッ!?」
盛大に吹き出してしまった。
「な、なんでその名前を!?」
「えー? ミサから聞いたしー?」
あのアバズレが。
「こまちゃんにエロ本買わせたんだってー? やるぅー! この変態めー!」
「ち、違う! あれは勝手に! いや、俺が悪いっちゃ悪いんだけど」
俺の慌てぶりを見て笑いながら、ギャルAはグラスに入ったジュースをストローで飲み始めた。まるで酒のつまみにされた気分だ。
「慌てすぎだって。知ってから」
「なんだよ……ん? 知ってる? 何をだ!?」
まさか、西井美咲が小町の事を喋ったのか!?
「え? いや、あんたがエロ本を読んでたのを見たこまちゃんが買ってきちゃったって話よ。それ以外になくねー?」
「そ、そうだよな、あはは」
それはそれで知られてはいけない秘密のような気がするが、小町の秘密が知られていないのでセーフだ。
西井美咲も流石にそこは分かっていたらしい。
「あ! エロ本で思い出した! やっべ!」
ギャルAは急に起き上がってテントに入り自分のバッグを探し始めた。
「あった! あーどうしよ。間に合う?」
ギャルAは何やら容器を取り出して、ブツブツと独り言を言い始めた。
「ま、いいや。塗る事に越したことはないでしょ」
自分の中で意見がまとまったのか、ギャルAは容器から白い液体を出してそれを肌に塗った。
日焼け止めだろうか。日焼けしたいのに?
「くっそ、背中どうしよ」
ギャルAは、あの手この手で背中に白い液体を塗ろうとするが、なかなかうまくいってない様子だ。
「もういいや、あんた背中塗って!」
「は?」
例の容器が投げ渡された。
おい、もしかして。
「ほら、貴重な体験させてやっから!」
「いや、遠慮する」
「何、恥ずかしがってんの? 大丈夫だって! 言いふらさないから!」
「遠慮する」
「もしかして、童t」
「塗ってやるよ」
俺は、立ち上がってテントを出ると、ギャルAが使っていたシートに立った。
「どうぞ」
「はーい」
俺はギャルAがうつ伏せに寝転がると、容器から白い液体を手に落とした。
「塗るぞ?」
「はーい」
「本当にいいんだな」
「はーい」
「後戻りはできないぞ」
「早く塗れよー!」
「やめるなら今しかないからな」
「やっぱり童t」
「黙って寝てな」
俺は出来るだけ優しくギャルAの背中に触れて、白い液体を伸ばした。
感想はない。
ただただ無心である。
「先輩達ー! みんなでビーチボールしましょー!」
俺が現実世界に戻って来たのは、その声を聞いた時だった。
「あら? こまちゃん呼んでるよ? あたしの体撫でてないで早くいきな?」
「え? あ、いつの間に」
俺は、白い液体を塗り終わったというのに、ギャルの小麦色に背中を触っていた。
恐るべし、我が本能。
「す、すまん」
「はいはい、手を出さなかっただけ許したる。早く行ってやんな」
なんと寛容なギャルなのだろうか。西井美咲にしても、近年のギャルは優しすぎるのがブームなのか?
「お、おう。あんたはいいのか?」
「あたしはもうちょっと焼いてー」
ギャルは途中で言葉を途切れさせ、考える様子を見せた。
「うん、一緒に行くわ。騙し役いないし」
「騙し役?」
ギャルは立ち上がると、髪を結び直して準備体操を始めた。
「あの、騙し役って?」
「あ? こっちの話。先行ってて」
「わ、分かった」
俺は、思い出を作りたくないとは言えず、自分の気持ちとは真逆の方向に走ったのだった。
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