第19話 彼女は蕾

 先輩、何見せてくれるんだろう!?

 ワクワクが止まらない!

 

「あった」


 先輩見つけたみたい! ワクワク。

 デジタルカメラだ! 先輩からもらっちゃった! 後でお返ししてあげよう!


「再生ボタン分かる?」

「これですか?」

「そう。じゃあ見てちょうだい」

「はい!」

 

 再生ボタン、ぽち!


『小町さん待ってください』


 ひぃ!?

 いきなり山茶花ちゃんだ。

 何だか怖い人。小町の苦手な人。


『ま、待たないです!』


 あ、今度は小町だ!  


『そんな事言わずに。制服のリボンが解けてますよ。結んであげます』

『大丈夫です! 自分で直せます!」

『やってあげます。何故なら私は友達だから!』

『うぇぇぇ、こんなの友達じゃないよぉ』


 もう、山茶花ちゃん! 小町がかわいそう! やめてあげてよ!

 あれ、ビデオ終わっちゃった。


「先輩、終わりました!」

「じゃあ、次のやつ見て」

「次の?」


 次のって、これかな?


『こ、小町。頼むからやめてくれ』


 あ! 先輩! ヤッホー!


『遠慮しないでください! はい、あーん』


 先輩、照れ屋さんなんだからぁ。ふふ。


『うぅ……あ、あーん』


 あれ? 何だかあんまり嬉しくなさそう。

 何で?

 小町のお弁当、美味しくなかったのかな?

 

『美味しいですか?』

『お、美味しい』


 なーんだ、気のせいか! だって先輩美味しいって言ったもん!

 でも、でもね。

 先輩、何だか悲しいお顔をしてる。

 何でこの小町はそれに気づかないんだろ。変なの。

 ……終わっちゃった。


「先輩! 終わりました!」

「あー、終わったらどんどん見ていっていいよ」

「了解です!」


 次は何だろ。


『先輩!」

『どわ!?』


 ププ。先輩、小町に抱きつかれてびっくりしてる!

 小町、先輩に抱きつくの落ち着くから好き!

 

『こ、小町、みんな見てるから』 

『先輩、照れなくてもいいんですよ! 小町は全然大丈夫です!』

『いや、あの』


 先輩、何だか嬉しくなさそう。

 気づかなかった。

 小町の事嫌い、なの?


『はぁ、もういいよ』


 そんな事なかったみたい!

 小町が抱きついてもいいって言ってるもんね!

 でも、何でそんな暗い顔するの?


『小町さん、ちょっと待ってください』


 ひ!?

 また山茶花ちゃんだ。


『な、何ですか?』


 山茶花ちゃん、何するつもり!?

 小町の顔に近づいてる!?


『ちょっと見せてください』

『ぐぶ!?』


 小町のほっぺむぎゅって、たこさんにした!

 

『はい、あーん』

『しゃ、しゃじゃんかひゃん、みんな見てるよぉ』

『あーんです』

『あ、あーん』


 山茶花ちゃん、小町にちゅーしようとしてる!?

 みんなこっち見てるのに!?

 は、恥ずかしいよ!


『むむむ』

『ははんははん(山茶花ちゃん)、はるははははは(恥ずかしいよぉ)』

『やっぱり。今日のお弁当はおにぎりですね』

『はは(ほへ)?』

『ごまとのりが歯に挟まってます』

『ふぁ!?』


 そんな事みんなの前で言わないでよぉ!

 あと、何で手離してくれないのぉ!?


『この爪楊枝で取ってあげましょう』

『ひひれふ! らいろううれふ!』

『はい、あーん』

『うぅ、あーん』


 山茶花ちゃん! 恥ずかしいのにやめてくれない!

 ひどいよぉ!

 何でやめないんだろ。

 小町、悲しい。

 何だろう、この気持ち。


『小町さんは何で耳栓してるんですか?』


 また、山茶花ちゃんだ。


『へ!?』

『その耳につけてるの、耳栓ですよね。何故ですか?』


 山茶花ちゃん。見ちゃったんだ。


『その、えっと。う、うーん』


 小町、困ってる。

 だって、知られたくない秘密だもん。


『何でですか?』

『あのね。あんまり言いたくないです』


 先輩には教えたけど、山茶花ちゃんにはちょっと教えたくなかったんだよね。

 何でだったんだろ。


『でも、耳栓っていう事は、騒音対策って事ですよね? もしかして』

『山茶花ちゃん! 待ってください! ストップ!』


 危ない危ない。

 もし、小町が山茶花ちゃんのお口塞いでなかったら、小町の秘密、みんなにバレちゃうところだった。


『むごごご』

『な、舐めないでよぉ』


 終わっちゃった。


『先輩! 先輩はやっぱりおっぱいが大きい人が好きなんですか!?』

『小町!?』


 先輩が読んでたえっちな本には、おっぱいが大きな人の裸がいっぱい載ってた。

 だから、小町は先輩に聞きたかった。


『そんな事聞くなよ!?』

『でも、先輩の読んでtむごご』

『小町、お口チャックだ』

『んむむむ』

『くっ!! な、舐めるな、よぉ』


 先輩、嫌がってる。

 その時は楽しくて楽くて気が付かなかった。

 あれ? もしかして小町、山茶花ちゃんが小町にしてる事と同じ事してる?

 自分が嫌がってた事、してる?


 小町、先輩に嫌な事してたの?



  ・

  ・

  ・


 小町は、最初こそ元気よくビデオを見ていたが、今はデジタルカメラを黙って見つめている。

 自分の事を見つめ直しているのだろう。

 冷静になって、客観的に自分の行動を見る。それは、小町が今までしてこなかった事だと思う。

 だから、いつも元気いっぱいの小町がここまで大人しくなっている。

 俺はそう考えていた。

 そういえば、上代山茶花には、小町の事をお世話してくれと頼んだ。小町は天然なところがあって、ちょっと失敗が多いからと。

 すると、上代山茶花は何故か目を輝かせて快諾してくれた。

 ちょっとやり過ぎているところもあるが、まぁ、結果的には良かったのかもしれない。


「先輩、見終わりました」


 小町がデジタルカメラを俺に渡してきた。

 だいぶ、悲しい顔をしている。

 小町のこんな顔を見るのは心が締め付けられる。

 しかし、ということは、作戦は成功したのかもしれない。


「どうだった?」


 小町は俯いて、なかなか顔を上げなかった。


「小町?」


 俺がそう言うと、小町が膝の上で握りしめていた手にポツポツっと滴り落ちたものがあった。


「う、うぅぅ」


 小町は頑張って泣くのを耐えているのかもしれないが、それに反して涙の数は多くなっていった。


「小町、先輩に、嫌な事してたんですか?」


 小町は顔を下げたまま、俺に尋ねてきた。

 

「んー、そうだなぁ。嫌っていうか、遠慮はしてほしかったかな」


 俺は小町の心をなるべく傷つけないように、オブラートに包んで言葉を紡いだ。


「う、うぅ、先輩は小町の事、嫌いなんですか?」

「それは」


 小町の質問に俺は言葉が詰まってしまった。

 好き、と言えば、素直な彼女はまた同じ事を繰り返すようになってしまうかもしれない。

 だが、嫌いと言えば、それは本心ではないし、彼女をより傷つけてしまう。

 ……というか、小町が俺が小町の事を嫌いになる心配をするという事は、小町は上代山茶花の事が嫌いなのだろうか。

 だとしたら、彼女には悪い事をした。

 あとで謝っておこう。

 

「先輩、やっぱり、き、嫌い、なんですか?」


 俺がなかなか返事をしない事を不安に思ったのか、小町は再度質問してきた。

 ここは、慎重に言葉を選ばなければいけない。

 俺は、考えた末、テーブルから写真を取った。


「小町、これを見てくれ」

「え?」


 その写真は、小町と俺が遊んでいる場面を切り取った写真である。


「先輩と、小町?」

「あぁ」


 その写真では俺と小町は笑っている。

 もちろん、偽りの笑顔ではない。本物だ。


「俺は小町の前でこんなに笑ってるんだぞ?」

「……笑ってる?」


 俺はテーブルに置いていた写真を全部小町に渡した。

 その写真は全部、みんなで過ごした今までの楽しい思い出を記録したものだ。


「これ、みんな笑ってるの?」

「そうだよ」

「じゃ、じゃあ!」


 小町は勢いよく頭を上げて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔面を期待で輝かせた。


「でもな」


 この言葉は、小町の心を抉るような言葉かもしれないが、俺は意を決して話を続けた。


「全部好きかって聞かれると、そうじゃないんだ」


 小町は、絶望の底に叩き落とされたような顔を見せる。

 これには、俺の心も抉られた。


「やっぱり、そうなんだ」


 小町の目から、収まっていた涙が、ボロボロとこぼれ始めた。


「小町は、先輩の隣にいちゃいけない子なんだ……! もう、一緒に遊べないんだ……!」


 ついに嗚咽で抑えていた声が爆発した。

 

「うぅぅ! ご、ごめんなざい!! ごめんなざいぃ!!」


 声を上げて泣き出す小町に、釣られて泣きそうになるが、頑張って堪える。

 ここで泣いたら、止まらなくなりそうだったからだ。


「ひぐっ! ご、ご、ご、うぅ! ごめんなざい!!」


 ごめんなさい。

 彼女はしばらく泣き続けたが、その言葉しか発さなかった。

 途中で耐えられなくなったのか西井美咲が小町に近づき彼女の背中をさすったが、それに呼応するかのように小町の鳴き声は大きくなるばかりだった。

 

「小町、もう泣くなって」


 俺は、ポケットからティッシュを出して小町に渡した。


「うぅぅ、うう! ひっぐ!」


 小町は素直にティッシュを受け取ると、それで涙を拭いて、鼻をかんだ。


「う、うぅ。い、い、ひっぐ。あれ? いい匂い……?」


 小町は、ティッシュで鼻をかんだ時に気づいたようである。これが、匂いのついているティッシュだと。


「小町が好きかと思って買っておいたんだ。スイーツの香りだ。いい匂いだよな」


 小町はその匂いを嗅いで少し落ち着いたのか、こくりと頷いた。


「小町。俺は小町の事を嫌いって言ってない。少し周りを見てほしいだけなんだ」

「周りを、見る?」


 人には良いところ、ダメなところがあるが、それに気づいていないというのは、少々問題がある。

 良し悪しを認めてあげるのも一つの手段だが、先輩が小町の成長を願っているし、俺もこのままでは彼女が孤立してしまうと思う。

 そうならないためにも、小町には、一つ大人になってもらわなければ。


「例えば、これは人が嫌がってないかなーとか、迷惑かからないかなーとか」


 小町は、俺の目を見つめてじっと黙っている。

 俺の言葉をよく聞こうとしている証拠だ。


「頑張って我慢する必要がある時は我慢する。それを小町にはしてほしい」

「我慢」

 

 小町は、その言葉を噛み締めるように呟いた。

 

「そうすれば、先輩のそばにいても良いんですか?」

「あー、と」


 俺は返答に困った。

 別に俺から離れてほしいわけじゃないから、これに「はい」と答えるのは何だかおかしい。

 かといって「いいえ」と答えるのも、違う。

 これは、小町の誤解を解くのが先だろう。


「小町。俺は、小町が嫌いでそばにいたくないという事はないんだ」

「ど、どういう事ですか?」


 困った顔をする小町。

 俺が何を言いたいのかさっぱり分からないようである。


「小町に直してほしいところがある。それだけ」

「そ、それって嫌いじゃないんですか?」


 不安そうに尋ねてくる小町に俺は横に首を振った。


「小町はいい子だ。決して悪気があったわけじゃない。それは分かってる。だから、嫌いになんてならない」

「……うん」


 やっぱり素直だ。

 人の言う事を純粋に受け取ってくれる。今はそれがありがたい。


「だけど、このままの小町じゃ、みんな小町の元から離れて行ってしまう。それが心配なんだ」

「離れる? 嫌いになるって事? ですか?」

「いいや、小町と付き合うのに疲れちゃうんだ」


 小町は驚いたのか目を見開いた。

 彼女の中で何かがつながったらしい。


「小町の、先輩ともっと仲良くなろうとしてたのが疲れちゃうんですか?」

「まぁ、そうだ」

「それを我慢すればいいんですか?」

「ほどほどにな。もちろん、俺以外にもだ」


 小町は下を向いた。

 考え込んでいる様子である。

 そして、気持ちの整理がついたのか、ゆっくりと顔を上げた。


「分かりました。小町、頑張ります! 迷惑かけません!」


 小町は決意を口にして、俺を見つめた。

 その赤く腫らした目に、偽りはない。彼女の中で意思が固まったようである。


「だから、だから……」


 しかし、すぐに顔を歪ませる。

 流れた涙を袖で拭き、鼻水を垂れ流した。


「これからも、友達で、いてくれませんか」


 小町は、その一言を言い切ると共に再び大きな泣き声を上げた。

 友達。

 その素直すぎる言葉に、俺は涙腺が緩んでしまい、目に涙が浮かんでしまった。


「当たり前だろ?」


 その言葉が聞こえたのか、聞こえていなかったのか、小町は俺に抱きついてきた。


「もう泣くなって、な?」


 俺は優しく小町の頭を撫でる。

 娘の成長を感じた父親も同じ気持ちなのかもしれない。

 そんな事思いながら、ふと、西井美咲を見ると彼女も何か思うところがあるのか、涙を流して嗚咽していた。

 今だけは、俺だって泣いてもいいだろう。

 そんな事を思う俺の頬には、既に透明な液体が伝っていたのだった。

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