第17話 見えた希望

 さて、何と説明しようか。

 突然現れた女装した写真部部長が、俺の頬を離さないと言えば納得するだろうか? 

 する訳ない。非常事態に何やってんだって言われる。絶対。


「ふぁひやっへるとほほう?」

 

 俺はあえて質問で返した。まずは相手の出方を見る。これは、相手より優位になるための手段である。


「え? イチャイチャ?」


 そうか。そう見えるのか。


「イチャイチャはしてませんよ」


 写真部部長は、そう言ってようやく手を離してくれた。

 

「あれ? ぶちょーさん? 何で女装してんの」


 西井美咲も気づいたようだ。

 彼女にもそう見えるという事は、やはりこの人は写真部部長なのだろう。

 別人かもと思った瞬間もあったが俺の目に狂いはなかったようだ。


「ぶちょーさん? 先程、この人も私の事を部長と呼んでいましたが、私は生物部の部長ではありませんよ? 誰かと勘違いしているのでは? あと、女装ではありません」


 おっと。ここで急展開だ。

 別人の可能性が浮上してきた。

 生物部という新しいワードが飛び込んできた事により、状況はかなりぐちゃぐちゃだ。


「え? どゆこと」


 西井美咲が俺に視線を合わせてくる。

 俺にだって分からない。説明を求められても困ってしまう。

 俺は、彼女に意思を伝えるために首を横に振った。


「あー……他人の空似って事?」


 西井美咲は、頬を指でかきながら写真部部長(仮)に聞いた。


「空似? あぁ、もしかして」


 写真部部長(仮)はこの状況がなぜ起こったのか理解したようである。


「もしかして、兄と勘違いしているのですか?」

「「兄?」」


 兄。

 それが写真部部長である事は明白だった。

 

「あ、あーそういう展開ね」


 西井美咲はそう言うと、後ろで事の顛末を見守っていた養護教諭の方を向いた。


「で! ほら! 頭ぶっけて倒れちゃったの!」


 何事もなかったかのように小町に近づく二人。

 

「おーい、聞こえる?」


 しゃがんで声をかける養護教諭の声に小町は反応しない。


「うーん。呼吸は正常だけど、脳震盪のうしんとう起こしちゃったのかな。ずっと気を失ってるんだっけ?」

「うん」


 養護教諭は西井美咲の返事を聞くと、考える素振りを見せた。


「仮に脳震盪だったら重症だね。救急車を呼んだ方がいいかも」

「やばいじゃん! 何でそんな冷静なん!?」

「焦ってるよ?」


 あまり大事にはしたくないのだが、万が一もある。

 その選択肢が出てくるのは必然だった。


「先生は氷嚢持ってくるから、何回か呼びかけてあげて。それで意識が戻ったら、手足の麻痺がないか確認して」


 養護教諭はそう言うと立ち上がり、教室から出て行った。


「なるほど。意識を戻して手足の麻痺を確認すればいいんですね」


 妹さんはそう言うと小町の体に近づき、腕を振り上げた。


「こら! こんな卑猥の物ぶら下げて! 恥ずかしくないの!」


 自称妹さんは小町の実った胸をバシバシと叩き始めた。

 西井美咲は俺と同じ気持ちだったのだろう。


「「何してんの!?!?」」


 俺と西井美咲は急いで自称妹さんを小町から引き剥がし、西井美咲は小町の容態を確認、俺は自称妹さんを詰める。


「な、何やってんの!?」

「え? だって先生が起こせって言いましたよね?」

「起こせとは言ってない! 起きたら言ったの!」

「またまた。話はよく聞くものですよ」

「あんたがね!?」


 普通こんな間違いしない。

 もしかしてこの人は馬鹿の部類に位置する人なのか?


「こまちゃん!?」


 後ろで西井美咲が叫んだ。

 どうしたのだろうか。

 まさか、容態が悪化したとか!?


「何だ!?」


 俺は慌てて振り向いた。


「あれ? 小町寝てました?」

「小町!?」


 起き上がってキョトンとした顔をしている小町がそこにいた。


「大丈夫なのこまちゃん!?」


 西井美咲は混乱しているのか、小町の肩を掴んで彼女を強く揺らす。

 先程まで意識を失っていた人にやる事じゃないが、気持ちは分かる。


「えぇえぇえ? なぁにぃがぁでぇすかぁ?」


 小町は本当に何ともなさそうに答えた。

 それを聞いて西井美咲はぴたりと手を止めた。


「うぅぅぅ、よかったぁぁ。大丈夫なんだね! !」

「うわぁ!?」


 小町は急に抱きつかれて体勢を崩した。


「うぅぅ、心配させやがってぇ……」

「んん? ゆうくん?」

「え?」


 西井美咲は小町の言葉を聞いて、声を漏らした。


「何でその名前を」


 小町に抱きつくのをやめて、彼女の目を見つめる西井美咲。

 まるで自分で口にしていた事を覚えていないかのような口ぶりである。

 


「えぇ? だってミサちゃんが小町の事、ゆうくんって」

「嘘、言ってた?」


 いつになく真剣な口調である。

 何か西井美咲に関係がある人なのだろうか。そうだとして、何故小町をその人と呼び間違えたのか。

 疑問は尽きないが、空気を読めない奴が一人いた。


「手足に麻痺はありませんか?」


 いつの間にか小町の横にいた自称妹さんが小町の手を握っていた。


「ど、どなたですか!?」


 知らない人にいきなり手を握られてびっくりしたのか、小町の肩が跳ねた。


「あ、申し遅れました。一年二組、出席番号十六番、上代山茶花かみしろさざんか、趣味は生き物と戯れる事、好きな食べ物はりんご、です」

「ど、どうも?」


 あの小町も困惑している。

 彼女も感じたらしい。上代山茶花と名乗った人物の異様さを。 


「はい! ぐっぱ! ぐっぱ!」


 上代山茶花は小町から手を離すと、彼女に向かって両手を握ったり開いたりして見せた。


「ぐっぱ、ぐっぱ?」

 

 とりあえず同じ事をする小町はやはりまだ困惑していた。


「わかりました。じゃあ次」


 上代山茶花は小町の足元に行き、彼女の靴を脱がせようとした。


「えぇ!?」


 これには流石の小町も抵抗した。

 彼女が勢いよく足を引っ込めると、上代山茶花は驚いた顔をする。

 何故、抵抗するの? そんなことを言いたげな表情だった。

 

「はぁ、はぁ、ごめんね。お待たせ」


 そんなカオスな状況に養護教諭が入り込んできてしまった。


「あれ? 小町さん、起きてる」


 養護教諭は、起き上がって女子二人を侍らせている小町を見ても特に驚いた様子もなく言った。


「これは、大丈夫なのかな」

「先生、手の麻痺はありません。足は今から確認します」


 上代山茶花は、そう言って再び小町の足に手を伸ばす。


「ひぃ!?」


 小町の悲鳴初めて聞いた。

 

「あー、嫌がってるよ」

「え? そうですか? 楽しんでるのでは?」


 上代山茶花、予想以上にやばい奴なのかもしれない。

 そこで、ふと思った。

 この女、もしかしたら使えるかもしれない。


「お願いです! やめて下さい!」

「照れなくていいんですよ。優しくしますから」

「うぅ!?」


 未だに攻防を繰り広げる二人。

 その姿に、俺と小町が重なったのだ。

 自分の善意を人が嫌がっているかもしれない。この上代山茶花を使えば、その事を教える事ができそうである。

 問題は、その事をどうやって小町に客観的に見せるかである。

 何か、行動を客観視できる代物はないだろうか。

 そんな事を考えていた時だった。


「ここにいたか!! 見つけたぞ笹原小町!!」


 カメラを持った写真部部長、いや、カオスの権化、上代部長が教室に入ってきた。


「どういう状況だ? 何をしている?」


 それは確かにそうなのだが、だったらあんたはなんで来たんだ。

 カオス×カオスは、もうカオスでしかない。


「ふむ。まぁ、記念に一枚」


 上代部長は、カメラを覗きシャッターを切った。

 俺は、そのカメラの大きなレンズを見て考えついた。


「これだ」


 難しい問題の正解が導き出せたような達成感が俺の中に生まれていた。

 

 

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