第16話 乱入者、再び
放課後。
今日は水曜日、部室が使えない。
そのため、人のいない場所を見つけ次第、そこを拠点として誰か来たらまた別の場所を探すという事をしていた。
無論、集まって話すのはカウンセリング部の未来についてである。
いや、俺はその事について話したいのだが、何と言っても話相手は小町だ。真面目過ぎる話をすると、うとうとしてついには眠ってしまう。
故に、ただ彼女と他愛もない話をしたり、ゲームをしたりして一日が終わるという事をずっと繰り返していた。
ちなみに、何故俺達が遊牧民のように場所を転々としているかだが、理由は二つある。
一つ目、新しい部室が見つからなかったから。
俺と小町は部室に使える場所がないか約二週間探し続けたが、空いている部屋などなかった。誰かが使っていたり、部室に適していなかったりして、諦めざるを得なかった。
二つ目、小町がいるところを見られると人が集まって来るから。
やはり、話題の中心、笹原小町という人間は人を集めてしまう能力を持っている。囲まれると面倒なので、まぁ、要はそれから逃げているという事だ。
以上の理由で今、俺と小町、ついでに西井美咲は、ちょうど人がいない一年三組の教室にいた。
「ミサちゃん! 先輩! 今日は何して遊びますか!?」
ワクワク。
そんな擬音が聞こえてきそうなくらい、彼女からは期待のオーラがムンムンと出ていた。
「じゃあ、トランプでもするか。何やりたい?」
俺は鞄から、常備しているトランプを取り出した。
トランプは素晴らしい。子供が飽きないゲームをたくさん持っている。
トランプを考えた人にもトランプのゲームを考えた人にも感謝しかない。
「はいはーい。うち、ババ抜き希望ー」
「あんたには聞いてない」
「ちぇ」
西井美咲。これはお前のためにあるトランプではない。俺と小町のためにあるトランプだ。
あんたの意見は残念だが採用されない。小町の意見が絶対優先だ。
「小町は何やりたい?」
「ババ抜き!」
小町はそう言うと西井美咲の方をチラリと見てにこりと笑った。
「あらー! こまちゃん! うちのためにありがとぅねぇー! どこかの『えろほん』とは違いますわぁ」
「だ!? からやめろよ……」
俺はシャッフルしていたトランプを床にばら撒いてしまった。
「小町、拾います!」
俺が席を立って拾おうとすると、小町がそれを制するかのように立ち上がった。
「いや、いいよ」
「任してください!」
小町は俺の言葉など耳にも入れずに四つん這いになり、俺のが座っている椅子の下に手を突っ込んだ。
何だかとてつもなく変な感じがする。自分の恥ずかしい部分を触られているような妙な感じが。
そんな事を思っていると、小町は俺がいる席の机の下にまで潜り込んできた。
椅子をゆっくりと引く。
これは変な気持ちが芽生えるからではない。
小町がトランプを取りにくいだろうと考えた末にやった事である。
決してドキドキした訳ではない。決して。
自分の娘に欲情する父親いるか。
ん? 娘?
「先輩! 全部取れました!」
勢いよく立ち上がろうとして机に頭をぶつけた小町。
そのまま頭を抱えた小町を見ながら俺は考えていた。
俺は小町の事を娘的な存在として見ているのだろうか。
確かに、西井美咲に「家族」と言われた時も妙にしっくりきた。
小町は娘。
そう考えると、今までの苦労も何だか楽しい記憶になった気がした。
「うごぉ、おおぉ……」
小町は頭を抱え、悶絶しながら、立ち上がった。
「大丈夫か?」
「いだいぃぃぃ?」
小町は頭をぶつけた衝撃で混乱しているのか、俺の質問に答えたもののおぼつかない足で教室をふらふらと歩き始めた。
さすがにおかしいと思った俺は急いで立ち上がり、小町の元へ向かった。
「おい!? 大丈夫か!?」
「あぁ、ぁぁぁあああ!」
小町は数歩歩いた場所で立ち止まり、叫び出した。
「あ」
そして数歩歩いたところで、糸が切れたように小町は頭から倒れ始めた。
「あぶな!」
初動と共に小町の体を支える。
そして、腕に力を込めてそっと小町を床に寝かせた。
その時、彼女の髪が流れたことによっていつもは隠れている耳が見えた。
「ん?」
その耳には何やらピンク色のブルートゥースイヤホンみたいな物がはめられていた。
「ちょっと!? こまちゃん!?」
俺がそれに気を取られていると、西井美咲も事態を理解したのか、小町の元へ駆け寄ってきた。
「ど、どうしたの!? こまちゃん死んじゃった!?」
あからさまに動揺する西井美咲は、俺を揺さぶってくる。
「だ、大丈夫。息はしてる」
俺は何となくだが、小町が気絶してしまった理由が分かる気がする。
五感が鋭い彼女は、一般人なら耐えれる痛みも気絶するほど痛く感じてしまうのかもしれない。
「と、とととりあえず! 保健室!」
西井美咲は腰を落とし、小町を持とうとするが彼女はびくともしない。
「おっも……い!」
ついに諦めた西井美咲は小町から手を離した勢いのまま尻餅をついた。
「こまちゃん重くない!?」
小町に失礼な事を言っているが、西井美咲にはそんな事を気遣う余裕などないのだろう。
それに、失神した人間は普段より重く感じると聞いた事がある。
小町が重いのはそれが原因だ。
「う、うち、保健室行ってくる!」
西井美咲は立ち上がり、急いで教室を出ていった。
彼女に先生を呼んでくる間、俺は小町の様子を見よう。
そう思った時だった。
「ちょ、ちょっと!? 大丈夫ですか!?」
廊下から、誰かが教室に入ってきた。
「ぶ、部長?」
教室に現れたのは写真部部長であった。
そう、彼なのだが、どこか雰囲気が違う。
そもそもに、何故か女子の制服を着ている。そういう趣味を始めたのだろうか。
というか、何でここに?
「な、何があったんですか!?」
声も普段より高い気がする。
服装に合わせて、あえてそうしているのか?
あれ? そういえば写真部部長って、メガネかけてたよな。
今日はコンタクトなのか?
「聞いてますか!?」
「ふぇ? ふぁ、ふぁい」
写真部部長の小さな両手で、頬を強く押し込まれるように触られた俺は、考えるのを一時停止して、とりあえず返事をした。
とても顔を近づけられているが、全然ドキドキしない。
不思議なものだ。
「あ、ごめんなさい。つい」
「ふぃえ、ふぁいようぶでふ」
「で、何があったんですか?」
何故か俺から手を離さない写真部部長に、喋りにくいまま事の経緯を説明した。
「なるほど。じゃあ、今は様子を見ているんですね」
「ふぁい」
「そうですか」
写真部部長は納得した後も、何故か手を離さない。
こんなところ誰かに見られたら、説明が面倒である。
そういう事を思った時ほど、現実になりやすいというのは世の常なのか。
「ここ! ほら、走って!」
「はぁ、はぁ、ここかい?」
西井美咲が養護教諭を連れて戻ってきた。
そして、俺と写真部部長を見るなり怪訝な顔をする。
「……何やってんの?」
当たり前の質問だった。
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