第15話 出来るはず
俺は自分の部屋のベッドに寝転がり、天井を見つめていた。
ぼーっとする事、それが今の俺が唯一現実を忘れられる手段だ。
もう、漫画を読む気力もない。
ただ、動かずに何も考えないでいたい。
結局あの後も色々大変だった。
俺の叫び声で体調を悪くした小町を、彼女の持っていた袋をテーブルに置いてから、保健室に連れて行った。
そして、保健室で回復した小町にいきなり叫んでしまった事を謝罪して、部室に戻ると、西井美咲が袋に入っていたブツを取り出して読んでいたのだ。
『あ、おかえり。これさ、まぢもんじゃん! やばくね!』
終わった。
俺は、弁解する気力も出ず、ただ西井美咲を見つめるしかなかった。
小町なんて嬉しそうに俺に頭を差し出していた。
撫でてほしかったのだろう。しかし、彼女を撫でると同じ過ちを繰り返しそうなので、撫でてあげなかった。
『これはこまちゃんにはまだ早いって。どうして買ってきたの?』
西井美咲の質問に、撫でられなくて少し不機嫌な小町が答えた。
『先輩が呼んでたから好きなのかなって……』
小町が余計な事を言ってからの記憶はない。
いつの間にか家に帰って来ていた。
「学校行きたくな」
本心だった。
悪い噂が流れ、学校に居づらくなり、小町に振り回され、今日に至っては告ってもないのにフラれ(しかも恋愛対象じゃない)、買ってこられたエ◯本を女子に見られ、おまけにエ◯本を読んでいた事を暴露された。
学校に行かなければ全て捨てられる事だ。
逃げ出せば楽になる。
それに今はまだないが、いつ俺に対するいじめが始まるか分からない。
そんな危険な場所に行きたいと誰が思おうか。
もう疲れた。
このまま、消えてしまえばこの気持ちも無くなるだろうか。
「いや、ダメだ」
俺は、弱気になっていた心を正すべく、あえて気持ちを声に出した。
このまま小町の事を放棄したら、彼女が路頭に迷ってしまう。
もしかしたら西井美咲が何とかするかもしれないが、それだとしても、俺が小町の手を引っ張っていくと決めたのに俺自身が途中で止めるわけにはいかない。
誰が何と言おうと、俺は先輩に小町を託されたのだ。他でもない俺が。
それは、先輩からもらった俺への信頼の証。
必ずやり遂げなければ、先輩に顔向けできない。
それに、俺は西井美咲を完全に信頼していない。彼女には必ず何か裏がある。
そう踏んでいる。
俺がしっかりしないでどうするんだ。小町が俺に対して暴走するのは、その分彼女から信頼されたって事だろ。
自信を持て、七町敬也。
お前は出来る。
先輩と一緒にいた時だって、彼女に振り回されていたじゃないか。たまに暴走していたのは俺の方だったが。
おんなじだ。
振り回されるだけ振り回される。それしかない。
そしてから解決策を考えよう。それからでも全然遅くないはずだ。
俺は自分を鼓舞して明日に備えた。
次の日。
俺はいつものように小町を迎えに行った。
朝のこれも俺は二ヶ月続けてきたんだ。そう思うと何だかやる気が出てくる。
「行ってきまーす!」
しばらくして、小町が家から出てきた。
さぁ、今日も始まるぞ。
「先輩! お待たせしましたぁ!」
「おぅ。おはよう」
「おはようございます!」
挨拶を交わすなり、小町は俺の腕に抱きついてきた。
彼女の胸が潰れる感触は、今でさえ慣れない。何だか男の本能をくすぐられる感じがして苦手だ。
はっきり言って、この気持ちを抱くのが自分でも気持ち悪い。
彼女はそういう知識はあるが、行動はあくまでも子供なのだ。純粋な子供に欲情している気分で罪悪感が半端ではない。
「先輩! 小町、今日は朝早く起きました! 偉いですか!?」
「あー」
俺は言葉を選んでいた。褒めすぎず、しかし彼女が喜ぶようにする。これが、今の俺に必要とされるスキルだ。
瞬時にやらなくてはいけないため、物凄く頭を回転させる必要がある。
「今日の準備はしてた?」
まず、ジャブの質問。
「してません!」
相手のパンチは軽かった。
「じゃあ、準備までできたら百点満点だな。頑張ろう」
右ストレートを放つ。
「確かに……! はい! 頑張ります!」
KO勝利である。
俺は、心の中でガッツポーズを決めた。
街行く人々の視線を気づかないふりして学校へ向かうと、途中で西井美咲に出会った。
彼女は例のギャル二人組と歩いていた。
だが、西井美咲はこちらに気づくなり、友達に許可をとっているような仕草をした後、こちらに向かってきた。
「おっはー!」
「おはようございます! ミサちゃん!」
西井美咲の挨拶に、小町は元気よく返した。
「おーい、えろほんは挨拶なしか?」
「な!?」
思わず、俺は小町を振り払い、西井美咲の口を塞いでしまった。
悪い事をしてしまったと思ったのは、冷静になってからだった。
「す、すまん」
俺は冷静さを取り戻した後、すぐに西井美咲から手を離した。
顔に急に触るだなんて非常識にも程がある。
それも、異性の顔にだ。
「ちょ、あんたの手メイクついてない? てか、うちの顔面崩れてねぇ? 大丈夫?」
しかし、寛大な心の持ち主なのか、はたまた鈍感なだけか、西井美咲は怒った素振りも見せずにそう言った。
「だ、大丈夫。メイクも、崩れてない」
「そっか、ならいいわ」
西井美咲がそう言った瞬間、急に腕に小町が抱きついてきた。
そういえば、西井美咲にばかり気を取られていて、小町の事を完全に忘れていた。
そのため寂しくなったのか、ヤキモチを焼いたのか分からないが、それはそれは勢いよく飛び込んできた。
「先輩! ひどいです!」
小町は、俺の腕に顔をうずめ、甘えるように顔を左右に揺らした。
「すまんて」
仕方がなく、俺は小町の頭を撫でた。
「にっへっへっへっへっへ」
それは勝利の雄叫びなのかな。
随分と可愛らしいものだ。
小町が腕から離れないまま校門を通り抜け、校舎の中に入った。
靴を履き替えるために小町が一旦俺の腕から離れた。
そして、靴を履き替えた小町は、定位置と言わんばかりに俺の腕まで戻ってきた。
そのまま歩き続けて、一年教室のある二階まで来ると、ようやく腕から離れた。
「では、先輩! 小町頑張ってきます!」
「頑張れ」
「はい!」
小町が三組の教室に入るのを見送り、俺と西井美咲は三階へ向かった。
「もう、カップル超えて家族やん? うらやましー」
階段で歩いていると、西井美咲が笑いながら揶揄ってきた。
「そうだな。家族かもな」
俺は適当に流したが、「家族」という言葉が妙に心に残った。
何だろうか、この気持ちは。
「はは、冗談冗談」
階段を上がりきると、俺は西井美咲と別れて自分の教室に入った。
クラスメイトは俺を見るなり、ヒソヒソと喋り始める。
中には他愛もない話で盛り上がっている生徒もいるが、それでも一部からの冷たい視線はきついものがあった。
だが、俺はこれをゲームだと思う事にした。
その名も、視線当てゲームだ。
視線を感じた方向に顔を向ける。そうすると、噂話をしていた生徒は顔を背ける。そうしたら一点。それ以外はゼロ点。
さぁ、今日は何点取れるかな?
俺は早速その悲しきゲームに勤しむのだった。
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