第14話 チビとメガネとえっちな本
小町がお使いに行ってから、およそ十五分。そろそろ帰って来る頃だろう。
俺は、読んでいた漫画を閉じて鞄にしまった。小町に見られると、色々面倒だからだ。
小町の暴走は、もう最高到達点にまで達しているだろう。
先輩に言われた通りに小町の暴走を止めて、彼女を変えてやらなくてはいけない。
ただ、どうしたものか。
どうすれば小町は変われるのか。
やめろ、と言ってやめてくれるなら苦労しないだろう。
恐らく小町自身が、自分の行動で周りがどうなっているのかに気づいてくれれば改善の兆しが見えて来ると思うが、それをどうやるかだ。
考えても考えても、何も出てこない。
小町が俯瞰して自分を見るには何をすればいいのか。
ずっとそれに頭を悩ませている。
「……ふー。どうすっかなぁ」
内側に留めて置けなくなった思いをつい吐き出してしまった。
すると、それまでカメラをいじっていた写真部部長が顔を上げる。
「なんだぁ? 悩み事かぁ? ふん! 悩め悩め!」
「……うるさいですよ、チビメガネ」
これは悪口ではない。写真部部長の身長の低さとメガネをかけているという事を一言で表しただけだ。
「え?」
チビメガネは、予想外の返答に驚いたのかこちらを見て、固まってしまった。
そして、ようやく動き始めたかと思ったら、椅子から立ち上がり、高機能そうなカメラをテーブルに置いて大きく息を吸った。
「チビって言うなあぁぁぁぁっっっ!!!!」
あまりの大声に驚いて椅子から転げ落ちそうになった。学校が揺れたのではないか? と錯覚するほどだ。
小町がいたら失神していたかもしれない。
「お前もか! お前も私をチビと言うのか! 見損なったぞ!? お前だけは信じていたのに!」
チビメガネはこちらを睨んで、唸っている。
俺はチビメガネの逆鱗に触れてしまったらしい。
そこで気づいた。
人のコンプレックスと思われる部分を、馬鹿にしてしまった事に。
まずい。
頭の中はその言葉でいっぱいだった。
これを先輩に知られたら、彼女に失望されてしまう。
急いで挽回しなければ。
「す、すみません! つい……」
「ついぃ? ついってなんだ! ついって! 今までも私の事をそう思ってたのかぁ!? くそったれがぁぁ!!」
油に火を注いでしまったのか、写真部部長はさらに怒り始めた。
どうにか手を打たねば。ここは、協力者を得て助けてもらおう。
そう思い、藁にも縋る思いで西井美咲の方を見た。
だが、彼女は何事もなかったかのように、本を見つめている。まるで、自分でどうにかしろと言わんばかりに反応を見せない。
「私にもっと身長があればよかったのかぁ!? どうせお前もそうなんだ!! 高身長で胸とケツがでかい女がタイプなんだろっ!? えぇ!?」
「あ、えっと、いや……」
なぜタイプの話になるのかわからなかった。
しかも、言い方にどこか怨念を感じる。過去に何かあったのだろうか。
「何だと!? 私とは正反対だと!? よくもまぁ! そんな無情な事が言えたなぁ!!」
確かに写真部部長は低身長で、まぁこれは当たり前だが胸もないし、お尻も大きくないし、男だ。
正反対なのは間違いない。
「私のような貧相な体には欲情もできんか!? あぁ、そうか!! 健常者で何よりだ!!」
欲情も何も俺は恋愛対象が女性のため、男性である写真部部長には何の気持ちも抱かない。
女性だって、小さくてヒョロヒョロの方が好きと言う人もいるだろうし、そう悲観しなくても良いと思うが。
「何か言ったらどうなんだ!? ここまで私をコケにしておいて、ただで済むと思うなよ!?」
早くどうにかしないと、小町が帰って来てしまう。
そうしたら、必ず質問する。「何があったんですか」と。
写真部部長は事の詳細を彼女に教えるだろう。
そしてそれを聞いた小町は、先輩にその事を漏らしてしまうかもしれない。
それだけは避けたい。いや、避けなければならない。
写真部部長を宥めるにはどうするか。それを一刻も早く考えねば。
どうやら、彼は自分の体が人には好かれにくいと思っているらしい。
ならば、その事を正してあげれば気が収まるかもしれない。
ただ謝り続けても効果はなさそうだし、これに賭けるか。
「ぶ、部長の体型が好きな人だっていると思いますよ? ほら、部長って顔も可愛い系だし……?」
「か、かわ……!? いやいや!! 惑わされんぞ!! どうせお前はそんな事思ってないんだろ!」
「いや、そんなこt」
「じゃあ、聞くがお前はどうなんだ!? 私の全てが小さい体は好きなのか!? 言ってみろ!?」
「え、いや俺は……」
「好きなのか嫌いなのか!! どっちなんだっ!?」
えぇ……二択で迫られても。
別に俺は男の体に興味はなくて、好きも嫌いもないんだが。
ただ、この状況で嫌いと言うメリットもないため、ここは無難にやり過ごそう。
「好きです」
俺がそう言った瞬間、この空間の時が止まったのか写真部部長が怒りの表情を変えないまま動かなくなった。
そしてだんだんと顔から険しさが抜けていき、何やら乙女な表情になった。
「え……?」
顔を赤らめ、俺をまっすぐ見つめる写真部部長。
思っていた反応と違う。
待て。俺はそう言う意味で好きと言ったんではない。
話の流れ的にあり得ないだろ。突然の告白とか。
「いや、ちが……」
「……ご」
「ご?」
「ごめんなさいっ!!」
写真部部長はそう言い残して勢いよくドアを開け、走って行ってしまった。
「部長!?」
開けっぱなしのドアを呆然と見つめる。
もしかしたらあの人は青春に飢えすぎて、何でも恋愛に結びつけてしまうヤバい人なのかもしれない。
うん。そうだ。じゃなきゃおかしい。
「プッハ!! ぶちょーさん。頭おかしすぎてやばす」
西井美咲がゲラゲラと笑い始める。
「笑い事じゃねえぞ!!」
俺があの人に告白したとかいう噂が流れたら、俺への悪評が大きくなるだろうが!?
まずい。早急に誤解を解かなければ。
そう思った俺が写真部部長を追いかけようとすると、廊下から誰かが走ってくる音が聞こえた。
もしかして、写真部部長だろうか? よかった、何か知らないが、戻ってきた。
「先輩! えっちな本買って来ましたあぁっ!!」
「何でだ馬鹿野郎っ!!」
俺はとんでもない事を言った小町に対してと、部長じゃなかったという事実に対して二重の意味を込めてそう叫んでしまった。
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