第12話 手紙
七町敬也君へ。
さて、これを読んでいるという事は、君は何らかの理由で私が作成したカルテを読み返していたという訳だ。
この手紙を偶然先に見つけたか、私の書いたヒントの紙を先に見つけたか、今の私には知る術が無いが、とりあえず見つけた事は褒めてあげよう。
偉いぞ。
まぁしかし、言ってしまえば君でも見つけられる場所に隠しておいたから、見つけられたのは当たり前と言えば当たり前だ。自惚れちゃいかんぞ?
さて、私は今頃大学でキャンパスライフを満喫している頃だと思うが、今の君はどうだろうか。
恐らく、小町の事で手一杯なのではないのだろうか。いや、これは確定事項だ。君は必ず小町の事で悩んでいる。
先輩ならどうするか。先輩に託されたのに。先輩、すいません。
君の思いそうな事だ。
私に幻滅されたくないから、必死こいて頑張ってると思うが、中々身を結んでいないのだろう。
私の言った通りにしているのか、はたまた自分の思うようにしているのか。
どちらにせよ、小町の世話は難航しているに決まっていると私は思うよ。
そういえば、私が何故こんなにまどろっこしい事をしたのか説明していなかったね。
簡潔に言えば、良い頃合いに君に見つけて欲しかったからだ。
良い頃合いと言っても、君にとっては悩みが尽きない地獄の時だと思うがね。
余程のイレギュラーがなければ、この手紙を読んでいるのは六月か七月あたりだと思う。
私の予想は当たっていたかな?
当たっている事を願おう。
何故私がこの時期に君に手紙を見つけて欲しかったのか。
それは、小町と日々を暮らすのが辛くなる頃だからだ。
小町はね、最初の頃は、つまり慣れない人の前では、自分でも知らないうちに良い子でいようと頑張るんだ。大きく感情を揺さぶられない限りはね。
無論、たまに何かの弾みで枷が外れる事もあるが、そういう時は彼女を疲れさせてあげるといい。そうすれば、すぐに夢の中へ行ってくれる。
さて、話を戻そう。
知らないうちに良い子でいようとすると書いたが、それは言い換えれば「無意識的な警戒」をするという事なんだ。
本人は気づいていないが、彼女にはそういう特性がある。
彼女は素直だ。人の言う事を何でも信じる。誰かに嘘を吐かれてると思えない。
昔からそうだった。
だから、よく騙されて泣いて帰ってくる事もあった。しかし、そんな思い出はすぐに忘れる。あくまでも子供だから。
大きなトラウマでも抱えない限り、大抵の事は覚えてない。
だが、周りの人間はそうはいかない。
彼女は、その人に慣れていく過程で徐々に異変を起こす。
そして、小町と二、三ヶ月程過ごすと、だんだん彼女に現れる異変が顕著になってくる。
そう。君も経験したように、急に甘え出してくるんだ。それと同時に何か自分にさせてほしいと願ってくるようになる。
好奇心と奉仕欲求の、つまり愛情の爆発が起こる。
ちなみに、君なら分かっていると思うが、愛情と言っても恋愛感情のような単純なものじゃないよ。
相手の幸せの最高潮と自分の幸せの最高潮を両立させようとする、家族愛と自己愛が混ざったような感情だ。正確には違うがね。
もしかしたら君は今、その状態の小町といわば「戦っている」のかもしれない。
小町は君の事を深くまで知ろうとしているだろう。良い部分も悪い部分も、人には知られたくない部分も。
彼女は、人の事を良く知ってから、自分に何ができるか考えようとするんだ。だから、他人が土足で入り込んではいけない場所まで踏み込もうとする。
彼女に悪気は無いが、それでも嫌悪感を抱くのは仕方がない。それは人間の防衛本能だ。そして、次第に寄り添ってくれていた人が離れていく。
君はどうだろう。私は何となくだが、君は小町から離れないんじゃないかと思っている。
自分が壊れるまで彼女を見ていてあげるつもりだろう。本気で頼られたら、メーターが振り切ってしまう程頑張る君だ。私のお願いだからと、無理をしているのではないかな?
もし、今そうなのだとしたら、それは即刻に止めるべきだね。君が消えては、小町はまた同じ事を繰り返してしまう。君は倒れるよりもやるべき事があるんだ。彼女の無垢が故の暴力。まずはこれを終わらせてほしい。これは私からの新しい頼みだ。やってくれるな?
この手紙は私の考えでは、六、七月くらいに見つけられていると思うが、もしだ。もし、もしも、万が一でも、君が小町の暴走前に手紙を開いたのなら、決して彼女が暴走するまでに何とかしようとは考えないでほしい。
君には小町の暴走を受け入れ、認めた上で彼女の事を変えてほしい。ボロボロになる前提の話で申し訳ないが、君だから頼むんだ。私のコミュニティ内で頼れるのは君しかいない。これは、本当だ。
こんな必死な手紙を見て笑うかもしれないが、それでもいい。
私は小町の事になると、少々、いや大分熱くなってしまうんだ。今だって呼吸を乱しながら書いている。あの、私がだぞ? 信じられるか?
君に完璧超人と言われる私がこんなにも切迫しているんだ。
君なら事の重要性を分かってくれるはずだ。
すまないね。少々取り乱し過ぎたようだ。今の文章は時間を空けて、冷静になってから書き始めた。
自分で見返してみたが、我ながらだんだん熱がこもった文章になっていくのが面白かったよ。
正直恥ずかしいが、私の本気度を見せるためにこのまま続きを書いていこうと思う。
という事で、今度は小町の秘密について書こうか。
長いと思ってくれるなよ? これも大切な話なんだ、聞いてくれ。
まず、小町なんだが、前に君に言った通り、精神の成長と発達が異常に遅い。
病院などには行っていないから、詳しい事は分からないが彼女の精神年齢は小学生くらい、いや、一部に関してはもっと低いのかもしれない。
前も言ったが病院に行ってない事には突っ込まないでくれ。複雑な家庭なんだからな?
しかし、このままでいいはずもなく、せめて私なりに力になろうとカウンセラーを目指す事にした、という話をしたはずだ。
君がうっかりこの事を小町に漏らしていない事を祈るよ。
ここからは、まだ君に話していない事を書く。
もう気づいていると思うが、小町は五感が非常に優れている。
動物と同等、またはそれ以上に。いや、これは言い過ぎかもしれないが、そう思わせる程に彼女は体は防衛機能が異常に発達している。
防衛機能の一部として免疫機能も優れているのか、小町はあまり、というかまったく病気に罹らない。
昔は体が弱くてよく熱を出していたのだが、ある時期を境にそれがまったくなくなった。まさに健康の権化だ。
簡単にまとめると小町は体の内側からの刺激には特段強いが、体の外側からの刺激にめっぽう弱い。
彼女の暴走を止める時は、その点に注意して欲しい。
例えば、大声を出したり、もちろんないと思うが叩いたりするのは、小町が体調を崩す原因になる。唯一のね。
パニックに陥って話すら出来なくなる可能性だって出てくる。
ただ、何らかの過程で彼女が怪我をしたとしても、それはあまり気にしなくていい。
心配はしてあげるべきだが、彼女は傷の治りも人一倍早いから、そんなに慌てる必要はない。
やってしまった、と塞ぎ込んでいる間に、何事もなかったかのように傷が修復しているはずだ。
もう一度書くが、彼女の敏感なところと鈍感なところを見極める事、それを君にはしてほしい。
小町の体の特性については、とりあえずここまでにしよう。
次に書くのは、小町の暴走をやめさせた後、つまり、彼女が一歩成長した後についての事だ。
きっと、小町は自分でも気付かぬうちに、欲求を節しようと努力するはずだ。
そんな時は、褒めてやって欲しい。
小町は褒められて伸びる人間だ。あくまでも「今の小町」の話だがね。
頑張っている事が偉いという事を伝え、そして、これからもそれを続けるように誘導して欲しい。
ちなみに、これにも注意点がある。
一つ目、褒め過ぎないこと。
二つ目、彼女からの「褒めて欲しい」には応えない事。
三つ目、彼女に、彼女自身が頑張っている事を悟られないようにする事。
一応、理由を説明しよう。男は理屈が好きだからね。
一つ目に関してだが、理由としては彼女が調子に乗るからだ。
褒められ過ぎると、それが癖になるのか彼女は、こちらが褒めてくるように仕向けるようになる。必要のない事を頑張るなどしてね。
加えて、我儘になったり、他人を見下すようになったりするから困ったものだ。
もしそうなった時は注意を頼む。彼女のために少し叱ってやってくれ。
これが一つ目の理由だ。
さぁ、二つ目に関しての理由に移ろう。
暴走を乗り越えた先にあるこの時期は、彼女が自分を変えようとして心が不安定になっているはずだ。
そんな時、彼女は甘えたくて仕方がなくなり、君に褒めるという事を強要してくるだろう。
そんな時は、優しく流して欲しい。
じゃないと、せっかく生まれ変わろうとしている小町が、元の小町に戻ってしまうかもしれないからだ。
厳しいかもしれないが、その分この成長期を越えられたら、うんと褒めてやってほしい。
あ、言っておくが、調子に乗っている小町は褒める対象じゃないからな?
彼女がこの壁を乗り越えた後も、そういう時は褒めるな。それに関しては、段階的に乗り越えられていない部分だ。気をつけて欲しい。
これで、二つ目の理由も説明し終えた。
最後の三つ目に関しての理由を書こう。
まぁ、これは考えれば分かるかもしれないが、理由としては彼女が義務的に自分を制御しないようにするためだ。
私は小町が自分の欲求を抑える事を、あくまで自分の意思でやって欲しいんだ。
それに、義務的になると辛くなる。
やらなきゃ。
そんな気持ちに小町は耐えられなくなるかもしれない。
私は彼女が辛い顔をしているのを想像したくないし、見たくもない。
今は、壁をいつの間にか乗り越えられている小町でいい。
そう思うよ。
……少し私の想いが入ってしまったね。すまない。
話を戻そう。
私はこの三つ目が鬼門だと思う。思うというか、これはそうなることは絶対だ。
「相手が頑張っている事を褒めなければならない、かつ、相手になぜ褒められているのかを悟られてはいけない」というのは、ほぼ矛盾する事だ。
実行するのは至難の技……もしかしたら不可能なのかもしれない。
君に出来なくても仕方がない事だが、出来るなら頑張ってほしい。
私の我儘が混じった、三つ目の説明はこれで終わりだ。
便箋も無くなってきたから、そろそろ最後のまとめに入ろう。
笹原小町を社会に通ずる人間に育てる。
これが、私が君に頼んだ事だ。
小町はまだ未熟な子供だ。雛鳥とでも言おうか。
君にはこれからも、彼女が大空を飛んでいくための手助けをして欲しい。
私は信じている。
小町がいつか空高く飛び立ち、色々な世界を見て回る事を。
まだまだお世話が必要な小町だが、私は大人になった彼女と早く話してみたい。なんせ、今は彼女の心配をする毎日だ。迂闊に踏み入った話も出来ない。
きっと、君と小町は様々な失敗をするだろう。もしかしたら同じ失敗を繰り返すかもしれない。
それでも、彼女の手を引いて前に進んでほしい。
諦めないでほしい。
君は私が認めた男だ。やってくれるだろうと信じているよ。
少々、というかとても長くなってしまったな。
やはり、君も知っていると思うが私は話し始めると止まらなくなる癖があるらしい。
結構詰めて書いたつもりが、それでも便箋を使い切るほど書いてしまったよ。
まぁ、これもご愛嬌だ。大目に見てくれ。
それでは、小町をよろしく頼むよ。
君の愛する先輩より。
追伸。
この手紙に使われた便箋の種類が様々なのは、私が持っていた便箋の余りを使ったからだ。特に意味はないから、深く考えないでくれよ?
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