第11話 カルテ

 これは先輩の手紙だ。 

 何度も見てきたあの筆跡。見間違うはずもない。


「ね! 驚きっしょ! ななやんに向けられた手紙なわけ! やばくね!?」


 なぜ彼女が先輩が俺に宛てた手紙でこんなに盛り上がっているのか分からないが、そんな事よりも手紙の中身が気になった。

 俺は一心に手紙を読み進めた。

 そして、点と点が繋がるように、頭の中で今までの辻褄が合い始める。


「……あんた、どこでこれを」


 俺は焦っているせいか、少し語気を強めてしまった。

 これは、他人には見られてはならない、大切な手紙であったからである。


「うちが暇になって、面白いもんねぇかなーって部室ん中探したらさ、なんか棚にめちゃくちゃファイル置いてあるわけ! こりゃ、読まなきゃ損じゃねって思って、一番近いファイルを手に取ったの。そしたら、それ、なんかのカルテだったんよ! やばくね!?」 


 棚。

 ファイル。

 カルテ。

 そして、それがカウンセリング部の部室にあった事。

 答えはもちろん、先輩が書き残して行った、生徒達のカルテである。

 先輩は相談に来た人の身元特定を避けるために、名前ではなく数字とアルファベットを組み合わせた適当な番号を振っていた。

 先輩なりの暗号があったのかもしれないが、俺には適当に付けているだけに見えた。

 また、先輩はカルテを順番通りにファイルに挟まなかった。恐らく、カモフラージュをしていたのだろう。

 相談相手の事をよく考える先輩らしいカルテだった。

 そんな先輩のおかげで、恐らくギャルが個人を特定することはできないと思うが、一応不安なのでそれについて聞いてみる。


「ちなみに、誰が誰だか分かったか?」

「はぁ? あんなん分かる訳ないじゃん! 見てるだけで脳溶けちゃうわ」


 それを聞いて、一先ずは安堵した。

 それで誰かしらの悩みがバレて、その人が揶揄われる事だけは避けたかった。

 先輩もそれを望むから、あんな暗号みたいな番号を作ったのだろう。

 

「よかった……」


 いや、安心するのはまだ早い。

 ギャルがどうやって機密の手紙を手に入れたのか聞かなくては。

 それだけじゃない。彼女の目的を聞かない事には真に安心できない。

 とりあえす今は、ギャルの話を聞く事にした。


「で、話戻すけどさ、そのファイルパラパラ捲ってたら急にカルテじゃないページが現れたのよ! そこに何て書いてあったと思う?」

「さぁ」

「君の番号、覚えてるかな? って。最初は何のこっちゃって思ったけど、何かロマンチックな感じしてさ、感動したわ」


 君の番号。

 もしかして、俺の番号、すなわち先輩に付けられた番号の事だろうか。俺には最初に出会った時に相談者として付けられた番号と、最後の別れの日に先輩の初めての仕事だと言って付けてもらった番号がある。

 どちらの事だろうか。


「そしたら、その紙の裏に謎解きがあったの! うち、頭いいからすぐ解けちゃう系女子だっだわ」


 先輩。まさか、その謎解きの答え、俺の番号じゃないですよね。


「……で?」


 恐る恐る聞いてみる。


「そしたら、出てきた答えが何だったと思う? カルテの番号! これ『君の番号』ぢゃね? ってなって、それからは文芸部なのに毎日カルテ読んでたわ」


 謎解きの答えがカルテの番号だった。そして、それは恐らく俺の番号だ。

 先輩、俺の個人情報はどうでも良いんですか……?


「そして、昨日! 遂に! 同じカルテ番号を見つけたの! まぢ泣きそうだったー。達成感で死ぬとこだったわ」


 俺が悲しみの中にいる事など露知らず。

 ギャルは、話を続ける。 


「で、見つけたは良いけど、それ、見た感じ普通のカルテだったのよ。まさかあんな仕掛けがあるとは思わんかった」


 俺のカルテが見られたのは、少々引っかかるが、まぁそこはいいとしよう。

 気になるのは「あんな仕掛け」の事だ。

 先輩の事だ。とてつもないトリックが仕掛けられていたんだろう。


「どんな仕掛けだったんだ……?」

「それはね」


 ごくり。


「紙で挟んであった」


 ……絶妙に分かりにくい。


「というと?」

「ほら、カルテが入ってるファイルってクリアポケットになってるぢゃん? そこに同じ人のカルテが何枚か入ってるのは、ななやんも知ってるべ?」

「当たり前だろ」


 伊達にカウンセリング部をやってきた訳じゃあない。

 カルテを見直したり、時には整理したり。

 何どもファイルとにらめっこした。


「そのカルテ番号の人のカルテ……面倒臭いから、もう言うわ。ななやんのカルテも何枚かクリアポケットに入ってて、そのちょうど真ん中らへんにその手紙があった訳」


 なるほど。

 ……いや、ちょっと待て。


「お前、何でそのカルテが俺のだって分かったんだ? 相談者の名前は暗号化されてるはずだろ」

「え? そんなの簡単ぢゃん! あの部室が幻のカウンセリング部のものだったっていうのと、ななやんがカウンセリング部だったっていうのと、オリーから聞いたカウンセリング部は二人しかいなかったっていうのと、あと」

「分かった、もういい」


 何にせよ、理由をどれだけ聞いたところで俺のカルテだとバレた結果は変わらない。

 ならば、そんな事に時間を割くよりも、ギャルから情報収集をした方が全然良い。

 そういえば、もう一つ疑問があった。

 こいつは、俺に勝手にあだ名をつける時、俺の名前を口にしていた。

 有名人の小町はまだしも、ギャルは、なぜ俺の名前まで知っているのだろうか。


「お前、何で俺が七町敬也だって分かったんだ?」


 自分で言っておいてあれだが、悪役のセリフみたいだな。ちょっと恥ずかしい。


「えー、説明しなきゃダメなん? めんどいんですけど」


 今まで散々口を動かしてきたせいか、ギャルは少々お疲れ気味のようである。

 しかし、俺なんかの名前をどこで知ったのか気になる。


「頼むって」

「えー、じゃあ、簡潔に言うわ。……手紙、こまっちゃん、一年、有名、一緒、ななやん。はぁ、これでいい?」


 全然良くない。


「さっぱりです」

「はぁ……、あんた頭悪い系男子だったか……」

「黙れ?」


 図に乗るなよ小娘が。俺の拳がイっちゃったって良いんだからな?


「わぁった。説明すると、手紙にこまっちゃんの名前があって、その子は一年生…ていうか全学年で話題になってる子で、いつも一緒にいるらしいななやんが手紙にあった七町敬也になるわけ。満足?」


 何だろう。俺が呼ばれてきたのにギャルの方が不機嫌になるのはおかしくないか?

 そう思いながらも、ギャルの説明で何となく腑に落ちた。

 全てはこの手紙に帰結するらしい。


「……まぁ、いいや。言いたい事は全部言ったのか?」

「まだ、来てもらった目的話せてねーわ……。でも疲れたから、ちょいタンマ。てか、そのクリアファイルあたしんだから返して」

「お、おう……」


 ファイルを渡すと、ギャルは決して綺麗とは言えない床に座って鞄にファイルをしまい、代わりにペットボトルのお茶を取り出した。

 短すぎるスカートのせいでパンツが丸見えなのに、ギャルはそんな事気にもしない様子でお茶を飲み始めた。


「ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ……ぷはぁっ!! うまぁっ!?」


 ギャルは余程喉が渇いていたのか、ぺットボトルに三分の二以上入っていたお茶を一気に飲み干した。

 そして、数秒虚空を見つめた後、力を取り戻したのか急に話し始めた。


「うちは、こまっちゃんとななやんの秘密を知った。という事は、やることは一つっしょ」


 ギャルの言った「やること」。

 大体察しはついていたが、やはり、あまり気分の良いものではない。


「ゆすりか」


 まぁ、お金を出して彼女の秘密を守れるなら、安いものではないか。

 そう思う事にしよう。

 と思ったが、ギャルの反応がちょっとおかしい事に気づいた。

 半目で呆れているのだ。

 「何言ってんの? 馬鹿なの?」と言わんばかりの表情だ。


「何言ってんの? 馬鹿なの?」


 俺は、人の心を読む才能が開花したのかもしれない。

 

「うちが、そんなサイテーな事するように見える?」

「かなり?」

「ちょ、おい」


 ギャルは俺の答えに不服だったのか、ペットボトルを投げつけてきた。


「やる事っつったら、もうあれしかないでしょ─が」

「何だ」

「そりゃあ……」


 ギャルは、当たり前かのように、その一言を放った。


「こまっちゃんのお世話!」

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