第10話 シン・ギャルママ

 俺と小町がギャルに連れてこられたのは、南棟にある茶道部と書かれた部屋の入り口だった。


「今日、あいつら部活休みだから使っていいっしょ! 元々うちらの部室だし! な?」

「お、おう」

 

 急に同意を求められ、気づけば肯定していた。

 ギャルは茶道部の部室に入るなり、鞄を置いて畳に大の字で寝転がった。


「カァーッ! なつー! これよこれ!」


 とても嬉しそうに手足を開閉させると、満足したのか起き上がった。


「で、あんたらを呼び出したのは、訳があるのよ。……てか、うちの事覚えてる?」

「当たり前だろ……! ギャルめ」


 初めて会った時は気圧されて敬語だった俺だが、今は普通にタメ口で話せた。恐らく、私怨があるからだろう。


「はは、ウケる! ギャルて! うち、清楚担当だし! なめんなって!」


 口を大きく開けて笑うギャル。

 何がそんなにおかしいのだろうか。

 というか、清楚という言葉の意味を知っているのだろうか。


「名前覚えとらんの? ほら、ミサ。ミサだって」

「いや、分からんな」


 覚えているのは顔と、その時感じた悔しさだけだ。


「え、記憶力皆無かよ。覚えとらんとか、まぢ花火」


 いや、普通覚えられないだろ。

 その時初対面だぞ。


「えー。自己紹介する系?」

「いや、大丈夫。覚える気ないから」

「げえ、花火打ち上がりだわ」


 独特な言い回しを使い、感情表現をするギャル。

 正直、どの感情を意味するのかは不明だ。

 ふと小町を見ると、彼女の好奇心を揺さぶるのかギャルを見つめてうずうずしていた。

 しかし、それを行動に移しはせずただギャルを見つめているだけだ。


「小町、なんか聞きたいのか? 聞きたいんだったら聞けばいい」


 ここは少し、小町の自由にさせてやろう。


「え! いいんですか!?」


 小町は目を輝かせてギャルの方を見た。そして、余程嬉しかったのか正座からジャンプして立ち上がった。

 驚異的な身体能力である。ややぽっちゃりとは思えない。


「うん、いいよ。何でも聞きな」

 

 妙に理解があるギャル。言葉も気持ち優しくなった気がする。

 なぜだ?

 なぜそんなに小町に優しくするんだ? 

 まるで子供をかのように。

 少し嫌な予感がするが、俺はその気持ちをそっと心にしまった。


「えっと! えっと! 何でスカートそんなに短いんですか? パンツ見えないんですか? あと、何で髪染めてるんですか? あと、爪がそんなに長いのは何でですか!? あと、あと!」

「ちょとちょと。落ち着いて。質問は一個ずつ。ね?」


 堰が切れたように怒涛の質問ラッシュをする小町に、ギャルは慌てた様子もなく彼女を宥める。

 正直、予想のはるか上の「子供」を出してしまった小町にしまったと思ったが、ギャルが小町に対して焦らなかったので事なきを得た。

 が、それは同時に彼女が何故そうなのかという疑問を深める事になった。

 小町の秘密を知っているのか?

 まさか。それは小町の周辺の人物しか知らないはずだ。

 そんな俺の不安も知らずにギャルは、小町からの質問に優しく答えてあげていた。


「てな訳で、カラコンはこの世界をより詳しく見るためにマストアイテムって事。分かった?」

「はい! すごいです! すごいすごいです! 私も付けたいです!」

「んーと。じゃ、あとでトイレ行こっか。鞄に入ってるやつ付けてあげる」

「本当ですか!? やったぁっ!!」


 小町は本当に嬉しそうに飛び跳ねた。


「はは、そんなに嬉しい? よかったよかった」


 ギャルが微笑む。バサバサなまつ毛が目を細めた事により、重なってもっとバサバサに見えた。


「あと! 何で靴下h」

「あ、ストップ。ちょっとななやんと話あるからまた後でね」

「「ななやん?」」


 ななぴー。ギャルがそう言って指を差した方向には俺がいる。

 小町と俺が首を傾げるのも当然だろう。


「七町敬也だから、ななやん。どう? 可愛いっしょ?」

「……か、可愛いっ!!」

「小町!?」


 小町は興奮した様子で、ギャルに期待の目を向けていた。

 そういえば、彼女のリミッターを解除したままであった。

 そろそろ、落ち着かせないと。


「小町、そろそろ落ち着k」

「小町ちゃんは、笹原小町だからぁ……こまちゃん! どぉ?」

「可愛いっ!!」


 勢いづいた「こまちゃん」はもう誰にも止められないのかもしれない。

 もうこま

 ……寒いか。


「じゃあじゃあ! えっとえっと! ……あれ、名前?」

「もしかしてうちの名前? うちは、豊みさき。ミサでいいよ」

「ミサちゃん! 可愛いっ!!」


 どうしようか。小町のボルテージはMAXを超えている。

 本能に忠実な小町だ。このまま元気を出し切り燃料切れになったらそのまま眠ってしまうだろう。

 待て? それは好都合では?


「じゃあ、ななやん。ちょっとこっち来な?」

「待ってミサちゃん! もっと話したいです!」


 立ちあがろうとする、ギャルを小町は袖を掴んで引き止める。


「あー……こまちゃん。そろそろ眠くならない? ほらいっぱい話して疲れたでしょ?」


 ギャルはしゃがんで小町の頭を撫でた。


「へ? ……確かに、何だか眠くなってきたかもぉ」


 ギャルに宥められ、テンションゲージが一気に下がった小町は、だんだんと瞼が下がっていった。

 やはり、本能に引き回されている。


「ふわぁ……。先輩、寝てもいいですか?」


 ちょうどいい。小町には眠ってもらい静かになってもらおう。


「あぁ、ゆっくり寝な」


 小町は畳の上で横になると、そのまま目を閉じて夢の世界へ旅立っていった。

 自分で蒔いた種だが、小町が収まってくれてよかった。一時は一生終わらないんじゃないかと思った。


「よし。じゃ、改めて、ななやん。こっち来な」


 ギャルは鞄を持って立ち上がった。


「何でだ」


 ギャルが連れて行こうとしているのは、畳の部屋の隣にある部屋だ。

 連れ込まれて何をされるか分かったもんじゃない。

 俺の心が猜疑心で溢れかえるのは仕方がない事だろう。


「まぁまぁ。来れば分かるって」


 ますます怪しい。

 小町への対応といい、他の場所に移動しようとする事といい、何かあるのは間違いない。


「うちが色んな事教えてあげるからさ……! 気になるだろ? ななやん」

「な……!?」


 気にならないと言えば嘘になる。

 だが、俺には未練たらたらの心に決めた人がいるのだ。そんな誘惑には屈しない。


「来るの? 来ないの?」

  

 ギャルはニヤニヤしながら揶揄うように言った。


「行こう」


 俺は、力強く渾身の言葉を放った。


「りょ!」


 俺は立ち上がり、彼女の後をついて行く。

 畳の上から降りて靴を履き、そして遂に隣の部屋の中に入った。

 部屋の中は窓にカーテンがされており、薄暗い。

 その中でうっすらと本棚が見えた。

 どうやら、ここは文芸部の図書倉庫らしい。今は隣が茶道部の部室になっているようだが、今もここは使われているのだろうか。

 というか、そもそもに文芸部のギャルは本を読むのだろうか。

 そんな事を考えていると、ギャルが部屋の鍵を閉めた。

 やはり、そういう気らしい。


「よし、これで誰も入れないっと」


 ギャルが鍵を閉めたら、何だか急に現実に戻ってきた。

 今になって後悔してきている。

 俺はこんな風に自分の貞操を差し出してしまっていいのだろうか。

 その場限りの欲求で理性を捨てるとは、自分の素直さがバカらしくなってきた。


「あの、やっぱりやめにしないか?」

「え? ここまで来てそれはないべ。そんな事よりあっちくね? とりま窓開けるわ」

「え? 窓開けたら外に丸聞こえでは?」


 色々と。


「確かに。じゃ、そこのスイッチ押して。換気出来っから」

「スイッチ?」

「そこだって! ななやんの後ろの右!」

「あ、あぁ……これか」


 俺はスイッチを押すと、数秒で空気が機械によって循環されている音が聞こえてきた。

 

「あ、ついでに電気もよろ」

「……いいのか?」


 薄暗い方が雰囲気あるのでは?


「何で? 暗いとか薄気味悪すぎて無理虫だわ」

「そ、そういうもんか……」


 手練れのギャルには、明るい方がいいらしい。

 これはこれでありか?

 じゃなくて!

 何、普通に従ってんだ俺! お前の欲望のまま動いてどうする!

 ここはキッパリ断って、俺の強さを見せよう。


「あ、あn」

「つー事で! ななやんに見せたい物がありまーす!」


 完全にあちらのペースだ。

 こちらに主導権を渡してくれない。しかも、それを無意識にやってそうなのがまた怖い。

 そんなギャルは、鞄をゴソゴソと探り始める。そして、何だか有名そうな絵画がプリントされたクリアファイルを取り出した。


「どん! これ何だと思うよ?」

「え、ファイル?」


 見たままの答えを言った。


「いや、ファイルて。まぢウケんだけど。……中身中身! 中には何が入ってるでしょーか!」


 いや、分からん。

 しかし、クリアファイルに保管するものといえば、無論紙類であろう。

 紙に書いてある詳細は分からずとも、答えは決まっているようなものだ。


「紙」

「ぎゃっは! 当たり前すぎてヤバい。まぢ花火」


 ギャルは腹を抱えて笑い出した。

 何だろう。殴りたい。


「じゃあ、答えは何なんだよ」


 そこまで笑うのなら、それ相応の物を出してもらわなければ納得できない。

 見せてもらおうか? その中身とやらを。


「しゃーない。特別に不正解でも教えちゃうわ」


 ギャルは、クリアファイルを渡してきた。

 俺は受け取ったファイルの中身を見る。

 

 「えぇ……」


 中には大量の紙が入っていた。


「何だよこれ……」

「まぁまぁ。これに関しては、百聞は一見に如かずって事で頼むわ」

「はぁ?」


 ……まぁいい。

 確かにギャルの言い分は一理ある。

 ここは自分の目で確かめた方が良さそうだ。

 俺は早速大量の紙を取り出して目を通した。

 

「な!?」


 最初の一文で眼球が飛び出そうになる。

 

「これって……!?」


 最初の一文で、この紙が何なのかが分かった。手紙である。

 それもただの手紙ではない。

 これは。

 

 ……先輩からの手紙だ。

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