第9話 君の思い

 放課後。

 昼休みの事が幻覚ではない事を裏付けるように、小町がまた俺の教室に来た。

 例によって、俺が質問攻めを受けている時に来てくれたので救われたっちゃ救われたが、なぜここに来るのかはまだ理解できなかった。

 そして、とりあえず俺と小町は無駄に複雑で広い学校内を部室探しがてら彷徨う事にした。

 今頃、西棟の一階階段は飢えた狼達が占拠しているのだろう。

 俺が少し覗いた時には、既に男子生徒が階段に詰まっていた。

 あそこは危険地帯だ。

 無垢な羊が向かえば、森に誘い込まれ食われる。


「空いてる所、ないですねぇ」


 そんな羊は、自分が危機を逃れた事も知らずに飼い主に連れられていた。

 ……なぜ、こいつはここにいるのだろうか。

 未だ理解が出来ない。

 俺は、今日一日は自由にしろと言ったのに。

 小町は結局いつもと変わらない事をしている。

 そもそも、今日は学校を休んだのではないのか?

 疑問は尽きないが、まずは朝の事についてやんわり聞こう。

 俺がストーキングしていた事は伏せて。


「こ、小町?」

「はい!」

「今日は何時に家出たの?」


 なんと自然な言い回しだろうか。

 これは、俺が迎えに行かなかったけどどうだった? という質問にしか聞こえないだろう。


「えーと……十時くらいです! 急いでいたので詳しい時間は分かりません!」

「……まぁ、そういう事になるよね」


 俺は彼女に聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

 薄々気づいていたが、信じたくなかったために俺の中で完全に消していた可能性を彼女は口にした。

 寝坊、遅刻。

 単純かつ明快な答えだった。


「うん? 先輩、知ってたんですか? 小町がお寝坊さんしちゃった事」

「え?」


 彼女は俺が放ったミジンコくらいの声量を聞き取ったのか、疑問をぶつけてくる。


「し、しし知らないよ?」


 迂闊だった。

 小町の耳の良さを見くびっていた。

 思えば、昨日の昼休みも遠くにいた俺の呟きを聞き取っていた。

 場所を正確に割り出すほどにだ。

 どうやら、彼女は超音波を聞き取るコウモリぐらい耳がいいらしい。

 もちろんこれは比喩だが、今の吐息並みの言葉を聞き取ったという事は、小町は聴力に関しては神の領域に足を踏み入れているのかもしれない。

 これからは、下手に物を言えないな。


「なんだ! びっくりしました! 小町、先輩に見張られてるのかと思いました!」

「あはははー。まさかー。そんな訳ー、無いじゃないー」


 小町、変な所で鋭いな。

 第六感でも持っているのだろうか。それとも、純粋に考えた結果なのか?

 どちらにせよ、これもまた俺の行動を縛るものであるのは違いない。

 気をつけなければ。

 一応、小町に関しては万が一にもありえないと思うが、これ以上変な勘ぐりをされても困るので話題を変えよう。


「そういえば、今日は一日自由にしていいって言ったのに、なんで俺のところに?」


 俺の中で、ずっと引っかかっていた疑問をぶつけてみた。


「それはもちろん! 先輩が友達だからです!」


 ほっこりするような回答だった。

 友達だから。

 なんて純粋で素晴らしい言葉なのだろうか。

 俺の高校生活では無縁だと思っていた言葉を、小町から聞く事になるとは。

 

「そっか」


 俺は、微笑んでそう返した。


「はい!」


 小町も、なんだか嬉しそうに返事する。

 他者には壊し難いであろう微笑ましい空間がそこに出来上がっていた。

 しかし、ふとある事が気になった。

 小町は、俺の元に来る理由を「友達」という言葉で説明したが、彼女はちゃんと他の「友達」のところへも行っているのだろうか。

 監視体制の中、俺の目から離れる事はあまり避けたいが、せめて休み時間とかには話していてほしい。

 

「小町」

「はい!」

「友達とは話してる?」

「へ? ……もう話してるじゃないですかぁ! またまた先輩ったらぁ」

「いや、俺以外にさ」

「え?」


 小町が固まった。

 それはしばらく続き、流石に心配になった俺が声をかけた。


「小町?」


 小町は、俺の言葉で現実に戻ってきたのかハッと頭を揺らした。

 そして下を向いて考え込む様子を見せた後、勢いよく顔を上げた。


「……も、もちろんです! みみみみんなと楽しく! 過ごしてままます!」


 小町は必死に取り繕っているが、嘘がバレバレである。

 こちらを心配させまいとしているのか。

 悩みがあるなら話してほしい。


「小町、なんか隠してる?」

「へ!? な、ななな何も隠してる訳ないじゃないですかぁ。う、嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるんですよ……」


 尻すぼみに声が小さくなる小町。

 自分が舌を抜かれる存在だと思ったのか、顔が険しくなった。


「……だったら、素直に話した方がいいんじゃないか?」

「うぅ」


 小町は今にも流れてしまいそうな程、目に涙を溜めていた。

 すると、周りでこちらの様子を見ていた生徒達がざわつき始める。


「おい、泣かせてるぞ」

「いじめか?」

「よりによって、あの一年を泣かせるとか命知らずだな」


 観衆が徐々に集まり始めた。

 これは、まずい。

 変な噂が立たないように、俺は小町から離れて一人で別の場所に移動しようとした。

 だが、ここに小町一人を置いていくとそれはそれで面倒事が起きそうなため、逃げるに逃げれない。

 かといって、小町を連れてこの場を離れると、それはそれで変な噂が立つ。

 四面楚歌であった。

 というか、部活動の時間なのにこんなに人が集まって来るとは。

 やはり彼女の注目度は絶大らしい。

 そんな時だった。 


「あ、いんじゃん」


 俺が、どうにも出来ずに周りを気にしていると、群衆の中からどこかで聞いた事のある声が聞こえてきた。

 忘れはしない、この声。

 忌まわしき、この声。


「はいはい、どいてどいてー」


 声は後ろから聞こえる。

 俺は勢いよく後ろを振り向いた。


「うぃー! おひさー!」


 この状況の中、何とも軽い挨拶である。

 さすが、ギャルと言ったところか。度胸がある。

 そいつは、俺の記憶にこびり付く、部室を奪ったギャルの一人であった。


「あれ? 修羅場ってんの? ヤバみ(笑)」


 ギャルは、鼻で笑ういながら、小町に近づいた。


「どした? いじめられたん?」 


 何故か妙に馴れ馴れしく小町の頭に手を置いたギャル。

 そしてギャルが慣れた手つきで小町の頭を撫でると、彼女は段々と落ち着いてきたのか涙を引っ込ませた。

 俺は、驚きのあまり目を丸くした。

 急に現れて、火種を沈下してくれるとは救世主か?

 いや、待て待て。

 こいつは、部室を奪った薄情者である。

 何か思惑があるに違いない。


「よし! じゃ、ついてきてちょ」


 ギャルは、小町が笑顔になるのを見るなり俺に向かって手招きした。


「え?」

「見せたいものがあるんよ」


 ギャルは、やっぱり何か思惑があるのか、怪しくにやけたのだった。

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