第8話 放たれた飼い犬は
中庭で食事中の俺と小町。
気鬱で食事もろくに喉を通らない俺とは対照的に、小町はバクバクとお弁当を食べすすめている。
そんな姿を見ると、ほっこりする気持ちと申し訳ない気持ちが同時に芽生えてくる。
俺は小町の影となって彼女を支えないといけないのに、出しゃばり過ぎたかもしれない。
毎朝迎えに行き、昼にはお弁当を食べ、放課後を共に過ごし、帰りは家まで送る。
待て。今、冷静に考えてみたらめちゃくちゃキモいな、俺。
先輩から言われたとはいえこんなに小町にべったりだと、悪い噂がたっても一概に人のせいにできない。
自分の彼女を束縛する彼氏みたいだ。
俺は無意識に卒業した先輩の穴を小町で埋めようとしているのだろうか。
だとしたらダメだ。
彼女は彼女。俺一人のエゴで縛っていい人ではないんだ。
いや、でも小町を外に離すと暴走して手がつけられなくなるらしいから、見張っている今が一番安定しているのかもしれない。
でも、その考え方ってやっぱり束縛彼氏の発想と一緒なんじゃ?
いや待て待て。これは束縛じゃない。管理だ。
……それ一緒じゃん。
「あれ? 先輩食べないんですか?」
「あ、え?」
小町に声をかけられ、思考がシャットアウトした。
彼女の方を見ると、既に馬鹿でかい弁当箱の中身は彼女の胃へと消え去っていた。
一方の俺は、二段弁当の内の下段の白米をようやく半分食べたところだ。
「あ、あぁ食べる食べる! ムグ……うん! うまいうまい!」
「よかったですね! 私はたくさん食べて、眠くなってきました……」
大きく口を開けて欠伸をする小町。
彼女は本能に抗う力が小さいらしいため、良く食べて、良く寝る。
それが幼い頃から続いているのに縦には伸びずに色々と横に育ってしまうとは。少食の先輩でさえ、俺と身長が変わらない程伸びたのに。
小町は先輩に憧れているのか、「大きくなりたい」と良く言っている。
それを言われる度に「なれるよ」と返すが、彼女が今後成長しそうなのは身長ではないと思う自分しかいない。
嘘も詭弁。彼女の精神状態を安定させるためには、時には嘘も必要なのだ。
もちろん、これから小町の身長が伸びる事は祈るが、そう簡単にいくか分からない。
しかし、彼女を見ると、摂取した栄養がうまく使われていない気がするので、何かのきっかけで爆伸びする可能性もある。
何が言いたいかというと、伸び始めるまでは嘘を吐くという事である。
「寝てていいよ。後で起こす」
「はーい。ふわあぁ」
小町は芝の上で横になり、目を瞑ってすぐに寝息を立て始めた。
「……はぁ」
彼女のためになるべきが、彼女の枷になっている気がする。いや、実際そうなのだろう。
俺は自分が目立つ人間ではない事を知っている。というか、あまり自分から目立とうとしないタイプだ。
そのせいか、小町という注目を浴びすぎる存在の近くにいることで自分も目立ってしまうという事を考えていなかった。
俺には過去に先輩という天才的に人の目につく人といつも一緒にいたが、その時は今と状況が違う。
先輩は、この学校で確立していた地位と知名度があったし、その時の俺はほとんどの生徒から先輩の子分的な存在だと思われていた。
そのため、先輩と一緒にいたからといって目立つ事はなかった。
しかし、今は状況が違う。
俺の隣にいるのは、突如学校に現れたダークホース笹原小町なのだ。
何者なのか気になってしょうがないのは仕方がない。
それを考えない俺という存在が、小町の近くにいたら誰だって疑問に思う。
誰だあいつ、と。
先輩の影に隠れていたと思っていた俺は、小町によって照らされていた事に気づかなかった。
これでは、彼女が「普通」を手に入れる邪魔でしかない。
これからは、行動を改めなければ。
「カウンセリング部よりも、まずは小町だな」
まずは彼女が自分からどのような行動を取るのかを知りたい。
明日、一日は小町を野に放とう。
もちろん、俺という名の囲いの中でだが。
先輩には申し訳ないが、今は俺なりのやり方でやってみよう。
「んん、ん……」
小町は幸せそうに寝ている。
この子が成長して世界の本当を見た時、どんな反応をするだろうか。
願わくば、その時こそ笑顔で迎えてほしいものだ。
・
・
・
『明日は小町の自由に動けば良いんですよね!』
『そう。それが俺からの頼み』
『任せてください!』
昨日はそんな会話をして、小町と別れた。
そして、今はいつも俺が彼女を迎えに行く一時間前である。
近くの電柱から彼女の家を見張り、彼女が何時に出てくるかを確認する。
束縛彼氏からストーカーに成り下がった訳だが、これも小町のためである。
さて、何時に出てくるのか。
──一時間後。
そろそろ出てきても良いだろう。
──三十分後。
まぁ、まだ焦る時間じゃないか?
──さらに三十分後。
今出て行かなきゃ、遅刻である。
出てくる気配はない。
もう一度言うが、このままでは遅刻である。
もしかしたら、熱を出したのかもしれない。そういう時は一報くれると良いのだが、小町にそこまで頭が回るとは思えない。
まぁ、過ぎた事は仕方がない。
走るか。
さて、今は昼休みだ。
結局、俺はあの後ゲロ吐きそうなくらい全力で走り、ギリギリ登校時間に間に合った。とんだ災難である。
今日は小町が休みのため、俺は自分の机にお弁当を並べた。
黙々と食べ進めていると、急に廊下がざわつき始める。
何か事件でもあったのだろうか。まぁ、俺が突っ込む事でもないだろう。
俺は、水分補給がてら買ってきたお茶を飲んだ。
「せんぱぁい! いますかぁ?」
まるで待ってましたかのような登場に、俺は勢いよく吹き出しそうになるお茶を喉を痛めながら飲み干した。
「小町ぃっ!?」
「あ、いたいた!」
なぜここに!?
そう言おうとしたが、言葉が出なかった。
「一緒にお昼食べましょう!」
お前、今日は休みなんじゃ?
どうして学校に?
「先輩?」
「え? あ、うん」
驚き過ぎて、肯定しかできなかった。
「あ、でも先輩もう食べてたんですね! じゃあ今日はここで食べましょう!」
俺の返事を待たずに小町は、どデカい弁当箱を俺の机の空いているスペースに置いた。
「椅子借りますねー!」
小町は近くにあった席から椅子を持ち出し、俺の机に合わせた。
「お、おい! あれ俺の椅子だ!」
「まじか!?」
どこかで誰かが喜びの声を上げたが、そんなのは右から左に流れていく。
「先輩、ちょっと詰めてもらっても良いですか? 小町のお弁当箱置けなくて」
「あ、あぁ、ごめん」
俺は言われるがまま、自分の広げた弁当をできるだけ端っこに寄せた。
「ありがとうございます!」
小町はそう言うと、弁当を広げ始める。そして、箸を取り出すと手を合わせて元気よく「いただきます!」と言い、ご飯を食べ始めた。
「あれ? 先輩、箸が進んでないですよぉ? お残しはダメなんですからね!」
「そ、そうだすな」
まるで当たり前かのように振る舞う小町に頭がバグる。
結局そのお昼休みは彼女とお弁当をただ食べて、何も聞けずに始業のチャイムが鳴ったのだった。
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