第7話 北風と太陽

 さて、どうしたものか。

 遂に始まってしまった。


「なぁ? お前、あの可愛い一年とどういう関係なん? あの美人な先輩は捨てたん? なぁ。なぁ。なぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁ」


 昼休みに、小町の教室に行こうとすると、生徒達が俺を囲み始めた。

 今まで小町について俺に聞きに来る生徒は誰一人いなかったが、それは俺があまり良い印象を持たれていなかったからだろう。

 それでもダムが決壊したように人が集まってきたのは、俺と話したくないという思いよりも、小町について知りたいという思いが上回ったからだ。


「ねぇ? あたし達、あの子の事もっと知りたいんだけどさ。連絡先とか知ってる?」


 連絡先か。一応知っているが、決して言わない。これは、情報漏洩をしないためでもあるが、彼女に関する皆の評価を下げたくないからである。

 彼女の持っている携帯が、子供携帯だなんて、絶対言わない。


「……部活が同じだけの関係です」

「え? 何部?」

「写真部です」


 嘘は吐いていない。ていうか、嘘じゃない。


「え? あの子写真部なの? もったいなぁ!」

「まじまじ、うち部集会で見たもん」

「だったらサッカー部の女マネになってくんねぇかな」

「野球部もマネージャー男だからなぁ、来てくんねぇかな」

「誰もそんな男くせぇとこ行かねぇよ」

「はぁ? うるせぇな。紳士と言え、紳士と」


 早速、俺の事を空気のように扱っているな。

 皆が興味を持っているのはあくまで小町だ。俺からは情報が得られればそれでいいのだろう。

 まぁ、みんなが俺に興味を持たないのは、先輩に付きっきりで友達を作る暇などなかった俺のせいでもある。

 いや、それだと先輩のせいで友達を作れなかったみたいだな。

 俺は、作れなかったんだ。

 怖くなって。


「いつも一緒にいるらしいじゃん。弁当の時とか放課後とか」

「いいなぁ」

「俺もお近づきになりたい……!」

「ねぇ、キモい! ……っていうか、あたし気になってたんだけどさ、その一年に抱っこされたってマジ?」

「あぁ、それな。俺も聞きたかった」

「聞いた話じゃ、こいつが抱かせたらしいぜ」

「え、きも。そういう性癖?」

「やば」

「羨まし」


 何か罵倒の中に、羨望があったような。


「で、そのまま保健室まで走らせたらしい」

「え!? 抱くってそっちの!?」

「襲われてんじゃん」


 おい、やめろ。そういう噂が流れるだろ。それは小町のためにならない。


「あn」

「あのさぁ、俺、その場にいたけどさ」


 俺が抗議の声を上げようとした時、一人の男子生徒が俺の言葉を遮った。  

 彼は真面目な雰囲気を醸し出して、神妙な顔をしている。

 これは、代わりに噂を訂正してくれるのか?

 ありがたい。


「それ、マジだわ」


 前言撤回。

 あなたは地獄に堕ちなさい。

 その男子生徒のせいで、教室中が悲鳴と響めきで包まれた。

 

「やばぁ!」

「最低……」

「羨ましい……」

「かわいそう……」

「死ね!」


 やはり、どこかに羨ましがってる奴がいるな?

 って、そんな事どうでもいい。

 俺は何言われたっていいが、彼女の名誉が傷つくのは看過できない。


「ちょっとそれh」

「せんぱぁい! いますかぁ!」


 柑橘類のようなフレッシュな声が廊下側から聞こえてきた。

 その声が、教室中の生徒を黙らせた。


「小町……?」


 小町の声である。

 俺は囲まれているため、こちらからは確認できないが確かに彼女の声だった。


「先輩?」


 そして、そのちょっとした俺の呟きを聞き取ったのか、小町が呟いた声が聞こえた。

 静かな教室を、コツコツと歩く音がする。そして、それは段々俺に近づいてきて、止まった。

 まずい、今小町が俺と接触すると更なる噂を生み出しかねない。

 そう思い俺は何も喋らずに、だからといって動くこともできずに、ただじっと待っていた。


「すいません、先輩いますか?」

「へ!?」


 小町の声と素っ頓狂な男子生徒の声が、俺を囲んでいる群衆の後ろからした。

 頼む、意地悪でも何でもいい。いないと言ってくれ!


「先輩? って、だ、誰の事かな?」 


 彼女とよく一緒にいる先輩とは俺しかいないが、さすがに彼には分からないか。

 これは好都合。

 

「あ、すいません! えっと、七町敬也という生徒です!」

「七町敬也? え? ……誰だ?」


 俺だ。

 しかし、名前を知られていない事がここで役に立つとは。

 人生何が良い方向に働くかは分からないものだ。


「……もしかしてこいつ?」


 男子生徒は、頭の中の方程式に当てはめたのだろう。

 件の美少女+その美少女の噂に出てきた人物+美少女の先輩=こいつ。

 やってくれたな。


「こいつ……ん? この中にいるんですか?」

「……多分」

「なるほど! 失礼します!」


 俺に出来る事、それは、祈る事。

 どうか人の波に攫われて、辿り着きませんように。


「あ! 先輩!」


 そんな一縷の望みが、叶うはずなかった。

 

「お、おう! 小町じゃないか! どうした!」


 無意識に場をいい感じに良くしようと思っているのか、変なテンションで出迎えてしまった。


「もー! なかなか迎えに来ないから来ちゃいました!」

「そ、そうか! 今準備するな! はっはっは!」


 俺がどれだけご機嫌を振る舞っても何も変わらないというのに、普通でいる事ができない。

 俺は鞄から弁当を出して立ち上がった。


「よーし! 行こうかぁ!」

「先輩ご機嫌ですね! 小町も嬉しいです!」

「うんうん!」


 俺は小町の背中を軽く押しながら、教室を出た。

 廊下に出てしばらく歩くと、後ろからとてつもない騒ぎ声がしたが、聞かなかったことにした。

 俺と小町はいつお弁当を食べている中庭に向かうのだった。

 

 

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