第6話 これは、大人の本です
「部長さん面白かったです!」
学校からの帰り道。
小町の今日の話題は写真部部長の事で持ちきりである。
「あぁ、あの人いつもそうなんだよ」
個性的であり、俺と先輩を目の敵にしているが、悪い人じゃない。
写真部で青春を謳歌したかった写真好きが、思うようにいかなくて性格が拗れてしまったのがアレだ。
根は良い人だから、人の不幸を本気で笑ったりしない。自分の体裁を保つために、笑うこともあるが。
正直、俺はあの人をカウンセリング部に招きたい。ただ、先輩は冗談でも人の不幸を笑う人間はいらないと入部には反対していた。
というか、写真部部長自体が写真部である事にこだわるため、誘っても来てくれないだろう。
誘った事はないが、もしあちらに気があるなら俺的にはぜひ入って欲しいものだ。
「ああいう人がいると楽しそうです!」
「小さい癖によく吠えるし、賑やかではあるだろうね」
さて、今日から小町も正式に写真部……いやいや、カウンセリング部員になったわけだが。
彼女には片付けを手伝ってもらう問題がたくさんある。
まずは、部室もといカウンセリングルームの確保。
そして、来てくれる生徒の確保。
さらに、部員集め。
極め付けは、正式な部の認定だ。
最初に片付けるべき問題の部室問題の解決が、これからの本活動となるだろう。
とりあえず、あの階段下には戻れない。男子生徒が集ってきてしまうから。
どうしたものか。
一番楽なのは新しく使える場所を見つける事だが、果たしてそんな簡単に見つけられるだろうか。
しかも、仮に見つかったとしても、元の部室が先輩の魔改造によって最高であったが故に、見劣りしそうである。俺にはあんな魔改造出来ない。
「先輩」
「ん? 何?」
「漏れそう…」
「え?」
小町を見ると、脚を内股にしてモジモジしていた。股を両手で押さえているところを見ると、結構ギリギリらしい。
「いつから我慢してたの!?」
「学校出る時……」
「そんな前!?」
よく漏らさなかったものだ。
「学校ですればよかったんじゃないの!?」
「なんか、めんどくさくて」
てへ、と小町は舌を出した。
てへじゃねぇよ。てへじゃ。
「じゃあ、学校近くのコンビニで……」
「それは……お姉ちゃんとの約束が……」
「約束……!?」
何をどう約束したら、コンビニでトイレを借りられないのだろうか。
いや、今は理由の解明より急ぐものがある。
突っ込むのは後にしよう。
「ち、ちなみに、あとどれくらいで漏れそう?」
「わ、分かんない……です……」
ここで漏らされても困る。彼女の名誉のためにも、どうにかトイレを探さなければ。
幸せな事にここは住宅街である。トイレが自分達には余るほど周りにある状態だ。
「と、とりあえず、ここら辺の家で借りよう!」
「ダメです」
即答だった。
「何で!?」
「知らない人の家に入っちゃいけないって言われました」
声が出なかった。まさに絶句である。
だが、考えてみれば、今の彼女にとってそれは守るべき大事な約束なのかもしれない。
だったら尊重してあげるべきだ。
「……分かった。じゃあ、コンビニで済ませよう。あと少しで着くだろうし」
「ダメです」
「そうだった……」
民家もダメ。コンビニもダメ。
となると、近くにある公園くらいしか……。あそこは古いためにトイレがないが、茂みが多い。
野ションはいけない事だが、手段を選んでいられない。
拭くのは、彼女のティッシュでいいだろう。
「じゃあ、公園に行こう!」
「公園……?」
「いけないけど、茂みに隠れて用を足そう」
「ダメです」
ダメらしい。
さすがに、これは度を越していたか。
「ちなみにこれも?」
「言われてる……ので」
彼女はプルプルと震え出した。
限界が近づいているらしい。
もう、お手上げだ。彼女に言われた言いつけをどれか破ってもらうしかない。
恐らく、民家がダメなのは小町自身の安全のため。
そして、公園がダメなのは社会的な常識のため。
……じゃあ、コンビニはなぜダメなんだ?
「ちなみに、コンビニがダメな理由って先輩に何か言われた?」
「えっ……と……何も買う予定がないのに入っちゃダメって」
それだけの理由?
それくらい、店員さんに頼めば融通が効くだろうに。
「コンビニに行こう」
「え……でもお姉ちゃんにぃ……」
「大丈夫」
「でも」
「……俺の言う事聞いてくれるんでしょ?」
この手札は使いたくなかったが、彼女のためである。
「そ、そうでした……」
彼女は、限界が近づいてきたのか相当具合悪そうである。言葉を出すのも辛そうだ。
「我慢できる?」
「な、何とかぁ……」
「ダメだったら言って、何とかするから」
「分かりましたぁ……!」
急いでコンビニに向かう。
小町が何かの弾みで漏らさないように走ることはせず、早歩きで。
小町は、女性なのに意外と耐える力があるようで、結構歩いても我慢を続けていた。
女性は男性よりも小便の我慢が出来ないと言うし、小町がこんなに耐えているところを見ると彼女は膀胱が大きいのかもしれない。
とか考えていると、コンビニが見えてきた。
そこで事件が起きた。
「あ」
小町が唐突に止まった。
「何!? どうした!?」
コンビニはすぐ目の前である。
「せんぱぁい……!」
彼女は涙目になり、俺を見つめた。
「ちょっと漏れちゃいまいたぁ……!」
涙をポロポロと零す小町。
俺からは、染みなどは見えないが、彼女にとっては結構漏らしてしまったのかもしれない。
何となく想像はつく。多分、「漏れた」いうより「滲み出た」のだろう。
「だ、大丈夫! ちょっとなら大丈夫だから! 早くコンビニ行こう!」
「わかりましたぁ……」
泣いて鼻を啜りながら歩く小町と共にようやくコンビニに辿り着いた。
コンビニの中に入りトイレに向かうと、幸いな事にトイレには誰も入っていなかった。
「行ってきます……」
彼女はひどく落ち込んだ様子でコンビニのトイレに入っていった。
余程ショックだったのだろう。それに、お漏らしをすると、気持ち悪いし。
「はぁ……やっちまったな」
俺のせいだ。
彼女が漏れそうと言った時点で、「行動」はすればよかったのだ。それなのに、俺はウジウジと選択肢を考えて彼女に質問攻めをした。
緊急事態だったのだ。考えるより先に行動すれば良かった。
これは、これから小町を支える上で大事にしていかなければ。
俺はそんな事を思いながら、彼女に代わりに履いてもらうショーツを買った。
最初は女物の下着を買うのが憚られたために男物のパンツを買おうと思ったが、小町の事を考えるとショーツがいいだろうと考えたのだ。
ショーツを買うのは恥ずかしくてたまらなかったが、店員さんは淡々と会計をしてくれた。それだけが救いだった。
レジ袋に入れたショーツを持って、小町のいるトイレに向かった。
まだ、彼女はトイレから出て来ていない。
「小町? 今、大丈夫?」
小町が入ったトイレのドアをノックする。
「はい……」
元気がない返事が聞こえてきた。
「大丈夫……?」
彼女が便座に座りっぱなしで肩を落としているのが目に浮かぶ。
「はい……」
絶対そうだ。用を足した後も、パンツも履かずに閉じこもっているのだろう。
「今、開けれる?」
「え?」
……自分で言っておいて、とんだ変態発言をしてしまったかもしれない。
トイレにいる女の子に「開けれる?」とは。
開けられるはずないだろう、馬鹿者。
「な、何でですか……!?」
彼女は俺の発言に驚きを隠せていないご様子。
これは、仕方がない。俺が悪い。
「……えーと、新しいパンツ買って来たんだけど」
俺は彼女の名誉のために小声で伝えた。
「パンツ……? あぁ! なるほど! 分かりました、今開けます!」
ガチャっとトイレの鍵が開く音がした。
ここで、すぐに開けてはいけない。
俺の想像の中では、彼女は下半身丸出しなのだから。
「……小町、スカートは穿いた?」
濡れたパンツは履きたくないだろうし、せめてスカートだけでも履いてもらおう。
「え? あぁ! ……危なかった。先輩ありがとうございます!」
トイレの水洗音が流れた。
どうやら、トイレも流していなかったらしい。危ない危ない。
「はい! 穿きました!」
「開けるよ?」
「お願いします」
俺は、ドアを少しだけ開けて顔を逸らしながら腕だけをトイレの中に入れる。
小町が受け取ったのを確認して、すぐにドアの隙間から腕を抜いた。
「ありがとうございます!」
「……そのレジ袋に入ってるから。……新しいパンツ穿いたら、古いパンツ入れて」
「了解です!」
ドアの向こうで、袋がガサっと音を立てた。それで、小町が敬礼のポーズをしたのが何となく分かった。
「……パンツの入った袋はちゃんと鞄に入れて、隠す。オッケー?」
「オッケーです!」
「じゃあ、俺、そこで待ってるから。ゆっくりでいいよ」
「はい!」
俺は、そのまま小町の入っているトイレの前から離れた。
トイレの入り口で待とうと思ったが、ある事を伝え忘れたのに気づき、急いで彼女の入ったトイレまで戻った。
「小町! 鍵閉めてね!」
それだけ、言ってトイレの入り口の外に戻った。
忘れてた! と聞こえたのは俺の気のせいだっただろうか。
トイレの入り口付近で時間を潰していると、ふと横にある成人向け雑誌のコーナーが目に入った。
綺麗で魅力的な女性達が様々な誘惑ポーズを取っている。
何となく見つめてしまうのは、男の性男の
その上に陳列してあるエ◯漫画も気になる。
だが、そのまま甘い匂いに釣られる俺ではない。
見つめるだけに留めておくさ。
「ふー! お待たせしました! ……先輩?」
「ふーん。ほぉー! ……こ、これは!!」
「先輩? 何読んでるんですか?」
「ふふふ……ん? んん!? 小町!? いつからそこに!?」
「え、さっきですけど……?」
夢中になり過ぎて、気づかなかった。
弁解をしなければ……。
いや、彼女であれば。
「こ、小町! お菓子欲しくないか!?」
「お菓子! 欲しいです!」
「よし!買いに行こう!」
俺はノールックで「例のブツ」を棚に戻すと、小町を押してお菓子コーナーへと向かった。
「何が欲しい?」
「え? 買ってくれるんですか! やったぁ!」
小町はお菓子達を真剣な眼差しで見つめ始めた。
そして、二つのお菓子を手に取って俺に見せてきた。
「どっちがいいと思いますか?」
「え?」
板チョコと、ポテトチップス。
どちらも、系統は違えど子供には大人気のお菓子だ。
「……どっちも買ってあげるよ?」
「えぇ! いいんですか!? ……あ、でも」
彼女は暗い顔をして悩んだ素振りを見せた後、ポテトチップスを商品棚に戻した。
「これにします」
「あれ? いいの?」
小町は暗い顔をしたまま頷いた。
「遠慮しなくていいよ?」
首をぶんぶんと横に振る小町。どうやら決意は固いようだ。
何故かは分からないが、彼女が決めたのなら別にいいか。
「分かった。じゃあ、買ってくるね」
「はい」
俺は小町からお菓子を受け取り、レジを通した。
会計中も小町は、商品棚のポテトチップスを見つめていたが、俺がレジから離れると、てくてくと俺の元へ来た。
コンビニの外に出ても、小町が後ろをチラチラ見つめるので俺は見かねて尋ねた。
「ポテトチップスも欲しかったら買うよ? 本当にいいの?」
「はい、お姉ちゃんに言われてるので」
「あぁ、なるほど」
どうやら小町は先輩からの言いつけを気にしてお菓子を諦めたらしい。
察するに「お菓子を買う時は一個まで」とか言われてるんだろう。
約束を守るのはいい事だし、今の彼女にはそれが必要だろう。
「うん、分かった。えらいね、約束守れて」
「本当ですか!? 小町偉い!?」
褒められて相当嬉しかったのか、急にテンションが上がった小町に俺は一瞬ビクッとしてしまった。
「あ、あぁ。偉い偉い」
「そうです! 小町偉いんです! お菓子を一つだけにしました! お約束守れる子です!」
「うんうん。偉いなあ」
俺はわざとらしく腕を組んで、何回も深く頷いた。
「じゃあ、はい。これはご褒美になるのかな?」
板チョコを小町に渡す。
「ありがとうございます!」
小町は板チョコを受け取ると頭の上に掲げて、キラキラした目で見つめた。
「お家に帰ってから食べてね」
「了解です!」
小町がお馴染みの敬礼ポーズを見せた。
そして、自分の鞄に板チョコをしまった。
その時、俺は見てしまった。彼女の鞄の中の黒いショーツを。
頭が混乱した。
それは、俺が買ってあげたショーツだったのだ。
嫌な予感がして、彼女に尋ねた。
「小町、今パンツ穿いてる?」
「え?」
本日二度目の変態発言だったが、聞かずにはいられなかった。
小町は、数秒考える素振りをした後、俺の質問の意味を理解したのか顔をボッと赤くした。
「あー……、先輩からもらったパンツ、小さくて入りませんでした……」
「……まじ?」
小さかったのか。それは悪いことをした。
彼女の身長と体型から見るに、Sサイズよりもっと小さいくらいかと思っていたがどうやら違かったらしい。
結局Sサイズのショーツを渡したため、余る事はあっても足りない事はないだろうと思っていた。
女性の下着の選び方は男性と違うのかもしれない。難しいものだ。
そういえば、改めて彼女を見てみると、大分太っ……むっちりしている。
顔やスカートの下などの目に見える場所が太ましくないので気づかなかったが、制服の二の腕部分ががっちりしていたり、スカートが肉で少しだけ盛り上がっていたりと、肥ま……じゃなくて、グラマラスな体型をしている。
どうやら、体の先端以外に脂肪が付きやすいようである。
そうなると、元の骨盤の大きさや、筋肉量などの理由もあるのだろうが、そのお尻に脂肪がたっぷり乗っかっていてもおかしくない。
「なんか……ごめん」
冷静に分析してしまって、何だか申し訳なくなってしまった。彼女の知られたくないであろう秘密を知ってしまった気分だ。
思い出してみれば、一緒にお弁当を食べるときも、彼女の弁当はお重かと錯覚するくらい大きかった。お菓子も大好きだと言うし、多少太っていてもおかしくない。
先輩とは大違いである。真逆だ。
高身長かつ胸も含めて無駄な脂肪がない先輩は、男子からも女子からも理想の体型だと言われていた。
小町は圧倒的美少女には変わりないが、これからの健康のためにも少し節制してもらわなければならない……。このまま進むと、肉体的に限界が来る。
「大丈夫です! 少しスースーするけど、何だか解放感があります!」
「それは、良くないね」
小町が新たな扉を開く前に新しいショーツを与えてやりたいが、コンビニに売っているのはSサイズとMサイズだけだった。
しかも、見た感じ伸縮性がない。小町が俺の買ってきたショーツを穿けなかったのはそのせいもあるだろう。
となると。
「小町、体操着持ってる?」
「えぇーと、持ってないですね」
Oh my gosh.
こうなると、俺の持っている体操着を渡すべきなのだろうが、それは、ちょっと避けたい。
俺は、可愛いと思う動物すら触れないくらいの潔癖を持っている。もちろん、人が口をつけたものは食べられないし、他所のお家のご飯も食べたくない。
人に普通に体操着を貸すのも嫌なのに、股間に直に穿かれたら、おぞましくて泣いちゃうかもしれない。
「先輩、小町何だかゾクゾクしてきました……!」
まずい。小町が性癖の扉のドアノブに手をかけてしまっている。
彼女の貞操を守るべきか、俺の精神状態を守るべきか。
先輩に小町を預けられた俺には、これしかなかった。
「コ、コマチ、コ、コココレヲトイレデハイテキナサイ」
俺は震えながら、体操着の短パンを渡した。
「んん? 小町このままでいいですよ? 気持ちいいですk」
「ハイテキナサイッッ!!」
「は、はい!」
こうして、小さな犠牲がありつつも、小町の貞操は守られたのであった。
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