第3話 思い出は心の中に
突然現れたギャル達。
「あれ? 使ってた?」
ギャル達は目の前の俺と小町を見て、開口一番そう言った。
「いや、ヤリ終わったんぢゃね?」
後ろのギャルが、続いて口を開く。
「そっか。じゃあ、さっさと出てってもらっていい? ここあたし達使うから」
「へ?」
間抜けな声を出してしまった。
使うとは?
「えーと。お悩み相談ですか?」
ここに来る生徒の目的といえば、お悩み相談だ。
このギャル三人組も、悩みがあって来たのだろうか。
「は? 何言ってんの?」
どうやら違うようです。
「えっと……では何をしに?」
嫌な予感がするが、この予感が当たっていない事を祈り尋ねる。
「あたし達さ、部室取られちゃったから今使えるとこ探してんだよね。男子組と女子組に分かれて。で、ここ見つけたってわけ」
部室を取られた?
どういう事だろうか。
「あのー、詳しい説明を」
「はぁ? 何であんたにそんな事しなきゃならんの」
ギャルは、イラついたのか語気を強めた。
「一応、うちの部室ですので……」
「え、そうなの!?」
「あ、はい」
どうやらこのギャルは、ここがカウンセリング部の部室である事を知らなかったようである。
それならば、先程の態度も納得である。
「ごめーん! あたし達さ、文芸部なんだけど、新設した茶道部に部室取られちゃってさ! 行くとこ探してるのよ」
「畳があるってだけで追い出されたの、まぢ意味わかんねー」
「こちとら創部十数年なんすけどぉー」
ギャル達三人組は、どうやら文芸部らしい。
人は外見によらずだが、恐らく名ばかりの部活なのだろう。
「え? ちなみに何部?」
ギャルの一人(ややこしいのでギャルAとする)が聞いてきた。
「えっと、カウンセリング部です」
「「「カウンセリング部?」」」
ギャル達は息ぴったりに、名前を聞き返してきた。
「そうですが……」
結構有名だと思っていたが、どうやら、ギャル達の耳には届いていなかったらしい。
「何それ? 活動とか何すんの?」
「お悩み相談とか……」
「「「お悩み相談?」」」
ギャル達の仲良し度がよく伝わる。
まさに阿吽の呼吸である。
「……あ。あーし聞いた事あるわ」
ギャルBが、口を開いた。流石に噂程度は聞いたことがあるのだろう。
「めっちゃ美人な先輩が、悩み聞いてくれるんだって」
「何それキャバクラぢゃん」
「しかも、カウンセリング部とか謳ってるけど、実はそんな部活は存在しないの! まぢやばくね?」
「ヤバすぎてヤバい(笑)」
まぁ、内容的には合ってるので何とも言えない。
「え? 先輩、カウンセリング部って存在しないんですか?」
「うぐ」
小町の純粋な質問が、心に突き刺さる。
そう。隠していた訳じゃないが、本当はカウンセリング部なんて部活存在しないのだ。
「ていうか、そういう話だったら、あたし達の方が優先順位高くね?」
ギャルAが鋭い意見を言ってきた。
気づいてしまったか。その理屈に。
「え? じゃあさ、ここもうあたしらの部室でよくね?」
「いいべいいべ。ミサ、男子組呼んで」
「りょ」
ミサと呼ばれたギャルCが、スマホを操作する。メッセージを送っているんだろう。
しかし、彼女達に負けるわけにはいかない。
ここは先輩が残した、思い出の場所なのだ。取られるわけにはいかない!
「あの!」
・
・
・
「先輩、元気出して下さい」
「うん……」
俺は、西棟の一角にある一階階段の下スペースで机に突っ伏して泣いていた。
あの後、結局男子組が現れて勢いのままに追い出されてしまった。
残っているのは、机と、二つの椅子。そして、俺のカバンだけ……。
「……大丈夫です! 元気出して下さい! 私、カウンセリング部入りますから!」
「ふふふ……カウンセリング部なんて、この世には存在しないのさ……」
今はもう、何を聞いてもネガティブ思考になってしまう。
先輩との思い出の場所が踏み荒らされるのが、予想以上に心を痛ませる。
「じゃあ、撫でてあげます!」
俺の頭に心地よい力加減の手が乗っかった。そのままナデナデと頭を撫でられる。
そうされる事で、なぜか先輩の顔が思い浮かんだ。
先輩ならこういう時なんていうだろうか。
「……私がしたいのはあくまで悩みを聞くことだ。場所は選ばないさ」
頭の中に浮かんだその言葉を、ふと口にしてみた。
「うん? 今のってお姉ちゃんの真似ですか? 全然似てないです」
「いや、先輩だったら今なんて言うかなって」
「お姉ちゃんが?」
俺の頭を撫で続けていた手が止まる。
「お姉ちゃんだったら、今の先輩を見たら怒りそうです……。『こら! そんな事で泣くな!』って」
「え?」
先輩が怒る? まさか。先輩が怒ったところなんてみた事ない。実際怒られた事などない。
「……まさか」
「本当ですって! お姉ちゃん、怒るととっても怖いんですよ! 鬼のようです!」
鬼のよう? 先輩が?
そんなわけ。
先輩は、聖母のようだった。
「信じてないですねぇ? 本当なんですからね!」
小町は、ガシガシと俺の頭をかき乱した。
「分かった分かった! 信じるから!」
「うん! 分かったならよし!」
頭を揺らされた事で逆に頭が冴えてきた。何だか、部室をとられたくらいで、悲観しすぎていたかもしれない。やることは変わらないというのに。
顔を上げると、机と俺の鼻をつなげている鼻水がみょーんと伸びた。
「先輩、ばっちーい!」
小町はそんな俺を見てゲラゲラ笑う。何だろう。この子の笑顔を見ると、悩みなんて吹っ飛んでいきそうだ。
明るい笑顔。それだけじゃない。彼女は、本気で笑う。
気持ちがこもっているからこそ、こんなにも俺の心を暖めてくれるんだろう。
見ていて、ほっこりする。
崩したくない。彼女の笑顔は、俺にとっての守るべきものなのかもしれない。
まるで、大きな子供を持ったようである。
「……よし!」
俺は自分のほっぺたを両手で思い切り叩いた。
「せ、先輩!? そんな事したら痛いですよぉ!?」
「いや、大丈夫。スイッチ入れようと思って」
先輩のためにも。
小町のためにも。
ついでに、俺のためにも。
しっかりしなくては。
「ごめん、変なとこ見せちゃったね」
「大丈夫です! 小町もよく怒られて泣きますから!」
「そっか」
俺は涙を拭って、鼻水を袖で拭こうとした。
「ちょっと! 先輩! ばっちいです! ティッシュティッシュ!」
「え、持ってない」
「えぇ!? ティッシュとハンカチは持って来ないと先生に怒られますよ!」
「そ、そっか?」
小町は、制服のポケットから可愛い動物柄のティッシュを出した。
「はい! うさぎさんのティッシュです! いちごの香りがしますよ!」
「ありがと」
彼女からティッシュをもらい、鼻水を拭き、鼻をかんだ。
鼻水に乗って、心の中の不安が出ていくようだった。
「ふう、ありがとう」
「それ、先輩にあげます! 小町、あと三個持ってるので!」
ピンクの動物柄のいちごの香りのするティッシュ。
それは、彼女からもらった初めての優しさだった。
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