第2話 あなたを継いで

 さて、四月になり新学期が始まったわけだが。

 生徒たちがせっせこせっせこ部員集めをしている中、俺はある女子生徒を探していた。

 女子生徒の名前は笹原小町。この高校に入学したての一年生だ。

 とりあえず、一年生のために貼り出されたクラス分けの紙がまだ残っていたので、それを確認する。


「えーと、笹原小町……笹原小町……」


 一組から順に見ていくと、三組で該当する名前を見つけた。

 今は放課後のため、まだ教室にいるかは分からないが、行ってみる価値はあるだろう。

 一年生のクラスがある階に行き、三組の教室に向かった。

 結果は、不発。

 笹原小町という生徒がいないというか、全生徒が教室に残っていなかった。

 まぁ、この時期だから体験入部とかにでも行っているんだろう。

 とりあえず今日は諦め、また明日探しに行く事にして、部室の前に戻った。

 部室前に戻ってドアに手をかけようとした時、少し寂しくなっている自分がいる事に気づいた。

 今、部室のドアを開けても先輩がいないという事を考えてしまったのだ。

 前までなら、ドアを開けた時には先輩がいつものように生徒の悩み相談をしていた。


『遅いぞー』


 毎日先輩より遅れてくる俺に、先輩は挨拶のようにそう言っていた。

 今も、このドアを開ければ先輩がいて、そう言ってくれるかもという期待をしてやまない。

 ……だめだ。

 俺は、まだ未練を断ち切れていないようだ。

 

「はぁ……」


 自分の弱さにため息を吐いた。

 こんなんじゃ先輩に呆れられてしまう。

 そう思いながらも、払拭できない期待を胸に部室のドアを開けた。

 

「ん?」


 俺は、すぐに異常に気づいた。

 カーテンに誰か隠れてる。

 いや、これは隠れてると言えるのだろうか。窓枠分しかないカーテンのため、制服と生足が丸見えである。

 そこから得られる情報は女子生徒ということだけ。

 一体誰だろうか。

 まさか。

 もしかして。


「……先輩?」


 恐る恐る、声をかけてみる。

 すると、カーテン越しに女子生徒の体がびくりと跳ねた。

 

「見つかったぁ……」


 それは先輩の声ではなかった。

 当たり前である。先輩は卒業して、県外の大学に行ったのだ。ここにいるはずがない。

 そんな風に落胆していると、女子生徒がカーテンを暖簾のようにくぐって来た。


「うぉ……!?」


 思わず、声を漏らしてしまった。

 出て来たのが、系統こそ違うが先輩に勝るとも劣らないべっぴんさんだったからだ。

 「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」とはよく言ったものだが、身近にいる人間で先輩以外に当てはまる人物を俺は知らなかった(いや、いるのかもしれないが、先輩が度を越しているために霞んでいるのかも)。

 まさか、先輩の他にいたとは。


「あの! 七町敬也さんですか!?」


 固まった俺にずいっと近づいて、美少女はオレンジのような声で聞いてきた。


「え? あ、はいそうです」


 いかんいかん。

 外見に惑わされるなと、先輩からも言われていた。

 気をしっかり持て! 七町敬也!

 

「ですよね! 写真の人ですもん!」


 美少女は、手に持っていた二枚の写真のうち、一枚を俺に見せてきた。


「え!?」


 そこには、アップで撮られた俺の寝顔が。

 びっくりして、美少女から写真を取り上げてしまった。


「ちょっとぉ? 誰かに物を借りる時は、『かーしーて!』って言うんですよ?」

「あぁ、ごめん。ちょ、ちょちょ、ちょっと借りるね」


 一体誰がこんな悪趣味なものを。

 人の寝顔を勝手に撮るのもだし、俺の寝顔なんかを撮るのもだし。

 俺の寝顔なんて、この世で一番気持ち悪いぞ。


「ど、どこでこれを?」

「お姉ちゃんからもらいました」


 お姉ちゃん。

 もしかして。


「先輩の事?」

「先輩……? あ、はい! そうです! やっぱり敬也さんだ! お姉ちゃんの事を先輩って呼ぶの敬也さんだけって聞いてます!」


 お姉ちゃん。

 先輩。

 俺の寝顔。

 証明材料が揃った。


「笹原小町さん?」

「はい! 笹原小町、十五歳、女の子です!」


 にこっと笑う美少女、もとい小町さん。


「な、なるほど」


 なんか、物凄い素直な感じがする。

 不純物が混ざってない感じというか。

 

「ていうか、よくここが分かったね」


 新入生が、よく部室を特定できたものだ。


「これを見ました!」

 

 小町さんは、もう一つの写真を俺に見せてきた。

 それは、第三倉庫室というプレートがドアの上に貼られた、まさにここの部室の外観だった。


「学校中を探し回って、ようやく見つけました!」

「そ、そう」


 この子の純粋パワーに圧倒されそうになる。

 キラキラしすぎて、ま、眩しい。


「せ、先輩から話は聞いてる?」


 この子が笹原小町ならば、先輩から何か聞いてるはずだが。

 

「はい! えーと。とにかく七町敬也の言う事を聞け! って言われてます!」

「……それだけ?」

「はい!」

「本当にそれだけ? 嘘吐いてない?」

「嘘吐いたら地獄の閻魔様に舌抜かれちゃいますよぉ!」


 小町さんは笑いながら、そう言った。

 こちらとしては、笑えない状況だが。

 どうやら先輩は、本当に「全て」を俺に任せるらしい。

 先輩によろしく頼むと言われたものの、当の笹原小町が先輩から何も聞いていないのでは話が進まない。


「じゃあ説明するけど、先輩は君に……」


 先輩から受けた頼みを説明しようとした時、俺の中で待ったがかかった。

 先輩が、この子に敢えて説明をしなかった可能性が浮上してきたのだ。

 完璧超人の先輩が、ミスを犯すとは思えない。ましてや、大事な人であるこの子の事に関してがあるとは思えない。

 先輩は、俺に託したんだ。

 この子が普通を暮らせるようにしてくれと。彼女自身に悟られずに。それが、真に普通という事だから。

 彼女が、先輩の思惑を知ってしまったら、それは彼女にとって「普通」では無くなってしまう。

 彼女が、彼女自身が知らぬうちに成長する事。

 これが、先輩の願いだ。


『小町を、よろしく頼むよ』


 先輩。

 わかりました。


「敬也さん?」

「……君に、楽しい高校生活を送ってもらうために俺と友達になって欲しいって言ったんだ。いいかな」


 小町さんは、顔をぱぁと明るくし、ニコッと笑った。


「はい! もちろんです! やったぁ! 友達できたぁ!」


 彼女はぴょんぴょん飛び跳ねて、嬉しそうである。


「じゃあ、せっかくだし、お互いの呼び方を決めようか。何て呼べばいい?」

「んーと。じゃあ、お姉ちゃんと同じ、小町で!」

「分かった。俺の事は好きに呼んでいいから。よろしくね、小町さん」

「もう! 小町さん、じゃなくて小町ですよ?」

「え……」


 女子の名前に「さん」を付けないのなんて、小学校以来していない。

 何だか抵抗があるが、彼女がそう望むなら、頑張ろう。


「こ、小町」

「うんうん!」


 小町はご機嫌に頷いた。


「……そういえば、何で敬也さんはお姉ちゃんの事『先輩』って呼ぶんですか? お姉ちゃんの名前知らないんですか?」

「あー、それは……」


 先輩の卒業の日。

 先輩にも同じ事を聞かれた。

 少々、というか、ひどく恥ずかしい内容のため、最後まで粘ったが、結局先輩には話してしまった。

 しかし、この子にまで話す事はない。適当に誤魔化そう。


「れ、礼儀だよ」


 嘘下手か。


「へぇー! そうなんですね! じゃあ、小町も敬也さんの事、先輩って呼ばなくちゃですね!」

「い、いや、そういう訳じゃ」

「違うんですか?」


 彼女の純粋な目が俺を狂わせた。


「いや、違くない」

「じゃあ、先輩ですね! 分っかりましたぁ!」


 あぁ、神よ。

 罪深い私をお許しください。


「そういえば、部活はどこに入るか決めてる?」

「それなら、もちろん先輩に決めてもらいます!」


 小町は、敬礼のポーズをして、自信満々そうに言った。


「え」

「お姉ちゃんから言われてるので!」

「いや、言う事を聞けっていうのはそういう事じゃないかと……」

「え? そうなんですか?」


 人の言う事をそのままに受け取ってしまう。それもこの子の今の特徴なんだろう。


「えーと、適度にというか……バランスというか……」

「じゃあ、自分で決めなきゃいけないんですか?」


 小町は、首を傾げる。

 いや、でも考えてみると、この子の事をよく見ていなければならないという事は、できるだけ側に置いておかないといけないのか。

 そうなると、できれば俺と同じ部活に入ってもらいたい。

 でも、彼女の意思を無視するわけにもいかない。

 うーむ。どうするべきか。


「一応聞くけど、俺と同じ部活は嫌だ?」

「同じ部活? 何の部活ですか?」

「カウンセリング同好会って言うんだけど……」


 名前からして、楽しそうな雰囲気ではない。

 果たして、どうくるか。


「いっぱい遊べますか?」

「え?」


 遊ぶ。

 遊ぶ、か。


「うーん。基本遊べないかな。この部活はお悩みそうだ……」

「遊べないなら嫌です!」


 話が終わる前に、小町はそう言いながらぷいっとそっぽを向いた。


「だよねー……」

「……そうだ! 小町、ドッチボール部に入ります!」


 名案とばかりに、両手を合わせる小町。

 ここで、残念なお知らせがある。


「うちの高校にドッチボール部はないよ」

「えぇ!?」


 小町は目を丸くして、驚愕の声をあげた。

 どうやら、存在する事を確信していたらしい。


「え? 逆に聞くけど、中学校にはあったの?」

「ありません!」

「えぇ……。だったら、何で高校にあるって思ったの」

「やりたいからです!」


 そうだよね。

 ドッチボールをやりたいからだよね。

 うんうん。分かる分かる。

 

「……そっか。バスケットボールとかではなく?」

「ドッチボールがしたいです!」

「じゃあ、諦めよう」

「えぇ!?」


 小町は驚いた後、がっくしと肩を落とした。


「ドッチボールしたかったです……」


 そう呟く小町を見ていると、何だかかわいそうになってきた。

 

「と、とりあえず。部活動見学にでもいこっか! やりたい部活が見つかるかもしれないし!」

「はい……」


 先程までの元気が嘘のようにテンションが低くなってしまった。

 無垢な少女を傷つけてしまった感じがして、少し罪悪感が芽生えてきた。

 そして、小町と共に部室の外に出ようとすると。

 こちらがドアを開ける前に、部室のドアが開いた。


「ここでよくね?」


 派手に制服を着崩したギャル集団の登場であった。

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