EP4 魔法少女は代わりがない
目が覚めるとそこは大きな原っぱで、壱湖の体は10歳ほどの子どもで、真っ裸だった。どうしてか、恥じらいのような気持ちはなかった。
壱湖は立ち上がり、しばらくあたりを歩くと何やらぽかぽかと暖かく感じる大きな”丸”を見つけた。丸は数センチ地面から浮いており、壱湖の身体の何倍も大きかった。
壱湖が少し指先でつつくように触れると、くすぐったがるかのようにふわふわと揺れる。この丸は綿毛に似ていると壱湖は思った。少しの好奇心で壱湖はふぅっと、丸に向かって息を吹きかけた。すると丸はシャボン玉のように弾けてしまい、そこから小さな丸が生まれたかと思うとあちらこちら四方に飛んで行ってしまった。
丸が弾けていく様子を見ていると、壱湖はなんだか大切なものを失ったような気分になった。壱湖は涙が出た。小さくなって飛んで行ってしまったものは、それこそシャボン玉のようにあちこちに浮遊しており、壱湖は懸命に手を広げてそれらを集めた。腕を伸ばして届かないものもあったし、手を伸ばす間に弾けてしまったものもあった。
暖かなシャボン玉、手の届く最後の一つに手を伸ばしたところで、壱湖は本当に目を覚ました。
目を覚ますと壱湖は自分の部屋にいた。物の少ない、簡素な部屋であったが、確かにそこは自分の部屋だった。慌てて通信機をとりだし、壱湖は清水に電話をした。
「…あ、もしもし!?」
『おー、起きた?』
聞き覚えのある清水の声を聴いて、壱湖はとりあえず安心した。
「私、家にいるんだけどこの状況って当ってる?」
『あってるあってる。私がひきずって連れてったのよ。』
壱湖の記憶が正しければ、記憶喪失を治すために機関の処置室で眠りについたはずだった。寝ている状態の人間を自宅まで連れて行くなんて、機関を含めた清水の行動の意味が壱湖には分からなかった。
「寝てる間に容体が急変したらどうするんですか。」
いたってまじめに壱湖は言ったのだが、清水は壱湖の言葉を聞いて「がはは」と通信機越しに爆笑した。
『別にでっかい病気だのなんだのじゃないんだから、大丈夫よ。今みたいに普通に起きることは計算済みだよ。』
「…いやけど、でも。」
と、壱湖はもごもごと口の中に自分の意見をためた。これでなにかあったら厳罰されるのはそっちなんじゃないのか!?と怒りにも似た疑問を持ちながらも、壱湖は口をつぐんだ。何を言ったって清水には効かないのだ。
『まあまあ、そううだうだ言わずにさ、まだ起きたばっかなんだし、自宅でゆっくりしたら?またすぐにトレーニングだなんだで呼び出されちゃうんだから。』
そんなこんなで清水にしばらくは自宅療養に専念。と告げられ、壱湖は通信機を切った。そしてその日は清水のに言われた通り、壱湖はうすぼんやりと自宅で過ごした。
目の覚めた壱湖の記憶はばっちりと戻っていた。魔法少女についてや、現在おかれた地球の情勢、よくこんなに忘れられたものだな、と思うほど膨大な記憶量だ。と、壱湖は思った。忘れてた方が幸せだったかも。と、思いつつも壱湖はテレビを付けた。
今の地球にはチャンネルが2つしかなくて、どちらの番組もニュースばかり流している。果てしなくつまらなかった。痛快なバラエティや頭を使えるクイズ番組、著名人のドキュメンタリーなどはないのか、と2つのチャンネルを行き来したが、同じようなニュースが延々と流れているだけだった。
壱湖は一匹、自室で猫を飼っていて、八われの柄をした白黒の猫だった。とてもおとなしくて、いつも壱湖のベッドで丸まっていた。愛猫の隣でぼんやりニュースをみていると、テレビ画面は華々しい色合いに変わり、魔法少女の特集が始まった。
『先日突如街のど真ん中にあらわれた体長3メートル強の宙人、今回も魔法少女たちが殲滅いたしました。』
端正な顔の女性アナウンサーがきびきびとニュースを読む。同業である4人の魔法少女たちが紹介され、アナウンサーはしゃきっと感謝の言葉を述べた。…まるで指名手配犯のような『梅雨』『理衣奈』『多満子』『千羽耶』の機関で撮影されたであろう盛れてない写真が、画面いっぱいに映された。
壱湖はどうにもこういった魔法少女の賞賛ニュースは苦手だった。無意識的な刷り込みのように感じてしまうのだ。
目を覚ましてから数日が立ち、清水の言うように壱湖は機関から頻繁に連絡が来るようになった。初日にはさっそくトレーニングに呼び出された。眠っていた間に衰えた筋力の向上を目的に、呼び出された日からほぼ毎日トレーニングをしている。記憶があるとなしでは、壱湖は体の動きが段違いに感じた。
記憶が無い、眠る前に行ったトレーニングでは基礎的な動きすらできず、少し体を動かしただけで足がガクつき、息切れをしていた。ここ数日のトレーニングでは、体の動きに合わせた自分の筋肉のしなりが把握でき、トレーニング後にボロボロに疲れることはなくなった。
トレーニングをはじめてからひと月ほどたち、ほとんどの魔法少女とトレーニングでは一緒になった。そんな中で、どれだけ日数を重ねてもしほりとはなかなか会えなかった。
彼女は戦闘要員の魔法少女であるのに、ほとんど毎日トレーニングに通っている壱湖と会わない、というのは考え難がった。しほりはきっと自分以上にトレーニングには参加しなくてはならない能力者だからだ。
――そうこうしているうちに、壱湖は宙人との戦闘に駆り出されることになった。
今回の宙人も、少し育ちすぎた人型らしい。壱湖は結界を貼ることと、戦闘要員である魔法少女の補助を頼まれている。とりあえず言われた場所に結界の扉を捻出した壱湖は、急いでその場へと向かった。
到着した場には、恋夏、理衣菜がいた。
「壱湖、久しぶりだね。先週のトレーニングぶりかな。」
理衣菜は人懐っこい表情で壱湖にかけより、話しかけてきた。
「おっせえな、結界担当は一番に来いよ。遠隔で出せるからって怠慢すんなよな。」
イライラとした様子の恋夏は「アタシがアイツ、結界の中にぶちこんどいたから、」と、扉を指さして言った。
壱湖は自分の作った結界扉が破壊されているのに気付き、中をのぞいた。その中は大きな平原になっており、一番奥には大きな木が生えている。その木には大量の武器が四肢に刺さり、貼り付けにされた少女、もとい宙人がいた。
少女は淡いピンクがかった紫の髪をしており、瞳は真っ赤だった。今まであったどの宙人よりも人に近い容貌に見えた。両肩には大きい両手剣がそれぞれ刺さっており、喉から肩口にかけて小振りの斧がざっくり刺さっている。それでも宙人は絶命する様子はなく、時々じたばたともがいたり、突然動きが止まってはぼーっとした表情でこちらを見上げているようだった。
「今回の子はほぼ、育ち切ってる。少し危険かも、慎重にいこう。」
理衣菜は落ち着いた声で壱湖に声をかけた。しかし、恋夏にはその言葉は聞こえていないようだった。
「あんな細っけェ体、アタシが一発ぶち込んだらコアぶっ壊れんだろ。」
と、意気揚々と突っ込んでいく気満々のようだった。恋夏は結界内に飛び降りると、木に張り付いている宙人に向かって叫んだ。
「オイ!てめえは今からアタシがぶっ殺す!育っても知能が低くて言葉もつかえねえ、表情もねェ!アホアホのアホ子ちゃんがッ!だから、てめえはアタシに負ける!」
その口上を聞きながら、壱湖は「意味が分かんねえな。」と思ったが、とりあえず援護ができるよう結界内に降り、手前の低木の後ろに隠れた。
壱湖の隣に降り立った理衣菜はさっそく援護のため、大量のライフルを結界内に設置した。すると設置から間髪入れず一気に発射し宙人に撃ちこんだ。
「オイ!5番!てめえ勝手してんじゃねえぞ!」
ライフルに続くように恋夏は走り出し叫んだ。大木の傍まで行くと、恋夏は宙人と目が合った。宙人は虚ろな表情のまま、腕を自由に死体と言わんばかりに蠢き、恋夏をみつめ、眉を八の字に曲げた。
「…てめえ、気に食わねえ目してんな。」
恋夏が大木へ到着してすぐ、爆発が起こった。壱湖はとっさに恋夏の身体全体に薄いバリアを張った。壱湖は手元の扇子を恋夏に向けて揺らし、バリアを張ると同時に防御力の上がるデバフを付けた。爆発の煙が晴れると、恋夏は五体満足で仁王立ちしていた。
宙人の頭は吹き飛んでいる様子だったが、宙人の胸部中心から露出している大きな鉱石状のコアは完璧に無傷のようだった。
「んだ?こいつのコア異様にかてえぞ!」
そう言ったと同時に恋夏は後方へふき飛んだ。恋夏の腹部には宙人の腕に刺さっていたであろう大きな両手剣がざっくり刺さっている。宙人の頭部はみるみるうちに再生し、真っ赤な瞳で恋夏をじっと見つめた。するとだんだんと宙人の首元からぼこぼこと肉が泡立ちはじめ、少しずつ破損した身体も再生しはじめた。
恋夏はそのまま結界中腹あたりまで飛ばされ、地面にたたきつけられた。理衣菜は恋夏を回収するため恋夏の元に駆け寄ったが、恋夏は自身の力で立ち上がり、腹から両手剣で抜いた。恋夏の腹からはおびただしい量の血が噴き出た。
壱湖はその様子を見て慌てて恋夏の傷口辺りを軽い膜状のバリアで覆い、止血を行った。傷口を治癒する能力を壱湖はもっていなかったが、様々な薄さのバリアを壱湖は貼ることが可能だった。恋夏の傷口回りを応急処置用のバリアで覆ったがこれも長くはもたない。壱湖は応急処置能力を使うとひどく大量が消耗するため、継続して傷口を覆い続けれない。壱湖は焦りを感じた。
まだ戦いは始まったばかりだというのに物の数分で恋夏は腹部に穴が開き、壱湖も必要以上に体力を削られている。
「マジで面白れぇ!今まで戦ったヤツの中で一番強いかもしんないな!」
恋夏はそう叫ぶと再び、宙人に向かって飛んだ。
理衣菜は恋夏の意識と様子を視認し終えると、結界中腹部でライフルだけでなく大量の武器を召喚し宙人に向かって撃った。中にはサイズ様々なナイフや刀等も混ざっており、宙人の再生したばかりの腕や足を次々に切り落とした。
「最大出力で行くぞ!!」
その声を聴いて、壱湖はとりあえず恋夏の身体にバリアを張ったが、恋夏は五体満足ではいられないと思った。恋夏の爆発は基本的には手先から発動する。そのため、手の周りをバリアで包んでも出力の高い爆発ではバリアも爆風で吹き飛ばされてしまう。そのため完璧に守護することが不可能なのだ。
恋夏は、宙人の伸びきった鉱石のようなコアをわしづかみにした。宙人は叫び声に近い悲鳴をあげ、恋夏の左腕にかみつき、首の力で食いちぎった。恋夏はそれでもコアを離さず、ニヤリと笑った。
「活がいいなァ!?」
その声を同時に大きな爆発があった。今までで初めて見るほどの大きな規模だった。結界内全体に宙人の血液が飛び散り、恋夏と宙人との距離が近かった理衣菜は宙人の返り血を浴び、全身ピンク色に染まっていた。
恋夏のもとに理衣菜と壱湖は駆け寄ったが、そこにはピンクの血だまりの中に混ざるように、赤い血だまりができているだけで、恋夏の肉片すら見つけることができなかった。
理衣菜は通信機を取り出し、機関へ報告をしているようだった。
壱湖は茫然と血だまりを眺めていたが、宙人のコアのカケラが落ちているのを見つけた。完全に割れているコアに触れようと手を伸ばした。
「壱湖、それには触っちゃダメ。」
理衣菜とは違う凛とした声だった。壱湖が振り向くと、そこには蝶華がいた。
「いまから検体回収に入ります。理衣菜と壱湖は撤退。」
蝶華はきびきびというと、ぞろぞろと白衣をまとった機関の人間が入ってきて、壱湖と理衣菜は強制的に退場するよう言い渡された。
「あの!恋夏、恋夏が。」
壱湖は蝶華に縋りつくようにして言った。あまりの出来事だったので口がうまく回らない。説明ができない。
「見ればわかるわ。大丈夫。助けるから。」
蝶華の”助ける”という言葉は本当に、あまりにも不毛に過ぎなかった。肉片一つ残さず絶命したであろう恋夏をどう助けるというのか。壱湖はただ、機関の人間に引きずられて結界から撤退するほかなかった。
恋夏が宙人に攻撃を繰り出したとき、壱湖は自分が張っていたバリアが内側から暴発するように破裂した感覚がした。多分あの感覚は、恋夏の身体が四散した感覚だったのだろうと思う。
恋夏は死んだ。補助が足りなかったのだ。あんなに人型に近い状態の宙人のコアを、一人で破壊させるのではなく、壱湖や理衣菜も攻撃を連続しダメージを蓄積させ、コアをともに破壊する方法をとればよかったのだ。
しかし、恐ろしいことに、恋夏は生きていた。
2週間ほどたったころ、トレーニングへ機関の地下へ向かった。そこにはあの日絶命したはずの恋夏の姿があった。傷だらけで体中包帯まみれではある者の、いつものように悪態をつきトレーニングにいそしむ姿は見間違うことない、恋夏だった。
そんな恋夏の姿を見て絶句している壱湖に、恋夏は声をかけてきた。
「壱湖、お前なんだその素っ頓狂な顔して。」
「…この前の、ケガ、大丈夫なの?」
「ケガ?ああ、これな。まあたいしたことねえよ。ちょっとテンション上がっちまって産まれたてに特大爆撃放射しちまっただけだ。」
恋夏はあの日の戦闘がまるでなかったかのように話した。壱湖が人型の宙人を一緒に倒しに行ったじゃないかといっても、恋夏は首を傾げ、不思議そうな顔をするだけだった。
その日のトレーニングを終え、恋夏の件で意気消沈した壱湖は機関から帰ろう機関の廊下を歩いていた。そこで壱湖はしほりを見かけた。しほりは小走りで貨物エレベーターに向かっているようだった。
いつもなら他者はあまり気にならないタイプの壱湖だったが、数か月ぶりにみかけたしほりだったということと、しほりがトレーニング以外で機関にどういう用事があるのか好奇心がくすぐられ、こっそり後をつけることにした。
しほりののったエレベーターが地下8階に止まったのを確認した壱湖は、しほりに続いて貨物エレベーターへと乗り込み、地下8階へ降りた。
地下8階につくと、そこは物置のようなごちゃついた廊下だった。廊下沿いにいくつか部屋があるようだったが廊下には朽ちた段ボールや錆びた金属棚、そして腐乱したねずみのような生き物のようななにかが廊下わきに積まれていた。
壱湖は一つ一つ部屋に聞き耳を立ててしほりを探してみた。…なんだかストーカーにでもなったような気分になり、もうしほりを探すのはやめにして帰ろうかと思った。その時、奥からふたつ目の扉がゆっくり開き、しほりが顔を出した。しほりは壱湖の姿を確認すると目を丸くし驚いているようだった。
「…壱湖、なにしてるの?」
壱湖は先ほどまでの自分のストーカーじみた行動を思い出し、頬が厚くなるのを感じた。なんともいえないいづらさを感じ「あー、えーと。」と、歯切れ悪い声しかでてこなくなった。
「壱湖も舞衣と話しをしに来たの?」
壱湖は、舞衣という名前を初めて聞いた。しかしここで「違う。」とも言えないと思った。壱湖はしほりの純粋な目を見れないまま「まあ、そんな感じ。」とあいまいな返事をした。
「今まだ寝てるよ。入りなよ。」
しほりは壱湖を疑う様子もなく、笑顔で部屋へ誘った。
しほりに誘われた部屋に入ると、真白で小柄な少女が壁と鎖でつながれた状態のまま、丸まって眠っていた。打ちっぱなしのコンクリートの部屋のあちこちには苔がむし、草花が生えているようだった。そしてどこからやってきたのか蝶や虫、小鳥まで飛んでいる。
壱湖は異様とも思える空間に少しぞっとしたが、部屋の隅で本を読み座っているしほりの傍へ寄った。
「壱湖、記憶はどう?」
「あ、おかげさまで。治りました。」
「よかったねえ。」
しほりはにこにこと壱湖に笑顔を向けた。本当に安心したような表情だった。しほりの読んでいる本に目をやると『友達との食事マナー』というもので、壱湖は友人の少ないであろうしほりを改めて見て不憫に感じた。しほりは壱湖の視線の意味がわからなかったのか、壱湖と目が合うたびに困ったように笑いかけてくる。
「そ、それで、なんだけど、あの、記憶がなくなる前の戦闘。」
しほりは緊張した様子で、歯切れ悪く話を切り出した。壱湖はその”記憶のなくなる前の戦闘”というものにまったくピンと来ていなかった。
そういえば、どんな戦闘でどうケガをしてどうして入院したのか、あまり覚えていない。考え込み、押し黙った壱湖をみて、しほりはすごく慌てた様子だった。
「ごめんね。怒ってるよね。私が、うまく立ち回れなかったから。」
ごめんなさい。と丁寧に頭をさげたしほりに、壱湖はひどい違和感を覚えた。謝られるようなことは壱湖の蘇った記憶の中にはなにもなかった。変な違和感が壱湖を襲い、壱湖は少し、頭痛と吐き気がした。
「しほり、君は謝る必要がないよ。」
先ほどまで寝ていた少女、舞衣が言った。にこにことほほ笑んだ表情の彼女は、ブッダのように寝ころびながら肘をつき、大きなあくびをしてからうっすらを目を開けてこちらを見た。
「壱湖、君は2人目だね。」
舞衣のうっすらのぞかせた瞳は、とてもきれいな琥珀色で、吸い込まれそうな明るい瞳だった。しほりはにこにこと振り向き起き抜けの舞衣に向かって「おはよう~。もう夕方だけど。」のんびりと声をかけた。
「舞衣と壱湖って知り合いだったんだね。」
と、しほりは少し嬉しそうに、興奮した様子で舞衣に言った。
「いや、初対面だよ。壱湖にいたってはぼくの存在なんて、知らなかったんじゃないかな。」
舞衣は再びにこにことほほ笑み、しほりにいった。しほりはよくわからないといった表情で首を傾げる。
「あの、2人目、というのは。」
壱湖はしほりにウソがばれそうになったのにもギクリとしたが、舞衣の言った「2人目」と言う発言がひっかかり、恐る恐る聞いた。ひどく嫌な予感がした。
「ぼくはね、ここに閉じ込められて数年。君たちの研究をさせられてる。」
予知能力なんておまけみたいなものさ。と、舞衣は微笑んでいる。
「ぼくは、すこし頭の出来が良くてね。君たちをたくさん”つくる”ことができたんだ。」
壱湖の心臓は激しく脈打ち、冷や汗が止まらなくなった。しほりは一気に顔色の悪くなった壱湖の様子を心配そうに、はらはらとした様子で見ている。
「本体戦闘ではオリジナルの魔法少女が大きなけがをして、命の危険が伴う。彼女たちがいなくなると今の人類は困るだろう?だからさ、代わりに戦闘へ出動する"魔法少女のクローン"を、ぼくは作ったんだ。」
舞衣は太陽に模して天井からつるされている濃い黄色をした丸く大きな電球に向かって手を伸ばしながら言った。自分の血管が透けているのを見ているようだった。
「本体の記憶情報や能力の抜出、さして難しいものではなかったよ。本体を残してクローンに力を分けてあげる形をとればよかったからね。」
舞衣の表情はまったくくずれない。しほりもこの話は初めて聞くようで、困惑した表情を浮かべている。
「ああ、しほりはオリジナルのままなんだ。この子の能力はクローン体にうつすのがどうしても難しくてね。筋肉増強に体内における宙人用の毒製造…それらはクローン体となると著しく弱体化してしまうから、戦闘要員として使えなくなっちゃうんだよ。」
舞衣は話し続ける。その間も壱湖の動悸は激しく脈打っていた。
「壱湖、君は前の戦闘で大きなけがを負った。だからオリジナルではやっていけないってぼくと機関で判断し、クローン体に能力を移行、君を出動させている。なに、体が別個体なだけで記憶も能力もほぼ変わらない。」
優しい、マリアのようなほほえみを舞衣は壱湖に向けてくるが、壱湖には悪魔笑みに見えた。
「そんなの、私がいま、作られた人造人間、っていうのが、判明しただけじゃないか。」
息がしずらかった。壱湖の脳が情報を拒否しているのが分かった。今感じている恐怖心も、コピーされた感情で、あふれる汗だって作られたモノ。ドキドキと脈打つこの心臓ですら、人工的に作られたというのだろうか。
「クローンって、なによ。」
「壱湖、勘違いしないで。君のもとの身体から媒介したクローンはほぼオリジナルと同じ。戦闘用の鎧を着ているとでも思ってよ。」
壱湖は自分が何に不快感を覚えているのか、言葉にするのも難しかった。自分が人から生まれた肉体でないこと、オリジナルと呼ばれる本来の自分が別にいて、今ここに立っている自分はニセモノのクローンで使い捨ての駒の身体であること。記憶を映したとしても自分が人間から生まれた体ではないという事実がどうしても信じられなかった。
しほりが心配そうに壱湖の手を握った。
「壱湖、壱湖。大丈夫?」
壱湖はしほりの手を振り払った。しほりは驚いたように後ずさった。壱湖はしほりを気にする余裕がどんどんなくなり、舞衣に詰め寄った。
「私、血の通った人間じゃないの?」
「血は通っているよ、きちんと血も”つくった”からね。」
舞衣はにこにこと壱湖を見た。薄く開かれた瞼からのぞく淡い琥珀の瞳が、壱湖のすべてを見透かしたようにうっすらと光る。
「人工的に、作った身体だなんて、そ、そんなの、違うじゃない!み、みんな親がいいて、そこから産まれて。わ、わたしは、なんなの?」
壱湖は自分でもひどく混乱していることがよくわかった。全身が心臓にでもなったかのように脈打つ。恐ろしいという感覚に身体が飲まれていくのが分かった。
「じゃあ君のお母さんは、ぼくだね。」
舞衣はにっこりと、より不気味に笑った。
壱湖は今日のトレーニングルームでの恋夏との会話を思い出した。自分の死んだ瞬間の記憶がなく、五体満足でトレーニングに参加していた恋夏。何をどう考えてもおかしいのだ。目の前で腕を引きちぎられ、肉片が残らぬほどの爆発にまきこまれて、普通に生きて歩いているのは、完全におかしいのだ。異常だった。
自分の中で疑問に感じていた部分が、一つ一つ勝手にパズルのピースのようにはまっていく。気付きたくなかった違和感の謎が解けていく。壱湖は脳が脈動するのを感じ、ぴたっと汗が止まった。
「壱湖、受け入れがたいかもしれないけど、それでも君は宙人と戦わなくてはならないんだよ。」
「なんだよ、何言ってんだよ。いつ死んでもいいように改造されて、なんでこんなとこにいなくちゃいけないんだよ。」
「地球を守るためだよ。」
舞衣は心ここにあらずというように言った。舞衣は空っぽだ。地球を守りたいという思いも、希望も絶望も何もない。まっさらで空っぽでひどく冷たい。体中の血が戦慄く感覚がわかった。壱湖はこんないいようのない不快感に襲われたのは初めてだった。
「私は戦わない。」
壱湖の声が、凛と部屋に響いた。
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