EP2 魔法少女は願わない
貨物用の大きなくだりエレベーターに揺られ、しほりは機関の地下へと向かっていた。
普段は腰までおろしているウェーブがかった豊かなピンク髪は、ひとつにきつく、高い位置で結われていた。エレベーターはがたがたと大きな音を立てて揺れ、深く深く地下に到着すると、ガコンッと乱暴な音を立てて止まり、勢いよく乱雑に扉が開いた。地下は暗く、ほとんどの電気が切れていた。暗くて長い廊下が続いていたが、しほりに怖がるような様子は全くない。
しほりは慣れた様子で揺れるエレベーターからぴょんっと飛び降りると、地下廊下の突き当りから二番目にある部屋に吸い込まれるように、至極ナチュラルに入っていった。
しほりの入ったその部屋は、地下室だと言うのに地面はところどころ苔むし、小さな花があちこちに咲いていた。壁も床も地は地下室らしいコンクリートの打ちっぱなしなのだが、蝶や小鳥が飛び歌い、綿毛や花びらが舞い飛んでいた。
「舞衣、起きてる?」
「糸目だけど起きてますよ。」
舞衣と呼ばれた少女は、にんまりとした表情のまましほりのことを見た。糸目という言葉の通り、彼女のきゅっと瞑った眼は笑っているように弧を描いていた。彼女の真っ白で長い髪は床全域に、まるで雲のように広がっている。
「トレーニング前なのに、来てくれてありがとう。」
舞衣はにんまりとした表情そのまま、しほりに話しかけた。
しほりはにっこりと舞衣に微笑みかけよった。そして舞衣の目の前にしほりは小さく体育座りした。しほりはその体制のまま、手近な花をぷちぷちと摘みながら舞衣の話を聞く用意をしているようだ。
「…そろそろ大きな戦いがやってくると思うんだ。」
しほりが腰を据えたのを確認すると、にこにこと舞衣は話した。話の内容に反して声色は明るく、まったく緊張感がなかった。しほりもちゃんと聞こえているのか、聞こえていないのか、摘んだ小さな花で冠を作ろうをしてろくに返事もせず手元ばかりを見ている。
「君は無茶をして大きなけがをする、かもしれない。だから、呼んだんだ。」
歯切れは少し悪いように感じたが、舞衣の声はとても明るくて妙にテンポがよかった。
舞衣の話している間に本当に簡易的に作った柔い花冠を、しほりは舞衣の頭にぽいっと投げるように乗せた。舞衣のとてもきれいな白髪には緑や黄色、ピンクの色とりどりな花冠が良く映えた。
「…心配してくれるの?」
花冠をもう一つ作ろうと、しほりはまた地面に生えた花を摘みながら舞衣に話しかけた。舞衣は花冠が嬉しいのか、にこにことした表情のまま花冠を指でつつく。
「
しほりは摘んだ手元の花をいじくりまわしている。
「…どうして、私は忌み数なの?」
先ほど摘んだばかりの花の花びらを指先で軽くむしりながらしほりは言った。少し口をとがらせ、拗ねたような話し方だった。
「ぼくたち魔法少女は、産まれてきた降順に番号がついてる。たまたましほりは4番に当たっただけだよ。」
しほりは手元の花、全部の花びらをむしってしまった。いらいらしているわけではなく、いじけていますよ。と、でも言いたげな行動であった。そんなしほりの様子をにこにこと笑顔を絶やさず舞衣は見つめていた。
「みんなには教えるの?これから大きな戦いが始まるかもしれないこと。」
ちぎった花びらを床にひとつひとつ丁寧に並べ、しほりは気持ちを落ち着けるかのように声を出した。まるで、花の死体が並べられているかのようだ。
「ぼくの当たるか当たらないか、絶妙な予知なんてだれも信じやしないよ。」
わははと舞衣はひとしきり笑うと、いつの間にやら自分の頭に乗っていた小鳥をわしっと素手で掴み地面に叩きつけた。花冠をつつこうとしていた小鳥が気に食わなかったのだ。
「…舞衣の予知はいつも当たってるよ。」
舞衣によって地面へ投げ捨てられた小鳥をしほりは拾い上げ、ふわふわの草花の上に乗せた。小鳥はぴくぴくと淡く痙攣したが、強く舞衣に握られたためにそろそろ死ぬようだ。
しほりは寂しそうに、改めて背中を丸めて小さく体育座りをした。
「しほり、自分の"願い"のために、自分の命をないがしろにしてはダメだよ。」
しほりは、「わかった。」と小さな声で返事をした。話を聞いている間、しほりはずっと地べたに体育座りしていたが、すくっと立ち上がった。
しほりが突然立ち上がったものだから舞衣は少し驚いたようだった。「もういくの?」と、舞衣は寂しそうにしほりに聞いた。
「トレーニング、もう、始まっちゃうから。」と、しほりも寂しそうに答えた。
「魔法少女じゃなかったら、こうやって舞衣とも話せなかったんだよね。」
舞衣は返事をしなかった。舞衣はもうずっと、この地下に閉じ込められていた。予知能力”だけ”を持った少女であったので、戦闘には出られない。しかしながら予知能力を使った戦いの要として、敵に存在を知られないよう地下に幽閉されているのだと、しほりは聞いている。
…また、未来の予知ができるものの、外の世界が透けて見えるわけでは決してないので、戦闘の前線で戦っているしほりが外の世界の近況報告係として、定期的に舞衣のところに通ったり、時には話し相手として機関を通して舞衣に呼ばれたりもするのだった。
「しほり、いってらっしゃい。また遊びに来て、外の話もかせて。…今日は短すぎたからさ。」
にこにこした表情をくずさないまま、舞衣は手を振る。その手首には金属の腕輪が仰々しくつけられ、腕輪は鎖で壁としっかりつなげられていた。
しほりはそんな舞衣をみて、眉を八の字にしたままにこりと微笑んだ。しほりからしたら舞衣はひどく可哀想に見えた。外の世界を知らない、ずっとここに閉じ込められた憐れな魔法少女。しほりの夢は舞衣と外に出て、一緒にいろんなところに遊びにいくことだった。
――しほりは忌み数を背負った魔法少女だ。”忌み数”というのは、基本的には『縁起の良くない数字』と、いうことだ。
この人類に一番最初に生まれた魔法少女のことを【10】番目の魔法少女としており、そこから降順に番号がつけられている。10の番号を背負った魔法少女は、完璧で正確な予知能力、自分が死ぬまでの全ての未来が見える魔法少女だ。
どうして最初に生まれた魔法少女が【10】番なのかというと、その予知能力が完璧である最初の魔法少女が「これから神通力をもった少女は私を含め10人産まれる。」と、予言したために魔法少女たちは力の発言した順に、降順の番号がつけられるのだ。
その中でも、【9】【6】【4】という忌み数の番号を背負って生まれた魔法少女は人類と宙人の戦いに絶大な影響を及ぼす能力を持って生まれてくると予言された。
事実、9番を背負い産まれてきたの蝶華は治癒能力に特化、6・4番を背負う恋夏としほりは非常に戦闘に特化した能力を持って生まれてきた。
【9】を背負う蝶華は感染症や傷の治療を行い、人類を"苦"から解放する力を持っている。その反面、急速に治療した傷は消えるわけではなく、どこかに"移動"させている。病気や傷を完璧消すことはできないのだ。
蝶華が死ぬと傷や感染症はもともとそれを受けた"持ち主"の元に戻ってしまう。そのため蝶華は助けた人のために死ねない苦しみを味わい、治すために他者を苦しめる悲しみを味わう。
【6】を背負う恋夏自身は全く気にしていないが、近距離での爆発攻撃を得意としており、戦いのたびに死んでしまうほどのひどい怪我を負っている。
悪魔の数字を呼ばれる【6】を背負う少女であり死なば諸共、な攻撃技が多いのだ。また、爆撃の規模が大きいので周りにいる仲間すら巻き込むことも多々ある。しかしその分一撃で敵を倒せることが多いため、本人は他の魔法少女にはない自分の才能を誇りに感じているようだ。
しほりはというと、【4】を背負う魔法少女で、"死"に一番近い魔法少女である。能力としては肉体の強化、攻撃力の強化が主だ。敵を殲滅することに特化しており、体内で毒を作成できたり、一発殴るだけで敵をつぶし殺すこともできていまうような、近接の戦闘に特化している。それにプラスして、しほりはひどく運が悪く、敵からは狙われやすかった。普段の生活でも散々なことが多い。
基本的に戦闘では切り込み隊長的な役を負わされることが多いが、それでも決して死ぬことは許されていない。
しほりは、これまでの魔法少女生活の中で自分以外の忌み数とあまり接点がない。蝶華は治療などのバックアップ中心で基本的には戦闘の場にはこないし、治癒ができる存在は重宝されているので戦闘に駆り出されるしほりたちよりも役職が高いのだ。
恋夏とは戦闘特化の能力が被っているため、同時に出撃するには相性が悪い。そのため同時の出動にはなりにくかった。
これらの理由からしほりは、蝶華も恋夏、忌み数と言われている2人とは基本的には会うことがなかった。
「いつかは同じ忌み数を背負った2人とも会って話がしたい。」
と、しほりは思っていたが蝶華は戦闘の最前線に出る自分とは立ち場が違いすぎるし、恋夏は恐ろしい戦闘狂で怖い子だと風のウワサで聞いている。
…そうなると、なかなか自分から会いに行ったり会わせてほしいと機関の人間にいうことはできない。これまで向こうからも会いたいという声が上がらない、ということは、しほりと会ったところで残りの二人もとくに何の得も無いのだ。
しほりは地下まで降りてきた貨物エレベーターで、今度は地上へとまっすぐ戻った。
トレーニングルームは機関の地下中腹にあるのだが、しほりはふと壱湖のことを思い出し壱湖のいる病棟へ行こうと思った。そのまま地上を歩き病棟につくやいなや、しほりはまっすぐ病棟のエレベーターへ向かった。魔法少女の治療室はこれまた地下にあるため、その棟のエレベーターに乗らなくてはならないのだ。
エレベーターに向かう途中、しほりは誰ともすれ違わなかったことに気付いた。いつもなら少なくても2,3人の研究員とはすれ違うのに。
病棟のエレベーターで地下に潜り、とりあえず目の前にあった処置室へと入ることにした。中には研究員の菊森と清水、そして横たわった大きなソラマメ状のカプセルの中に壱湖が眠っていた。しほりは「ビンゴ!」と思った。しかし、研究員がいる手前、ずかずかと部屋に入っていくことはできなかった。
「あらぁ、しほり。今日はどうしたの。」
菊森はカルテを片手ににこにこと愛想よくしほりに近付いた。
「壱湖、具合どうなのかなって。」
しほりはもじもじと話し、入り口で突っ立たまま敷居を跨げないでいた。しほりはその場でちらっと部屋奥のカプセルを見た。蓋が濃いグレーがかった半透明でうす暗いが、カプセルの中で壱湖はぐったりと眠っているようだった。
「壱湖ちゃんなら大丈夫よぉ。なんにも心配いらないわ。」
「…けど、入院するとき、すごい怪我だったし。…それに記憶もないみたいだし。」
菊森はにこにことした表情のままうなづき、しほりに近付いてきた。しほりは一定の距離を保ったまま菊森の動向を眺めていた。しほりと清水はそこそこはなすが、菊森とはあまり話したことが無かった。
「しほりは壱湖のこと好きね。けど、ケガは完治してるし。記憶も、治療はうまくいってる。心配するようなことは何にもないのよ。」
大丈夫大丈夫と、菊森はしほりの丸まった背をぽんぽんと叩いた。
菊森が自分の身体に触れる度にしほりは肩をビクっと揺らした。あまり人に触られることもないので非常の驚くのだ。
「そんなことより、しほり、勉強はしてるの?最近授業来てないって聞いたけど…。」
菊森はいじわるそうな顔になって、しほりのことを見た。図星だったしほりはこわばっている背をより縮ませ「うぅ…。」と痛いところを突かれた時に出るうなり声をだした。
「忙しいのもわかるけど、時々は勉強会にも顔を出して、お友達と喋って頭も動かしてね。」
しほりたち魔法少女は14~18歳ごろのの少女ばかりで、みんな"一応"勉強をする場が設けられている。機関の施設内に勉強用の教室がある。好きな時間に好きなように勉強をしていいとのことで、希望すれば講師を呼んでマンツーマンの塾形式にもなる自由形式の施設だ。しかし、しほりはどうにも"勉強"というものが肌に合わず、あまりその部屋には足を運べていないのだった。
菊森に勉強会の不参加について指摘され、しほりはその場に居辛くなりそそくさと部屋を後にした。しほりは後ろ目に壱湖を見たが、カプセルの中の壱湖は寝ているのか死んでいるのか、判別がつかなかった。
「…菊森、そんな追い出すような真似しなくてもいいんじゃないの。」
清水がカルテになにか書き込みながら、顔も上げずに菊森に言った。
「しほりは変化に聡いから、壱湖の変化に気付かれても厄介だと思ったのよ。勉強してほしいのも、確かだしね。」
菊森はにこにこと笑顔を絶やさず、デスクに戻りパソコンをいじりながら返事する。清水は壱湖の眠るカプセルを眺めた。
しほりは、処置室のカプセルの中で眠る壱湖の顔を思い出していた。
とても安らかに眠っているようだったけど、明らかに違和感があった。眠っているよりも、置いてある。というが表現が正しいような気がする。どうにもカプセルの中にいた壱湖は息をしていなかったようにしほりは感じていた。清水と菊森の行っている記憶の治療は、どういったものなのかしほりは疑問に感じていた。
しほりは壱湖のことが好きだ。特にしほりは慈悲深いタイプというわけでもないのに、壱湖に危険があったら守りたいと思うし、困っていたら助けたい。それくらい、純粋に好きなのだ。
壱湖はここ最近機関に加入した少女だ。一番新人の魔法少女である壱湖にしほりはあまり近寄らないようにしていた。…他の魔法少女たちから忌み数は理由なく距離を置かれているからだ。
特に、4番を背負っているしほりは「一緒にいると縁起が悪い。」「不幸になる。」と、だれが言い出したかわからないウワサが機関内では横行していた。その噂によってしほりは機関内ではほぼ孤立してしまっている。しほり本人もその噂を鵜呑みにしてしまっている部分があり、他の魔法少女に自分からも近寄らないのだ。
壱湖もきっと、この機関に入ったとき噂は耳にしていたはずだ。女の子ばかりの機関の悪いところは、【いい話】も【悪い話】も、すぐにまるでハヤブサのように広まってしまうところだ。
それでも壱湖は、しほりに普通の友達と話すように話しかけた。気を遣っているわけでも、興味本位でおそるおそる話しかけてくるわけでもなかった。しほりはそのことがすごくすごく嬉しかったのだ。
それからというもの、しほりからも壱湖には話しかけるようになった。能力の相性も良かったため共に戦闘へ参加することも多かった。
昨日あった戦闘で、壱湖はしほりの目の前で背中を大きく裂かれ倒れた。しほりは治療ができない。殺す能力にしか恵まれなかった。敵の討伐が最優先事項のしほりは倒れる壱湖をそのままに戦闘へ戻り、その間に壱湖はしほりの知らぬ間に機関の病院へ運ばれ、冒頭へ戻る。というわけだ。
壱湖のけがは、自分のせいだとしほりは思っていた。そして、自分は壱湖を見捨てたのだと毎日しほりは自分を責めた。せめて、戦闘が始まってすぐにでも敵の息の根を止めていれば、壱湖はけがをせずに済んだ。あの日の謝罪がしたい。と、しほりはずっと思っていた。なのに、退院し会いに行った壱湖は記憶をなくしてしまっていた。
はやく記憶が戻ればいいのにと思う反面、記憶が戻ってしまったらもう前みたいに話しかけてもらえないんじゃないかと、しほりは少し不安に思っていた。
――しほりの願いは、壱湖がもう痛い思いをしなくていい、怖い思いをしなくていい、壱湖が戦わないようしたいと、思っていた。しほりは病棟のエレベーターの中、ひとりこぶしを握り締めた。
しほりのミスで壱湖は痛くて死ぬ思いをして、何か月も入院する羽目になった。そして果てには記憶まで無くしてしまったのだ。壱湖は後方支援型の魔法少女であり、戦闘に立つしほりが守ってやらなくてはいけなかった、と言うのに。
しほりは強く、強く強く自分の手を握る、豆ができごつごつと皮膚の厚くなった少女らしくない掌に、自分の爪が刺さるのを感じた。
その日のトレーニングを終えたしほりは、まっすぐ自宅に戻り刺繍にいそしんでいた。ちくちくと針を刺している間は無心になれてとても好きな作業だった。
自宅に戻り、刺繍を開始してまだ10分も立っていないころだった。しほりの通信機が音を立てた。魔法少女全員に配られているスマートフォン型の通信機だ。しほりのものは宝石を模した形で、色合いは紫がかった黒であった。通信機をポケットから取り出し、耳元に当てると自動で通話が始まった。
「しほり、北区に敵襲。他2名魔法少女を向かわせてる。今からすぐに向かって。」
業務連絡が終わると、しほりの返事も待たず研究員は連絡を切った。ブツ切りされた通信機をしほりはしばらく見つめていた。重い腰を起こし机の上に広がった刺繍のセットをテキパキしまうと、しほりは戦闘服に着替えた。
戦闘服といってもがちがちの鎧などではなく、ひらっとしたゴシック風の紫色のワンピースだ。かわいい見た目に反して、機関が作った特製の布を使用しているので溶けたり焼けたり裂けたりする心配のない完璧な戦闘用人工布でできているのだ。
玄関に立てかけてあったぼこぼこの金属製の釘バットを手に、しほりは指定された北区へ向かって家を出た。
しほりが指定された場所へ到着すると、地面を食んでいる人型の肉塊がいた。他に向かわせると言っていた魔法少女の姿は、しほりがあたりを見渡したところいなかった。しほりと一緒に出動だと聞くと"エスケープ"してしまう魔法少女が多い。なぜならほとんどしほり一人で肉塊を殲滅してしまうことが多く、時間の無駄だとみんな足を運ばないのだ。
人型をした肉塊はところどころ皮膚がただれたようにとろけており、辺りには腐臭が漂いハエがぶんぶん飛び回っていた。肉塊は小学生くらいの少女ほどの体格をしており方から伸びた細い腕を地面にぬるぬると滑らし、割れたコンクリートの地面を拾い上げ次々と口へ詰め込みごりごりよ音を立てて食んだ。
肉塊の少女の背後には一枚の薄いエレガントな装飾が施された扉が出現していた。道の真ん中に突然扉がある状態で、さながらドラえもんのどこでもドアのようだ。これは蝶華が遠隔で作った結界、敵と戦うフィールドへとつながる扉である。
しほりはとりあえず肉塊を扉の中にぶち込もうと考えた。丁度、肉塊は扉と直線の位置に立っていたため、しほりは敵に向かって木を投げた。突然木を投げたといっても混乱すると思うが、しほりは怪力で街路樹を引き抜き、それを宙人に向かって投げたのだった。しほりの思惑通りに肉塊は扉にたたきつけられ、勢いよくエレガントな扉は壊れた。そして宙人はそのままガクンと室内へと落ちていった。
しほりは扉に近付き、扉の中を覗いた。入ってすぐ断崖絶壁になっており見ると3メートルほどの高さがあった。目を向けると多少体の崩れた肉塊の少女が崖下で蠢いていた。
しほりがぴょんと軽い足取りで崖下へ跳び入ると、肉塊の少女はしほりを認知し大きな咆哮をあげた。髪を逆立て、全身の毛穴からは湯気のような煙をあげていた。四つん這いになりしほりを睨みつけているようだった。
この"敵"のことを機関の人間は『
事前に駆除することも発見次第可能だが、孵化時期が卵によってバラバラなため、卵の時期に駆除しきれなかったものや地球へ落ちてくるまでに孵化してしまったものなどは魔法少女の討伐が必須になる。
宙人は、はじめはぐずぐずの溶けた肉塊のような姿だが、時間を追うごとに人型に近付く。完全な人型に近いほど腕力があがり、魔法少女に似た神通力を使うものもあらわれる。動きも俊敏になるため少しでも育つと討伐が厄介になる。
はじめは郊外で自身の成長を待つようにひっそりとしているが、ある程度育つと魔法少女の集まる街、機関に向かって歩き出す。その間に人間と遭遇するようなことがあれば襲われ、殺されることも多い。
今、しほりの目の前に立つ肉の塊の寄せ集めのような少女も、ほとんど人の姿に近い。サイズ自体130センチほどで小さいが、討伐するのにしほり一人では心許なかった。
目の前の宙人は今すぐにでも討伐をしなくてはならなかった。このまま待っていても他の魔法少女がやってくる気配はなかった。しほりは少し沈思した。そして一人で討伐することを腹に決め腕に力を入れると、持っていた金属製の釘バットは色が変わり、湯気が出るほど熱を持ち始めた。
このバットは機関の頭脳を費やした特別製で、しほりが筋肉増強の能力を使用する際に放出される熱をいっぺんに保持できるつくりになっている。最大で200度以上になる。宙人の身体はほとんど脂肪でできており、その脂肪の融点は100度前後であることが分かっている。そのため、しほりの釘バットは宙人を溶かすことが可能である。
しほりは腕の血管がちぎれるような感覚を覚えたが、腕に力を込め続けた。一人で人型の宙人を倒さねばならない。人型は生まれたてのものと比べ固く、戦闘特化のしほりでも骨の折れる相手なのだ。
とりあえず、しほりは3発ほど宙人をバットで殴った。顔面と首、肩口あたりを殴った。殴った部分は音を立てて溶け、宙人の首はぶらりともげた。
しほりはスプラッタやグロテスクなものが苦手だったので、潰れた宙人をみて「おえ、」と、思ったが見ずに済むにはこいつを消すしかないのだ。とりあえず形がなくなるまでしほりは宙人を殴り続けることにした。
この宙人は人型の割にそこまで固くなかった。もう一度振りかぶってしほりが本気の力をもって殴れば、頭からつぶせるだろうとしほりは思った。しかしながら、宙人の折れた首元から大量の触手が伸び、しほりの手首を縛った。しほりは現在歩く筋肉と化しているので、触手を千切るのは容易かった。しかし、引き千切った後に手首は焼けるような痛みが残った。手首を見るとくっきりと触手の跡がついており、自分の皮膚が焼けただれていることが確認できた。
しほりは一気に後方へ飛び宙人と距離をとり、自分の胸元にあったリボンを外した。そして焼けただれた自分の右手首とバットが離れないようきつく縛った。
宙人のつぶれた部位から無数の触手がうねうねと伸び、しほりを探しているようだった。しほりは跳ねるように宙人に近付くと、全力で何度も宙人を殴った。殴る間に何度か触手で全身をぶたれたが、大したことはなかった。そしてしほりは拳を作り、宙人の胸部に腕を突き刺した。そのまましほりは体内で製造した対宙人用の毒を宙人の体内に注入した。
宙人はしほりに注入された毒の作用で破裂した。宙人の肉片が辺りに飛び散る。
しかしこれで死んだわけではない。宙人は体内の中心部にある宝石、"コア"と言う部分を破壊しなくては死亡しない。しほりはぎらっと視界に入ったピンク色の宝石であるコアを見逃さなかった。コアはぎらぎらと光り、脈打って必死にしほりから逃げようともがいていたが、しほりのスピードに敗け、わしづかみにされそのまま潰れてしまった。コアを潰された宙人は大きな音を立てドロドロに溶けた。しほりは自分にかかった肉片や、宙人の淡いピンク色の血液をぬぐった。ぬぐった部分の皮膚が多少溶けていたが、特に痛みはなかった。
しほりは宙人の絶命を確認すると飛び上がり、結界の部屋から出た。宙人に殴れた際に脳震盪を起こしたのか、地上に着くと少し視界が歪んだ気がした。とりあえず機関へ報告するために通信機器をポケットから取り出した。しかし、通信機器はうんともすんとも動かなかった。宙人に全身のあちこちを触手で打たれた際に、通信機器は破壊されていたようだった。
しほりは少しいらだった。そのまま手に力を入れると通信機器はぐしゃりと潰れた。ぐしゃぐしゃになってしまった機械部品をもう一度ポケットに突っ込み、しほりはしぶしぶ機関まで歩いていくことにした。本来なら機関の人間が迎えに来たと称して死んだ宙人の検体を回収し、同時に自宅まで魔法少女は送ってもらえるのだ。
「通信機器壊すのこれで6回目…。さすがに怒られるかな…。」
しほりは不安に思いながら、怒っている清水の顔を想像した。
「…怒られるのはいくつになってもいやだな。」
と、しほりは思った。
いやだいやだと思いながら、しほりは報告義務を果たすために機関に向かって歩き出した。
EP2 了
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