借り物競走(過去編)ー③

「お、お題はあとで話す。……取り敢えず俺と一緒に来て、日比谷」


 俺は頬に朱を注ぎながら、荒ぶる心音を宥める。


 恥を押し殺して、日比谷に手を差し伸べた。


「え、わ、私ですか?」

「う、うん……。日比谷に来てほしい」


 視線の雨が俺たちに集中砲火する。

 すっかり喧騒に包まれているが、気にしている余裕はなかった。


「お兄、どういうこと? お題なんなの?」


 日比谷の隣で大人しくしていた美咲が、困惑混じりに聞いてくる。


「そ、そうですよ。お題を教えてください!」

「うっ……それは……」


 タイムリミットは刻一刻と迫っている。

 さっさと日比谷を連れ出してゴールしないと。


 歓声が上がっているせいで、ここに日比谷がいるってバレてるし……。

 ウカウカしている時間はない。


「答えてよ、お兄。てか、わたしじゃダメなの?」


 美咲が悠長なことを言ってくる。

 お題の性質上、美咲と一緒にゴールしても問題ない。


 だが、俺は日比谷を誰かに連れてかれたくなかった。


 と、野次馬が口を挟んでくる。


「しかし、マジでお題に『好きな人』って混ぜられてんだな」

「な? いやー、借り物競走だけはやらずに済んでよかったわ、ホント」

「でもこれって、告白のチャンスよなー」

「わかる。俺も青春してー」


 あ、おい、余計なことを……! 

 日比谷はかぁぁっと頬を上気させると、忙しなく両手を擦り合わせた。


「……ど、どういうことですか? 涼太くん」


 もう言い訳してる余裕はなさそうだ。

 俺はゴクリと生唾を飲み込むと、恥も外聞もかなぐり捨てて。


「どうもこうも、お題を満たしてんのが日比谷なんだ。だ、だから、俺と一緒に来て」


 日比谷は耳や首まで真っ赤に染めると、俯き加減に。


「は、はい……私でよければ」


 日比谷が俺の手を握ってくる。

 それを合図に、俺は日比谷を連れてゴールに駆け出した。


 周囲から黄色い歓声やら、野次やら色々なものが飛んでくる。

 けれどもう止まる気はなかった。


 ゴールテープを切り、俺は一位通過する。


「あ、ありがと、日比谷。協力してくれて」

「い、いえ、それよりその、私が涼太くんのお題に満たしてたっていうのは……」


 日比谷はチラチラと俺を見ながら、躊躇い気味に切り出してくる。

 俺は心臓がヒュッと竦む感覚を覚えて。


「も、もちろん、幼馴染としてって意味だから! 幼馴染として『好きな人』だから、お題に適してたっていうか、とにかく変な意味じゃないからな⁉︎」

「…………」


 慌てて弁解する。

 と、日比谷の赤かった顔が急速に冷えていった。


 唇を突き出して、なぜか不満そうだ。


「え、どうしたの?」

「いえ、別に」

「なんか言いたげじゃん」

「涼太くんは結局、涼太くんですね」

「なんだよそれ」

「……私は涼太くんだから、借り物になったんですからね」

「どういう意味?」

「知りません!」


 走って軽い酸欠状態になっているせいか、頭がうまく回らない。

 何はともあれ、借り物競走は終えられてよかった。ちなみにこの後、俺はえらく嫉妬され目の敵にされるのだが、それはまた別の話だ。

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