借り物競走(過去編)ー②

 借り物競走は、赤組白組から各二人ずつレーンに立ち一位を競う。


 参加者は全部で四十名。要するに、全十レースあるわけだ。

 そして俺は六レース目に出走することになっている。


 聞いたところによると、この借り物競走だけは絶対に参加したくないとお墨付きがあるようだ。


「な? 知ってるか?」

「ん?」


 自分の番がくるまで待っていると、一緒に出走予定の男子が声を掛けてきた。


 名前は知らないが、赤組なので仲間である。


「この借り物競走、『好きな人』って書かれた紙が毎年混じってるらしいぞ」

「本気で言ってる? それ」

「そう。しかも今年は、どこか一レースのお題が全部『好きな人』になってるって話だぜ」

「ま、まじか」


 知りたくない話だった。

 そんなセンシティブなお題を作るとか、時代錯誤も甚だしいな……。


「そっ。万に一つ、そのレースに当たったらどーするよ?」

「どうするって……」

「好きな人だよ。あ、俺? 俺はねえ、やっぱ日比谷さんかなあ」

「ひ、日比谷⁉︎」


 俺は柄にもなく大声を上げてしまう。

 周囲からいくらか注目を集めるが、それどころではなかった。


「あ、もしかしてお前も日比谷さん狙いだった?」

「い、いや、狙いというか、日比谷は俺の幼馴染だから」

「おさな、なじみ?」

「ああ。だからそれでちょっと驚いて」

「……そうか。お前が早坂涼太か」

「え? なんで俺の名前知って──」

「──死んでも負けねえ」


 いや、俺たちが競い合ってもしょうがないんですけど。同じ赤組なんですけど。

 途端、さっきまでのフレンドリーな空気が霧散する。


 やる気を漲らせ、ありありと敵対心を剥き出しにしてきた。


 ……そう、だよな。

 日比谷を狙う男子は多いんだ。

 だから、幼馴染として日比谷と距離が近い俺を目の敵にしてるのだろう。


 もしかすると、俺はこの学校内で相当数の敵を作っているのかもしれない。

 まだ出番まで余裕があったため、日比谷が借り物競走のお題として、他の男子にゴールまで連れていかれる姿を想像してみる。


 くそ、ムシャクシャする……。


 なんだこれ。ただの幼馴染なのに、なんでこんな胸の中がモヤモヤするんだ。


「次、六レースの人」


 そうこうしている内に、出番がやってくる。

 取り敢えず、今はレースに集中しよう。


 ──バンッ


 空砲が青空目掛けて放たれ、俺たちは一斉に走り出した。


 百メートル先にあるお題の書かれた紙まで一直線で向かう。


 先に到着した人からお題を選べるシステムだ。

 俺は二番目に到着する。最初に着いたのは、俺に敵意を剥き出しにしてきたアイツだ。


 しかし彼は、お題の書かれた紙を取らずに呆然としている。なにしてんだ? 


 だが、その理由はすぐにわかった。


「……マジか」


『好きな人』と書かれた紙が四枚置かれている。

 同じお題のためどれを取っても変わらないが、レースに参加した全員が机の前で立ち尽くしていた。


「おーっと⁉︎ 全員硬直! これはまさか、あのお題を引き当ててしまったかあ⁉︎」


 実況の騒がしい声が、観客の熱気を引き上げていく。


 だが現場は、お通夜みたいな空気だった。

 事前に聞いていたとはいえ、いざ目の当たりにすると、えげつないお題だ……。


「ど、どうすんだよこれ……」

「やるしかねえだろ……」


 内輪で話し始める白組の二人を横目に、俺は頭をフルで回転させる。

 こうなった以上、足踏みしていても埒が明かない。建設的に、この場を乗り切る方法を考えるべきだ。


 俺の好きな人──好きな人、か──。


「お前だれいくんだよ?」

「え? そんなん日比谷さんしかいなく──ちょ、おま、抜け駆けしやがった⁉︎」


 俺は一足先にお題の紙を取る。

 抜け駆けも何もレース中である。硬直状態にあったさっきまでがおかしいのだ。


 大勢の観客がいる中で日比谷を探すのは容易じゃない。けれど俺は、日比谷の位置を知っている。


 事前にどこにいるか共有しているからだ。

 卑怯と言われればそれまでだが、これも作戦の一つである。


 だが、俺は日比谷がいる方とは正反対に向かった。


 理由は至って単純。

 競争相手が俺の後をついてきたからだ。


 目的の場所に素直に向かったら、日比谷の場所がバレてしまう。


 俺は二十メートルほど全力で走ると、徐々に動きを緩めていく。


 彼らは怪訝そうに俺を見つめるが、日比谷を探してそのまま直進していく。 

 踵を返すと、日比谷がいる場所へと向かった。


「──あ、涼太くーん!」


 日比谷が、俺の名前を呼んでくれた。周囲から期待やら嫉妬やらを含んだ視線を浴びる。


 日比谷はまだお題の内容には気付いていないようだ。


「お題はなんでした?」

「お、お題はあとで話す。……取り敢えず俺と一緒に来て、日比谷」


 俺は頬に朱を注ぎながら、荒ぶる心音を宥める。


 恥を押し殺して、日比谷に手を差し伸べた。

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