キスをしたいと迫ってくる

「キス、してくれないんですか?」


 最近、沙由が事あるごとにキスをせがんでくる。


 恋人なのだから、キスの一つや二つしたっておかしくないのだけど。


 ヘタレの俺にしてみると、十二分にキャパオーバーしているわけで。

 キスに対するハードルは依然として高いままだった。


「そ、そういうのは、然るべき時にした方が──」

「今がその然るべき時だと思います!」


 俺の声を遮り、沙由が凛とした口調で反論してくる。


「ち、違うと思うな……」

「涼太くんは奥手すぎますよ。もう少し肉食になってください」

「うっ……難しい要求だな」

「あ、でも、私に対してだけですからね。他の女の子に手を出そうとしたら許さないですから」


 沙由はピンと人差し指を立てながら、釘を刺してくる。


 俺は首筋のあたりを掻きながら。


「それは絶対あり得ないって」

「でも涼太くんって私の知らない間に、女の子と仲良くなったりしますからね。要注意なんです」

「いや、仲のいい女の子は沙由だけだよ」

「そ、そういうこと言えばいい訳じゃないんですからね。まったく」


 沙由は頬に朱を注ぐと、そわそわと両手を合わせる。

 口ぶりとは裏腹に嬉しそうだった。


 沙由はひとしきりモジモジしてから、再び俺に視線を向けてくる。


「話逸れましたけど、キスですキス」

「……やっぱそこに戻るのか」


 あわよくば、このまま有耶無耶になってくれればと思ったのだけど。


「どうしてもしてくれないなら、私には奥の手だってあるんですからね?」

「奥の手って……」

「はい、これです!」

「やっぱそれか」


 沙由はふわりと微笑むと、俺が昔あげた『なんでも言うコト聞く券』を見せてくる。

 俺に対して効力のある代物であり、これを使ってお願いされたら言うことを聞かなくてはいけない。


「私は、涼太くんとキスしたいです。涼太くんは、私とキスするの嫌ですか?」


 不安を瞳の中に宿しつつ、優しく投げかけるように聞いてくる。


 ったく、ダメだな俺は。

 ここまでカノジョにさせないと行動できないなんて、ヘタレすぎる。


「嫌じゃないよ。嫌なわけない」

「そ、そうですか。よかったです……」


 照れ臭そうに視線を落とす沙由。


 俺は椅子を引いて立ち上がると、彼女の隣に向かった。


「じゃあ、えっと、目つむって」

「は、はい」


 沙由は肩に力を入れると、まぶたをそっと落とす。


 こうして改まってキスをするのは初めてかもな。


 リビングは閑古鳥が鳴きそうなほど静まり返っていて、時計の秒針が進む音が如実に聞こえてくる。


 俺は沙由の肩に手を置くと、一気に距離を詰めた。


 時間にしては五秒くらい、だろうか。

 心拍が上昇しているせいか、息がすぐに切れて、呼吸のために離れる。


「……こ、これでいい?」

「は、はい。満足しました」


 沙由はすっかり赤くなった顔で、身を縮こめていた。


 普段はグイグイ迫ってくるくせに、受け身になるとこれである。


 いつの間にか、リビングはサウナみたいに暑くなっている。


 居た堪れない。

 付き合い始めてから一ヶ月が経とうとしているのに、慣れそうにないな。



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 シソ先生のイラストが見れるという点において、この試し読みには存分に価値があると思いますので、お時間ありましたらぜひ。


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