温泉旅行なんて認めない

「温泉……旅行?」


 煌びやかな封筒を眺めながら、美咲は訥々と呟く。


 わずかな静寂が流れた後、俺の隣にいた沙由が血相を変えた。


「み、美咲ちゃん。勝手にこの家のものに触らないでください」

「ちょ、いきなり奪わないでよ。てか、ここはわたしの家でもあるから! むしろ部外者なのはそっちだからね!」


 美咲からひょいと手際よく封筒を奪う沙由。


「てかそれ、どうゆうこと。まさか、お兄と行くとか言わないよね?」


 沙由に向かって聞いているが、美咲の視線の矛先は俺にも向いていた。


 このまま言い逃れるのは難しいだろうな。


 苦虫を噛んだような顔をする沙由を傍目に、俺が説明する。


「沙由が福引で当てたんだよ、それ」

「へぇ。てか入手方法じゃなくて、一緒に行ったりしないよね? って確認してるんだけど」

「……一応、一緒に行く予定だけど」

「そ、そんなのわたし認めないから!」


 美咲はほんのりと頬を朱色に染めると、声高にぶつけてくる。


 美咲は、俺と沙由が付き合っていることをよく思ってないからな……。


「別に認めてもらわなくて結構です。まったく、涼太くんとの楽しい旅行の予定に水を差さないでください」


 プイッとあさっての方を向きながら、沙由はツンケンした物言いをする。


「いきなり同棲始めたかと思えば、今度は温泉旅行って……爛れすぎだから」

「いいじゃないですか。私と涼太くんはお付き合いしてるんですし」

「自称でしょ!」

「公認です!」


 視線を交錯させ、火花を散らす両名。


 再三になるが、ここまで仲がこじれていると手のつけようがない。

 好きの反対は無関心って言うし、どうにか良好な関係に戻す方法はあると思うんだけれど、生憎とその手段が俺には思いついていなかった。


 美咲は沙由から視線を外すと、すっかり放置されていたアリスの元に向かう。


「ごめん、アリス。一回帰ろ」

「へ、あ、うん」


 美咲に手を引かれ当惑しながらも、後をついていくアリス。


 去り際、美咲は一度俺の方に振り返ると。


「また来るから。絶対、温泉旅行なんてさせないんだからね」


 捨て台詞のように吐き捨てて、リビングを出ていった。


 美咲とアリスがいなくなり、静まり返るリビング。

 沙由は俺の隣にやってくると。


「はぁ、相変わらず美咲ちゃんは、私に突っかかって来て大変です」

「そう、だな……。俺としては二人には仲良くしてほしいんだけど」

「別に、私だって喧嘩したいわけじゃないですよ」

「そうなの?」


 まぁ、好きで喧嘩するのもおかしな話だけれど。


「はい。向こうがいつもやっかんでくるだけです」


 それはどうなんだろうか。

 どっちもどっちな気がしてしまうけど……。


「私だって仲良くできるならその方がいいです。涼太くんと結婚した暁には、美咲ちゃんは私の妹になるわけですしね。義理の妹とギクシャクしたくないじゃないですか」

「……そ、そうな。まぁ、結婚した場合は」


 ホント、沙由は簡単に結婚とか言ってくるから困る。


 そりゃ、今のところ沙由以外の誰かと付き合う予定もなければ、結婚したい相手もいない。このまま順調に進んでいけば、本当に結婚するかもしれない。


 ただ今の俺には荷が重すぎる案件だな。


「さて、美咲ちゃんもいなくなったことですし、夕食の続きをしましょうか」


 沙由はニコリと口角をあげると、椅子に座る。


 彼女に続いて、俺も隣の席に腰を下ろした。


「涼太くん、あーんっ」

「ま、まだやるのそれ」

「当たり前です。むしろなんでやらないんですか?」

「一人で食べた方が効率的、だし」

「効率なんて気にしても仕方ないです。ゆっくり食事の時間を楽しめばいいじゃないですか」

「そ、そうだけど」

「ほら口開けてください、涼太くん」

「お、おお」


 沙由にオムライスを食べさせてもらう。


 結局この日は皿が片付くまで三十分以上かかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る