妹とカノジョが険悪すぎる

 美咲が帰ってきた。

 ふらっと思いつきで旅行に行ったり、友達の家に泊まったりと自由奔放な妹だから、こうして突発的に帰ってきたことに大きな驚きはない。


 ただ、俺はポカンと口を開けていた。


 今日の帰宅途中、俺とぶつかった女の子がそこに居たからだ。


「「あ」」


 長く伸びたブロンドの髪。

 瞳は青く澄んでおり、肌は少し心配になるくらい白い。


 日本人離れした美形で、お人形のような精巧さがあった。


 中学生、くらいだろうか。

 背丈は低く、あどけない印象を受ける。


 彼女と再会するとは露ほども考えていなかったため、中々に驚きがあった。


「え、お兄とアリスって知り合い?」


 俺と、金髪少女(アリスと言うらしい)の顔を見比べて、美咲が戸惑い気味に訊ねてくる。


 アリスは美咲の服の袖をクイクイと引っ張ると、耳打ちを始めた。


「──あの人と、ぶつかったって……え、今日ぶつかったのって、お兄だったの……そう、なんだ」


 その様子を眺めていると、今度は俺の服の袖が引っ張られる。


 見れば、ぷっくらと不満げに頬を膨らませた沙由が恨めしそうにコチラを見つめていた。


「どういうことですか、涼太くん。また私の知らないところで、勝手に女を作ってきたんですか」

「ご、ごほっ、こほっ」


 誤解しか生まないような物言いに、咳き込む俺。


「本当に、涼太くんは油断なりませんね……」

「いや、なんか盛大に誤解してないかな」

「じゃあ、納得のいく説明をしてください」

「彼女とは、今日の帰りに道でちょっとぶつかったんだ。ただそれだけ。特になにもないよ」


 正直に打ち明ける。


 隠す内容ではないし、沙由の信頼をなくすような真似はしたくない。


「本当ですか? 実は、裏でデキてるみたいな……」

「ないない」

「でも私はどうしても心配です」

「そう言われてもな……。信じてもらうしか」

「じゃあ、沙由愛してるよって言ってくれませんか」

「な、なんでそうなるんだよ」

「言われたいからです」

「……さ、沙由愛してるよ」

「えへへ」

「ったく」


 沙由はすっかり機嫌を治すと、俺に身を寄せ肩に頭を乗せてくる。


 ふわりと甘い香りが漂う。

 それと時を同じくして、凍てつくような視線が俺の首筋を刺してきた。


「ねぇ、そこのバカ二人。ベタベタするのやめてもらっていいかな」


 ひどい呼ばれようだった。


「バカ二人ですって。一体どこにいるんですかね、そんな人たち」


 すっ惚ける沙由。

 美咲の視線が痛い。美咲はこちらに近づくと、俺と沙由の間に身体を滑り込ませてきた。


「わっ、いきなり何するんですか! イチャイチャしているのが羨ましいなら、素直に羨ましいって言えばいいじゃないですか」

「べ、別に羨ましくなんかない! 誰がお兄なんかと……」

「涼太くんとなんて一言も言ってませんが。どうして、涼太くんとイチャイチャするのが前提なんですか?」

「ほ、ホントムカつく!」


 美咲は真っ赤に顔を染めて咆哮する。


「い、一旦落ち着けって」


 俺は席を立つと、二人の仲裁を開始する。

 美咲はムスッとした表情のまま。


「わたしは落ち着いてるから。あ、ごめんねアリス。一人にしちゃって」

「う、ううん。だ、大丈夫」


 美咲は少しだけ冷静さを取り戻す。


 沙由は一呼吸おくと、席を立って真面目なトーンで切り出した。


「それで美咲ちゃん。急に帰ってきた理由、ちゃんと教えてもらっていいですか」


 美咲はムッと唇を前に尖らせると。


「この子、凄い人見知りなの。特に異性に対してはその色が強くてさ。だからお兄で耐性つけてもらおうと思って」

「涼太くんの恋人候補を連れてきたって訳じゃないんですね?」

「うん。ま、わたしからすれば、お兄とアリスがくっ付いてくれればアリスと家族になれるし万々歳だけどね」

「あ、生憎ですけど、将来的に私が美咲ちゃんのお姉ちゃんになりますからね」

「絶対お断りなんだけど!」

「昔は、私のこと『沙由姉さゆねえ』って呼んでたくせに」

「む、昔のこと掘り起こすの禁止! そんなの時効だから!」


 美咲と沙由は再び言い争いを始める。


 二人の様子に、アリスはただただ困惑しているみたいだった。

 おろおろと目を泳がせて、どうしたらいいのか困っている。


 美咲は赤く染まった顔を隠すように、あさっての方を向く。


 不機嫌さをありありと覗かせながら。


「とにかく、そういうことだから。お兄にはアリスの人見知り克服を手伝ってほしいの」

「いや、そう言われてもな……」


 アリスが人見知りなのは、今日が初対面の俺にでもわかる。


 男が苦手なのも本当だろう。

 俺と目が合うと、肩を上下させて即座に視線を逸らしてしまう。


 しかし人見知り克服の方法なんてわからない。

 そもそも俺自身、コミュ力が高い方ではないからな。


 どちらかといえば、人見知り側の人間である。


 と、アリスは美咲にだけ聴こえるように、ポツリと。


「あ、あたしなんかのために……申し訳ないよ」

「大丈夫だって。お兄、ああみえて面倒見いいから。それにほら、わたしと血が繋がってると思えば、多少は気が楽じゃない?」

「確かに、そうだけど……」

「でしょ」


 こちらからでは会話の内容がうまく聞き取れない。


 置いてけぼりを喰らっていると、沙由が一歩前に出て美咲に目を向けた。


「事情はわかりましたが、それ涼太くんじゃないとダメなんですか?」

「うん。ダメ」

「涼太くんは私とのイチャイチャで忙しいんです。その点を考慮してもらえませんか」

「は? イチャイチャで忙しいとか意味わかんないから。てか、お兄にベタベタするのやめてって言ってんじゃん」

「学ばない人ですね。私と涼太くんはお付き合いしてるんです。恋人同士というのはイチャイチャしていないと、ストレスで死んじゃうんです」

「そんなわけあるか!」

「ですよね? 涼太くん」


 沙由が俺に話を振ってくる。


 妙な設定を付け加えられ、俺がたじろいでいると、美咲の頬がヒクヒクと疼いた。


「いつからお兄はそんな欠陥生物になったわけ?」

「な、なってねぇってば」

「え、涼太くんは私とイチャイチャ出来なくなっても大丈夫なんですか?」

「……そ、そうは言ってないだろ」


 庇護欲を誘う顔で沙由に迫られ、俺は今にも消え入りそうな声で呟く。


 美咲の表情に影が差し込んだ。


「お兄、ほんっと……馬鹿みたい……」


 心底不満そうに、呟く美咲。


 この空気をどうしたものかと思案していると、バタンッと物が倒れる音がした。


 そちらを見れば、あわあわと身振り手振りで動揺を現しているアリスの姿があった。


「……ご、ごご、ごめん、なさい」

「大丈夫? アリス」


 収納ケースの上に置いていたものを、アリスが落としてしまったらしい。

 ……というか、アレって──。


「あ、それは!」


 半秒遅れて、沙由もその正体に気づく。


 けれど、美咲がそれを手に取る方が早かった。


「温泉……旅行?」


 美咲は煌びやかな封筒を手に取ると、達筆な字で書かれた文字を怪訝に読み上げた。

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