妹に、カノジョといちゃついている場面を目撃された件

「はい、あーん」

「あ、あーん」


 夕食の時間。

 沙由が作ってくれたオムライスを、俺はあーんして食べさせてもらっていた。


 腕を怪我した的な、身体的な負傷は一切ない。


 単に、俺たちカップルの偏差値が低いだけである。


「あとは自分で食べれるから」

「なに言ってるんですか涼太くん。遠慮しないでください」

「え、遠慮というかだな……」

「ここにいるのは私たちだけですよ?」

「そ、そうだけどさ」

「いっぱいイチャイチャしたって、誰の迷惑にもなりません。あーん」


 ふわりと微笑みながら、沙由は再び俺の口にオムライスを運ぶ。


 ちなみに、席配置は俺の右隣に沙由が座っている。

 あーんをしやすくするためである。


「てか、俺ばっか食べてるじゃん」

「そうですね。じゃあ今度は、涼太くんが食べさせてください」

「しょ、しょうがないな」

「えへへ」


 オムライスに、スプーンを差し込む。

 沙由は小さい口を開けて、待ち遠しそうにしていた。


「じゃ、あ、あーん」


 恐る恐る沙由の口にスプーンを近づけていく。


 卵が口先に触れそうになった、その時だった。



 ──バタン



 一瞬で俺たちの意識を持っていくほど、大きい音がした。


 玄関扉が開いた音。

 カギは閉めたはずだし……。


 沙由と顔を見合わせ焦燥感に駆られていると、次の瞬間、リビングの扉が開く。


 そこから現れたのは、黒髪ツインテールの妹だった。


「なに、してるのかな、お兄」

「お、おかえり、美咲」


 今は、俺が沙由にオムライスをあーんして食べさせようとしている場面。美咲には見られたくない光景だった……。


 だくだくと滝のような汗を流す俺。


 妹に、カノジョとイチャイチャしている現場を目撃されるのって、どうしてこう、精神的ダメージが大きいのだろう。

 というか、帰ってくるなら一言欲しかった。


 まぁ、美咲が神出鬼没なのは、いつものことだけれど。


「間の悪い人ですね。せっかく、涼太くんと二人でイチャイチャと夕食を楽しんでいたのに」

「本当、ムカつく……。いつも、お兄にベタベタして」


 頬をヒクヒクと疼かせながら、美咲は腰に手を置き、軽蔑の眼差しを向けてくる。


「……なにか言いました?」

「ふん、別に。てか、やっぱ見張っとかないとダメみたいだね。すぐイチャコラしてさ!」

「私と涼太くんはお付き合いしてるんです。イチャイチャするのは当然じゃないですか。美咲ちゃんが知らないだけで、キスだって──」

「わぁぁあ!? 聞きたくない! 聞きたくない! 実の兄の恋愛事情とか、心霊話より聞きたくないから!」


 美咲は両手で耳を塞ぐと、ワーワーと騒ぎ立てる。


 やはり、沙由と美咲が揃うと騒々しいな。

 仲が悪いのは相変わらずだけれど、こうしてすぐに言い合いができるあたり、仲がいいようにも感じてしまう。


 ──って、呑気な事を考えている場合じゃないな。


「というか、なにか用でもあった?」

「用がないと帰っちゃダメなの? あー、わたしが居ると、イチャイチャしにくいからか」

「いや、なに怒ってんだよ。そんなこと言ってないだろ」

「ふん、シスコンのお兄のことだから、そろそろ妹成分補充しないと、蕁麻疹でも出ると思って帰ってきてあげただけ」


 俺はどんな奇病を患ってんだ……。


 生憎と、俺はシスコンではないのだけど、どうにも美咲は俺をシスコンだと認識しているらしい。


「相変わらず素直じゃないですね」

「なに? なんか言った?」

「いえ、別に何も」

「あ、そ」


 沙由と美咲は視線でバチバチと火花を散らす。


 どことなく居心地の悪さを覚えていると、美咲はふと思い出したように。


「あ、そうだ。ごめんアリス。そのまま放置しちゃって」

「アリス……?」


 後ろに振り返り、誰かに話しかける美咲。


 俺は眉根を寄せる。

 沙由と目を合わせる、小首を傾げるだけで、疑問は解消しない。


「誰か来てるのか?」

「あ、うん。わたしの友達。お兄に紹介しようと思って。ほら、この前言ったでしょ。お兄の恋人候補、わたしが見つけてあげるって」


 そういえば、そんなことを言っていた気がする……。


 冗談だと思って、聞き流していたが。


「なっ⁉︎ 涼太くんには、私というカノジョがいますから!」


 沙由は慌てふためきながら咆哮する。

 が、美咲はなに一つ動じず、リビングの外にある廊下にいる人物と会話している。


 やがて、美咲はこちらに振り返ると。


「ほらほら、入ってアリス」

「ひ、人と会うの怖い、から──」


 美咲に手首を引かれ、長く伸びたブロンドがリビングの中に入ってくる。


 彼女は俺と目が合うと、その瞬間、ピタリとその場でフリーズした。

 俺も俺で、金縛りにあったように、その場で固まってしまった。


 視線が交錯する。


 彼女はえらく美人だった。

 だが、見惚れてしまったわけじゃない。


 だって彼女は。


「「あ」」


 さっき、下校途中にぶつかった少女だったからだ。


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