運命の出会い?

 温泉旅行に行くことが決まってから、沙由の機嫌はすこぶるよかった。


 家族ぐるみや、修学旅行などで旅行に行ったことはある。

 ただ、二人きりとなると、当然ながら今回が初めてだった。


 幼馴染ではなく、恋人に変化しているし、俺の理性が崩壊しないかという点において、やはり不安はある。


 俺がキチンとモラルを保たないと。


「──っ」


 と、一人で考え込みながら帰宅している最中。


 トン、という軽い衝撃が俺の胸元に走った。


 沙由との温泉旅行についてアレコレ考えていたせいで、前方不注意になっていたようだ。


「……ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」


 地面に尻餅をつき、何が起こったのか分からないといった様子でキョロキョロする少女。


 一瞬、見惚れてしまう。

 えらい美人だった……。

 金髪で、色白で、サファイアの瞳。ハーフ、だろうか。


 しかし、すぐに現状を理解した俺は、深々と頭を下げて謝罪する。


「だ、だだ、……大丈夫です。で、ではでは」


 少女は、あわあわと目を泳がせながら、両手をぶるぶると左右に振るう。


 俺と目が合うと、すぐに視線を逸らし、足早に去っていく。


 怪我をしていないか心配だが、普通に走れているし大丈夫かな?


 金髪少女の後ろ姿を目で追う。

 すると、T字路を曲がろうとしたところで、道端の石に躓いて頭から転んでいた。


 本当に大丈夫だろうか……。


 慌てて駆け寄る俺。


「へ、平気?」

「……う、うぐっ」


 少女は俺の方に顔を上げると、うるうると今にもこぼれ落ちそうなほど涙を込み上げる。どうにも庇護欲を誘う表情だった。


 幸いにも血は出ていなそうだが、普通に痛そうだ。


「あ、無理はしないほうが」


 のっそりと身体を上げ、とてとてと歩き始める少女。


 だが、転んで痛めたのか、少しおぼつかない足取りだった。


「……あ、あたしに構わなくていいです」


 心配から声をかけるも、返ってきたのは冷たい返事だった。


 そう言われてしまうと、こちらとしても対処のしようがない……。


「……困った時は助けてくれる友達がいるので」


 俺がモヤモヤと複雑な思いを蓄えていると、少女がポツリと独り言のようにつぶやいた。


 信頼できる友達がいるのか。

 それなら、安心してもいいか。


 赤の他人である俺が、過度に接触するのはストレスだろうしな。


「そっか。じゃあ、俺はこれで」

「は、はい」


 この後、予期せぬ形でこの少女と再会することになるのだが、この時の俺には知る由もなかった。




 ★




「失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。あたしは失敗した失敗した失敗し──」

「わあぁあ!? こわいこわいこわい! 落ち着いて、アリス!」


 夕陽は沈みかけ、空は柑子色に染まっている。


 わたし──早坂美咲は、友達の家に連日泊まっていた。


 小笠原おがさわらアリス。

 生まれは日本で、育ちはアメリカ。日本人の父と、アメリカ人の母を持つハーフだ。


「うぅ……知らない人に無礼なことしちゃった、あたしのこと心配してくれたのに……」

「ど、どうしたの本当。なにがあったか、いい加減教えてほしいんだけど」

「え、えっとね──」

「うん……」


 先ほどあった出来事を、アリスが話してくれる。


 といっても、大した出来事ではない。

 道で人をぶつかった。ただそれだけの話。


 けど、その人は親切で、アリスのことを気遣ってくれた。

 それなのに、アリスは無礼な態度を取ってしまったと悔やんでいた。


「あたし、なんでこんななんだろう……」

「だ、大丈夫だってば。アリスはちょっと人見知りなだけだよ。気にすることじゃないって」


 アリスの肩にポンと手を置き、励ますわたし。


 アリスは少し気にしすぎだ。

 むしろ、アリスの対処は良かったとすら思う。


 アリスは女のわたしから見ても、可愛いし。

 ぶつかった男が、アリスをナンパするような展開にならなくてホッとしてる。


 てか、そういえば最近、お兄に会ってないな。

 といっても二週間ちょっとだけど。


 そろそろ会いた──って、や、どうでもいいけどね。

 お兄がわたしに会いたがってるだろうって話。……って、誰に言い訳してんだ、わたしは。 


 何はともあれ、シスコンのお兄のために、そろそろ顔出してあげよっかな。


 あ、そうだ。

 お兄とアリスを引き合わせよう! 


 アリスは人見知りだけれど、異性に対しては特にひどい。

 お兄で耐性をつけてもらって、なんならそのまま仲良くなってもらって、お兄とアリスが恋愛関係になってくれれば完璧じゃん! 


 あの人をお兄から引き離せる! 


「ねぇ、アリス。その性格に悩んでるなら、いっそ克服してみない?」


 わたしは密かに企みながら、アリスにそう提案したのだった。

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