二章
治療という名のイチャイチャ(お知らせあり)
初デートを終えて、一週間が経った土曜日。
昼下がりのことだった。
「涼太くん! 大変です!」
「ど、どうしたの急に……」
俺のカノジョ──
その慌てように、俺は思わずシャーペンを指から滑り落とす。
沙由は焦燥感たっぷりに。
「私、病気になっちゃったみたいですっ」
「病気って、だ、大丈夫なのか?」
「どこというよりは、精神的な話で……」
「精神的な……⁉︎」
「はい。涼太くんのことが好きで好きで好きすぎて、涼太くんのことしか考えられないんです!」
「…………ああ、それは重症だね」
焦燥感たっぷりに告げる沙由とは対照的に、俺は荒れた心臓を落ち着かせ呆れ惚けていた。
とんでもない切り出し方をしてきたかと思えば、その内容の偏差値がビックリするほど低かった。
俺の心配を返してほしい。まったく。
まぁこれが彼女の平常運転ではあるのだけど。
「むっ。適当に流そうとしていませんか? これは立派な病気なんですよ、涼太くん」
「そ、そっか。治療法は確立されてるの?」
「はい、一つだけですが。しかし、一刻を争います。このまま放置していれば私はもう……」
どういう設定なのだろう。
取り敢えず乗っかってあげるか。
「放置したらどうなるの?」
「涼太くんが好きすぎるあまり、配信サイトで涼太くんに対する愛をひたすら叫ぶ生放送を開始しちゃいます」
「大惨事じゃねぇか」
「なので早急に治さなくてはいけません。ですがそれには、涼太くんの協力が必要不可欠です」
「俺の協力が必要不可欠?」
「そうです。今から、少し時間もらっても大丈夫ですか? あ、勉強中なら、タイミングを改めますけど」
そこら辺は融通効くんだな……。
苦く笑う俺。
ちょうど今、勉強をしている最中。
とはいえ、そろそろ休憩を挟もうと考えていたところだった。
「大丈夫。ちょうど一区切りついたし」
「そうですかっ。ではリビングに移動しましょう」
沙由はふわりと微笑むと、俺の右手を引っ張ってくる。
彼女に連れられるがまま、リビングへと移動した。
リビングのダイニングテーブルにて。
沙由に促されるがまま、椅子に座らされる俺。
沙由もまた、俺の対面に腰を据え、愛らしく笑みを咲かせている。
「早速ですが涼太くん。『好き』って言ってくれませんか?」
「え? どうして?」
「……言えないんですか?」
「い、言えるよそのくらい」
脈絡がないから当惑してしまったが、俺と沙由は交際している。
『なんでも言うコト聞く券』と言ったふざけたアイテムの介在はあったものの、好き同士なのは間違いない。
小っ恥ずかしさは拭えないが、沙由の要望だしな。
ここは覚悟を決めて。
「……す、好きだよ。沙由」
「えへへ、ありがとうございますっ」
沙由は幸せそうに破顔すると、だらしなく頬を緩ませる。
そんな崩れた表情にも関わらずアイドル顔負けの美少女であるあたり、彼女の顔面偏差値の高さが窺えた。
「目的を教えてくれないかな」
「私の治療ですってば」
「こんな治療があるか」
「あるんです。次は、好きって十回言ってください」
「な、なんで?」
「だから治療です」
治療ってこんなに都合のいい言葉だっただろうか。
まぁいいか。
この流れからして、十回クイズだろう。
好きと十回言わせた後に、何か問題を出そうと考えているはず。そう簡単に引っ掛かる俺ではない。
俺は指を折って数を数えながら。
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」
「えへへ、わーい」
いや、これクイズでもなんでもないな。
沙由を喜ばせているだけだった。まぁ、こんなんで喜んでくれるならいいんだけど。
この際、治療という名目でトコトン沙由に付き合ってあげるか。
「次は何すればいいの?」
「そうですね。私と、温泉旅行に行ってください」
「は? 温泉?」
「はい。見てくださいコレ! 実は、さっき商店街の福引で当てたんです!」
沙由は煌びやかな封筒を取り出して見せてくる。
達筆な字で、温泉旅行ペアチケットと書かれていた。
「ま、マジか……。すごいな」
「涼太くんと温泉に行きたい一心で、少し奮発した買い物をしちゃいましたが結果オーライです」
「今、なんて言った?」
「あ、いや、その、大丈夫ですから。近々、食卓が寂しくなる可能性がありますが、その分、今日は豪勢なメニューですよ」
「……レシート見せて」
「こ、これです」
沙由は恐る恐ると言った具合にレシートをテーブルに滑らせる。
俺はざっと目を通す。
普段なら絶対に買わない高級品をいくつも買っている。
福引に挑戦する権利を手に入れるために散財したようだ。
「沙由、無駄遣いはダメだよ」
「うっ、すみません。つい、ムキになってしまって」
迂闊だったな。
元々は一緒に買い物に行く予定だったのだ。
しかし、「買い物は私一人で大丈夫ですっ!」とヤケに意気込んでいたから、一人で行かせてしまった。まぁ目的の景品は当てているから、責めきれないけど。
「次からはちゃんと相談して。一緒に暮らしてるんだし」
「はい。反省します」
「うん、じゃあ許してあげる。実際、この温泉旅行のチケットだけで元は取れてるし」
「涼太くん……。もう、なんでそんなに優しいんですか。私の病気がさらに深刻化しました!」
沙由はうるうると涙を目に浮かばせながら、頬に朱を差し込む。
俺は封筒に視線を落としながら。
「とはいえ、温泉旅行か」
一泊二日みたいだし、土日を使えば行けないことはない。
少しタイトなスケジュールにはなるが、時間的な問題は解決できると思う。
しかしだ。
旅行である。しかも、温泉旅行。
それはさすがに躊躇が生まれる。
俺は思案を巡らせた後、温泉旅行チケットの使い道を提案した。
「これは
沙由と沙由のお母さんの二人で行くのが最適解だろう。
親子水入らずで楽しめる上、性別的な問題もない。
「ですが、これは私の治療なんです。一緒に行ってください涼太くん」
「ダメだってば。いくら付き合ってるとは言え、旅行はやりすぎ」
同棲している分際で言えた立場じゃないと思うけど……。
沙由はムッと唇を前に尖らせると、小さく吐息を漏らした。
「やはり、涼太くんはそうきましたか」
「ん? うん」
「こうなったら仕方ありませんよね」
「な、なにかな……それ」
沙由はわずかに口角を上げると、小悪魔のような不敵な笑みを咲かせる。
そうして俺が昔あげた『なんでも言うコト聞く券』を胸元に掲げてきた。
「忘れたとは言わせませんよ」
「う、うぐっ」
「涼太くん。この券を使うので、私と温泉旅行に行ってください」
それを使われると、手の打ちようがなかった。
「それに、そろそろ涼太くんと付き合い始めて一ヶ月です。記念に思い出作りたくて」
俺は頬を紅潮させると、黙り込んでしまう。
俺のカノジョ、どうしてこんなに可愛いんだろう。
「わかった。……じゃあ、行くか」
「はい! たくさん思い出作りましょうね、涼太くん!」
沙由は世界一可愛い笑顔を咲かせると、俺の両手を包み込むように握りしめた。
かくして、俺たちは温泉旅行に行くことになったのだった。
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お久しぶりです。
他作品を読んでくださっている方は、お世話になってます。ヨルノソラです。
長い間、更新が止まっており申し訳ございません。
内容を忘れている方がほとんどだと思いますが、再び読みに来てくださったことに感謝しかありません。
どうして更新が停止していたかと言えば、筆が乗らなかったから──ではありません。
むしろ、今年に限っていえば、この作品を執筆している時間が一番長かったと思います。
回りくどいですね^^;
単刀直入に言います。
──本作の『書籍化』が決まりました!
私自身、いまだに信じられないのですが、マジなやつです。書籍化用の原稿なるものを水面下で書いていました。
詳しい話は、私(ヨルノソラ)の近況ノートに書いてますので、よろしければご確認ください。
リンクはこちらです↓
https://kakuyomu.jp/users/jagyj/news/16817139557454067824
これから投稿を再開しますので、引き続き応援のほどよろしくお願いします!
更新頻度は未定です。
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