ハロウィン特別編

「トリック・オア・トリート♪」


 高校一年生になって、半年が経過した頃だった。


 正午を回り、そろそろ十三時になろうかという時間帯。

 電話で呼び出しを喰らい、幼馴染の部屋にやってきた俺は、イタズラかお菓子かの選択を迫られていた。


「な、なにその格好……」


 しかし俺は選択肢には答えずに、幼馴染──日比谷沙由ひびやさゆの格好を言及した。


 露出度の高い黒いドレスに、とんがり帽子をかぶった魔女の衣装。ひとたび街に出れば、速攻でナンパに遭うであろう格好だった。


 普段の日比谷なら、ここまで攻めた格好をしない。その違和感を、払拭せずにはいられなかった。


「知らないんですか涼太りょうたくん。今日が何の日か」

「ハロウィンなのは知ってる。けど……それはいくらなんでも攻めすぎじゃない、かな」


 特に胸元が……うん。

 完全に谷間が見えている。


 網タイツ越しに太もももチラつくし、言ってしまえば痴女同然の格好だった。一瞬、大人のお店を想像してしまうくらいには。


「欲情しちゃいました?」

「……す、するかよ。幼馴染なんだし!」


 前のめりになって、更に胸元を強調してくる。

 咄嗟に視線を逸らすと、赤面する俺。我ながら、顔と言葉が合っていない。


「そう、ですか……そうですよね……幼馴染ですもんね……」

「絶対その格好で外出るなよ。ホント、ダメだから」

「分かってますよ。涼太くんの前だけです」


 俺の前だけ、か……。

 日比谷にとって俺のことは、兄妹程度に認識しているから、そんな恥ずかしい格好でも大丈夫なのか。……やっぱ俺、日比谷に男して見られてないんだな……。


 分かっていた事だけど、やっぱり少しムカつく。


「俺の前でもやめろよ……。もし俺がホントに欲情したらどうすんだよ」

「……しないくせに」

「は?」

「涼太くんは私のこと幼馴染としか見てないみたいですからね。なので安心してるんです!」


 ふんっ、と鼻を鳴らして膨れっ面を浮かべる。


「だ、だからその安心が危険かもしれないって言ってんの」

「じゃあ、涼太くんは私に何かするんですか?」

「……っ、そ、それは……しないけど」

「やっぱりそうじゃないですか! 所詮、私は幼馴染ですもんね!」

「なに苛ついてんの? なら、幼馴染以外にどう見たらいいわけ?」

「……それは…………そう、魔女。魔女です」

「は?」

「今の私は魔女なんです。だから、幼馴染ではなく魔女として見てください!」


 なんかすごい切り口で、冒頭に戻してきた。

 今日はハロウィンで、だから日比谷はコスプレをしている。露出が高いのはさておき、せっせとコスプレしてくれたのは事実だからな。


 ハロウィンの敷きたりには則っておくか。


「……はいはい魔女さん。俺はどうすればいいですか」

「トリックオアトリートです。お菓子くれなきゃ、イタズラしちゃいます」

「お菓子……あ、じゃあこれをどうぞ」

「ありがとうござい──って、何で持ってるんですか! お菓子持ってたらイタズラ出来ないじゃないですか!」


 俺がじゃが◯こを渡すと、素直に受け取ってくれる。しかし、突然カッと目を見開いて、矢継ぎ早に叱咤してきた。


「いや、取り敢えず何かつまめるものあった方が良いかなって持ってきたんだけど」

「むぅ、気遣いは嬉しいですけど……そうくるとは思ってませんでした」


 お菓子をあげたのに日比谷は不満げだった。

 俺は微笑を湛えると、からかうように問い掛ける。


「何か俺にイタズラしたかったの?」

「……っ。…………」


 日比谷はみるみるうちに頬を紅潮させ、うつむいた。俺はやつれた表情を浮かべると、呆れたように。


「どんなイタズラ考えてたんだよ……」

「い、言えるわけないじゃないですか! 涼太くんがお菓子持ってたせいで全部台無しです!」

「ハロウィンで、お菓子持ってて怒られるパターンってあるんだ⁉︎」

「ありますよ! ……もう、コスプレも不発でしたし……全然ダメじゃないですか私……」


 日比谷はペタンとクッションの上に女の子座りをする。より胸元に視線が吸い寄せられた。


 ごくりと生唾を飲み込む。

 このままじゃ理性が崩壊しそうなので、俺も近くに腰を下ろした。上から見下ろす形は、これ以上続けるとマズイ……。


「……日比谷」

「なんですか?」

「これ着て」

「え、大丈夫ですよ」


 俺は上着のパーカーを脱ぐと、それを日比谷に差し出した。明日には十一月になる。いくら室内とはいえ、日比谷の格好だと少し寒いはずだ。


「いいから」


 半ば無理矢理パーカーを羽織らせた。

 日比谷の体調面の心配が三割、残りは露出度を下げるのが目的だった。これで少しは理性も安定する。


「ありがとうございます。でもここ、私の部屋ですし。着ようと思えば、すぐに他の服着れますよ?」

「た、たしかに……じゃあそれやっぱ返して。それで他の服着て」

「いえ、せっかくですし、涼太くんのパーカー着させてもらいます」

「返せ」

「嫌です」

「そこで意固地になる必要ないだろ」


 俺がパーカーを取り返そうとするも、日比谷は抵抗してくる。俺のパーカーを大切そうに、抱いていた。


 五分ほど格闘して、ようやく取り返す俺。


「うぅ……何するんですか。私の服を脱がさないで下さい」

「その言い方やめろ。パーカー返してもらっただけだから」


 手元に帰ってきたパーカーの袖に、右腕を通す。

 すると、俺のものとは思えない甘い香りが漂ってきた。一瞬で顔を真っ赤に染め上げると、パーカーを脱ぎ捨てる。


「何してるんですか? 涼太くん」

「いや……パーカー着るほどでもないなって思って」

「なら、それ私に貸してください」

「……っ、そ、それはダメ」


 右手を差し出してくる日比谷。

 俺は仰々しく首を横に振って応えた。


 すると、日比谷が距離を詰めてくる。ただでさえ露出が高いのだから、近づかれると破壊力が段違いだった。


「ち、近づくなって!」

「むっ、何ですかその物言いは。幼馴染に向けていいものではありませんね」

「ち、ちがくて……その」

「……?」

「……お、俺だって男なんだよ。だから……そんな格好で迫られると、色々辛いっていうか……その、もう勘弁してください」


 全てを白状して、両手を上げ視線を逸らす俺。

 すると、日比谷の顔が茹でたタコみたいに真っ赤になった。首や耳まで赤い。


「へ、へぇ……色々辛い件について、もっと詳しく聞かせてもらいたいです!」

「幼馴染だからって警戒心なすぎだろ……ほんと……」

「幼馴染だからじゃないです……涼太くんだからです」

「え?」


 ボソリと、蚊の鳴くような小さな声で呟く。

 反射的に聞き返すも、日比谷は言った内容を教えてはくれなかった。


 日比谷は俺に迫るのをやめると、小首を傾げて訊ねてくる。


「ところで、涼太くんはコスプレしないんですか?」

「ああ、する予定はないけど」

「ちなみに私、今日、お菓子持ってないです」

「は? ……いや、さっき俺があげたやつあるじゃん」

「あ、あれは例外です。私、お菓子持ってないですから……だから、その……防御する方法ないですから!」

「どういうこと?」

「……っ」


 日比谷はただでさえ赤い顔を、さらに赤くすると黙り込んでしまった。


「……涼太くんのバカ」


 そのあと、色々あって少しだけイタズラした。

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