初デート終わり

「子供は可愛いですね」


 迷子の幼女を無事保護者と合流させて、ひと段落着いたところ。隣を歩く沙由が朗らかな笑みを浮かべながら切り出してきた。


「俺は少しトラウマになったけどね……」

「ふふっ、でも涼太くんは子供に好かれるタイプですよね」

「そう? ちょっと嬉し──」

「からかいやすいですし」


 嫌な好かれ方だった……。

 そんな形で、子供人気を集めたくはない。


 肩を落として嘆息していると、沙由がクスリと微笑みながら問い掛けてくる。


「子供は何人欲しいですか? 涼太くん」

「ブッ……ゴホッ、な、なんだよ急に!」

「過剰に反応しないで下さい。聞いてみただけです」

「あ、あぁ……ならいいんだけど」


 沙由から逆プロポーズされたことが脳裏をよぎり、むせ込んでしまう。

 ただ沙由は結婚に意識を向けようとしたのではなく、ただ話題の一環として聞いてきたみたいだった。


 せっかくなので真面目に考えてみる。


「……二人、かな」

「二人ですか?」

「ああ、子供を大学まで行かせるとなると何人も子供作れないし」

「現実的ですね」

「沙由はどうなの?」

「私は前にも言いましたけど、サッカーチームができるくらい──」

「前は野球チームって言ってた気がするけど」

「あ、そうでしたね」

「冗談は抜きにして、実際どうなの?」


 沙由が冗談で、サッカーチームだの野球チームだの言っているのは分かっている。


「……私は、何人いてもいいですし、いなくてもいいと思っています」

「そうなの?」

「はい。どっちにもメリットはありますしね。子供がいれば楽しいでしょうし、いなければいないで四六時中イチャイチャできます。私にとって、好きな人と一緒にいられるのが何より幸せですから」

「……そういうのズルくないですかね……」


 俺は真っ赤に顔を染め上げると、あさってに視線を逸らした。

 沙由は俺に腕に一層絡みついてくると、朗らかな笑みを浮かべた。


「でも、涼太くんの子供なら……絶対可愛いですよね」

「そ、それを言うなら沙由だろ。沙由の子供の方が絶対可愛い」

「じゃあ、私たちが子供を作れば最強ですね」

「……だな」


 端的にそう返事をすると、沙由の動きが止まる。

 俺から手を離し、道端で立ち尽くしていた。


「どうしたの?」

「いえ……まさか涼太くんが同意してくれると思わなくて……」

「だって可愛いのは間違いないし」

「デレ期! 涼太くん、唐突にデレ期入ったんですか⁉︎」

「なんだよデレ期って……っ、もう言わない」

「ごめんなさい! 私と涼太くんの子供作りましょう。今すぐに」

「なんでそうなんだよ! もうっ、ほら行くぞ」


 俺も俺で顔を赤くする。

 沙由の手を引くと、そのままゲーセンへと向かったのだった。



 ★



 色々あったがデートも終わりが近づいていた。

 後はもう、家に帰るだけの時間帯。駅構内を、周囲の目も気にせず、イチャつきながら歩いている時だった。


 沙由は俺の腕から離れると、制服の袖をちんまりと摘んでくる。


「どうしたの?」

「帰りたく、ないです」


 そうして上目遣いで俺を見つめると、わずかに潤んだ瞳を向けてきた。


「今日、お母さんもお父さんも家にいないんです」

「まず同じ家に住んでるからね。奏さんに関しては、多分家にいると思うよ」

「だから……帰りたくない、です」


 訴えかけるように、庇護欲を誘う顔を見せてくる沙由。


 俺は沙由の手を掴むと、淡々と切り出す。


「帰ります。このまま直帰です」

「なんでですか! 涼太くんのヘタレ! 据え膳食わぬは男の恥ですよ!」

「はいはい、ヘタレですよ俺は。てか制服だしな。普通に年齢確認されてアウトだって」

「そうでした。それに関しては完全に失念してました。では一旦家に帰って服に着替えてから、再出発という事で!」

「滅茶苦茶だなおい。てか、今日は帰る。これは確定事項だから」


 おでこを右手で押さえながら、ため息混じりに告げる。沙由は頬に空気をためて、ムスくれていた。


「……それに……」

「それに、なんですか?」

「沙由との関係は大切にしていきたいんだ。だから、そういうことは一時の感情に流されたくない……」


 恥を忍ぶように、声の量を落として、呟くように言う。目を見て真剣に言えれば格好もつくけれど、今の俺にはこれが限界だった。


 と、急に身体に衝撃が走った。

 足の踏ん張りを利かせて堪える俺。沙由は、俺の背中に手を回し、強めに抱きしめた。


 俺の胸元に顔を埋めているから、表情は窺えない。けれど、耳は真っ赤だった。


「しょ、しょうがないですね……涼太くんがヘタレなのは今に始まったことじゃないですし」

「ヘタレで悪かったな……」

「なので今はこのくらいで勘弁してあげます。大好きです、涼太くん」

「……ったく、ちょっとは人の目を気にしろって」

「今日は人目を気にしない約束ですよ。涼太くんは私のことだけ見てください」


 ……まぁそういうルールだもんな。

 俺も沙由の背中に手を回すと、しばらく抱き合っていた。

 大きな事件も起きない初デート。ただそれでも今日という日を、俺は一生忘れないと思う。

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