壁ドン演技指導

「しっていますかリョウタにい。”かべどん”なるものを」

「知らないと言えば嘘になる」

「な、なんで回りくどい言い方するんですか涼太くん……」


 場所は変わらず公園にて。

 未だ、シイナの姉は到着していない。


 ポ○キーゲームの疲労も癒えない中、シイナが妙な切り出しをしてきた。嫌な予感を覚える俺に、シイナは容赦なく続ける。


「いまから、かべどんをやりましょう」

「絶対嫌だよ? まず、脈絡なさすぎだからね」

「ですがリョウタにいは、シイナの”ぽ○きー”たべました」

「いや、あれは、シイナがくれたんじゃないの?」


 シイナは、ちっちっちと振り子の要領で人差し指を左右に揺らす。


「リョウタにい、よのなか”ただ”ほどこわいものはないんですよ」

「……てっきりその代償がポ○キーゲームだと思ってたよ……」

「あれはただのげーむです。とにかく、ようじょのおかしをたべたからには、いうことをきかなくてはいけません」

「不条理すぎる」


 がっくりと項垂る俺。子供の身勝手さを甘く見積もっていた。

 早く、姉が来ることを内心願っていると、沙由が立ち上がる。


「仕方ありません。シィちゃんの要望を叶えてあげましょう涼太くん」

「なんで乗り気なんだよ」

「またとない機会ですからね。日常生活じゃそうそうあり得ない状況ですし」

「嫌だってば」

「やりましょう涼太くん!」


 沙由はキラキラ目を輝かせると、俺の手を引いて強引に立ち上がらせてくる。このカノジョ、やる気である。


 この場において、否定派が俺だけだった。

 シイナは周囲を見回すと、滑り台を指さした。


「では、あっちにいどうしましょう」

「はいっ」

「あい……」


 温度差がすごい。

 壁ドンをやる流れが雑なのもさることながら、シイナと沙由のやる気が凄すぎて引いている。


 沙由はまだ分かるけど、シイナがここまで意気揚々としている理由が分からなかった。


 滑り台の前に到着すると、シイナが指示を飛ばす。


「さてリョウタにい、サユねえに壁ドンしてください」

「してください」


 合いの手を打つ沙由。

 幼女とカノジョに良いように遊ばれてないか俺……。


「壁ドンだったら、壁でやらないとダメじゃないの? これ、滑り台だけど」

「ほかに、かべになるばしょがないのです。はたからみると”こっけい”ですが、がまんしてください」


 ……滑り台に壁ドンって。ホントに滑稽じゃねえか。


 俺は一呼吸置くと、気合いを入れる。

 どのみち、やらない選択肢はなさそうだ。さっとやって、それで終わらそう。


 滑り台を背に沙由は少し緊張の面持ちを浮かべる。彼女の前に着くと、右手を突き出して至近距離まで迫った。……やったことないが、多分、それっぽい感じになっていると思う。

 沙由顔真っ赤だし……。多分俺も。


 そうして、五秒ほど過ごすと、俺は沙由から離れた。


「……まぁこんなもんで──」

「かーっと!」

「は?」

「ぜんぜんだめですよ、リョウタにい」


 壁ドンを終えると、シイナがダメ出ししてきた。

 膨れっ面を浮かべて、腰に両手を置いている。


「ぎこちないです」

「は、初めてやったんだからしょうがないだろ」

「それになにより、たいせつなことをわすれています」

「大切なこと?」

「はい。"あまいせいふ"をはいてません」

「甘い、セリフ……?」


 脊髄反射で聞き返してしまう。


「はい。"おまえはおれのおんなだ。ほかのやつにあいそまくんじゃねえ"、これでいきましょう」

「俺のキャラにそぐわないにも程がある!」

「やらないとおわりませんよ?」

「……っ。やるよ。やりゃいいんだろやれば!」


 投げやりに吐き捨てる。

 もうさっさとやって、解放されよう。


 俺は強めに息を吐くと、沙由に向き直る。しかし、実践に入る前に、沙由がピシッと右手を上げて口を開いた。


「監督。私のセリフはなんですか?」

「おもったことをいってください」

「承知しました」

「きたいしています」


 …………。

 このノリについていけてないの、俺だけみたいだ。


「よーい、あくしょん!」


 シイナがパタンと手を叩き、早速壁ドンタイムが始まる。俺は覚悟を決めると、先ほど同様、沙由に迫った。

 至近距離まで顔を近づけ、目を見つめる。


「お、お前は……俺の女……他のやつに愛想……まくな」


 だが羞恥心凄すぎて、カタコト外国人みたいになっていた。拷問かな? 俺、拷問受けてるのかな? 


「私…………涼太くん……の、もの」

「ま、真似すんな! もうやだ! やめてやる!」


「かーっと! かっとかっと! なにしてるんですか、リョウタにい!」


 沙由に至近距離でいじられて、いよいよ羞恥が限界に到達する。俺が現場を放棄すると、シイナからカットがかかった。


「ふふっ……可愛かったですよ涼太くん」

「もうヤダ……黒歴史すぎる」


 沙由が微笑み、俺が絶望し、シイナが憤怒する。

 混沌とした現場だった。


「りていくです。もういちどやりましょう!」

「絶対嫌だわ。これ以上、俺を苦しめてどうしたいの⁉︎」


 俺が激昂に近い叫びを披露すると、シイナがむすぅっと頬を膨らませる。


「勘弁してあげてください監督。涼太くん、割と真面目に限界っぽいので」

「……しかたありません」


 沙由の助言があって、シイナが諦めてくれる。

 ホッと安堵したのも束の間。シイナはグッと拳を握ると。


「では、しーん350をとりにいきましょう」

「映画撮る気かよ!」


 幼女に全力でツッコミを入れる俺だった。

 ……この幼女、もうやだ……。俺の精神を削りにきている……。


 心労からか、顔がやつれ始めてきた時だった。

 ざっ、と地面の砂を踏み鳴らす音がした。


 振り向けば、そこに居たのは黒髪ツインテールの少女。焦燥感からか青ざめた表情を浮かべ、全身に汗を蓄えている。


「あっ、やっと見つけた! もう、勝手に移動しないでよ!」


「おねえちゃん」


 シイナはパァッと目を輝かせると、姉の元に駆け寄る。腰下に抱きついていた。よかった。姉が到着した。


「バカ……すっごい焦ったんだから。あたしの寿命絶対縮まった!」

「ごめんなさい。シイナ、"がいとうえんぜつ"にきょうみをひかれてしまって……」


「「政治に興味持つのは早すぎだろ(でしょ)!」」


 ほぼ同時に声を発する俺と、シイナの姉。

 俺たちはパチリと目を合わせると、特に何を言うでもなくペコリと頭を下げた。


「えと、シィちゃ──妹のこと、見てくれたんですか?」

「あ、はい。まぁそんな感じです」


 当初はその予定だったが、結果的にはシイナに弄ばれる形だった。敢えてそれを話す気はないけど。


「ありがとうございました。なんと感謝したらいいか」

「いや、そんな……無事合流できてよかったです」

「ほら、シィちゃんもお礼言って」

「……まだものたりないですが、ここらへんでかんべんしてあげます」


 シイナの姉は、眉間にシワを寄せると、シイナの頭にチョップをくらわせた。


「お礼、言いなさい」

「あぅ……あ、ありがとです。リョウタにい、サユねえ……すごくたのしかったですよ」


 ペコリと小さな頭を下げて、お礼を告げてくる。

 精神的疲労はすごかったが、楽しかったことには楽しかったかもしれない。


「もう迷子にはならないようにな」

「またどこかで会いましょうねシィちゃん」


 俺たちが笑顔で手を振ると、シイナと姉は手を繋ぎながら公園を後にした。シイナの姉が何度もこっちに振り返り頭を下げてきたので、その都度頭を下げる俺たちだった。


──────────────────────


 ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、三話にわたって登場したこの幼女は、別作品のキャラクターです。最近、完結したので、お時間ありましたら覗いていって頂けると嬉しいです♪ 


『三十路間際の女教師に、責任取らせてくださいと言ったら婚姻届を突きつけられたのだが 〜親へ挨拶に行くって、それもう取り返しつかなくないですか?〜』


リンク↓

https://kakuyomu.jp/works/16816700426179655801


 以上、自作の宣伝でした。

 こういうの苦手な方はすみません...(^-^;

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る