ポ○キーゲーム

 場所を少し移動して、俺たちは公園のベンチに座っていた。席の配置は、真ん中にシイナを挟んで俺と沙由が座っている。


「ほえぇ……サユねえと、リョウタにいは、おさななじみさんなんですね」


 俺たちの関係性を聞かれ、簡単に説明するとシイナは感嘆の息を漏らした。


「おさななじみで、かっぷるとは、シイナせんぼうしますっ」


 羨望って……よくそんな言葉知ってるな。


「そんなに羨ましい?」

「はい。おさななじみは、"とうとい"です。シイナにもおさななじみがほしいです」

「そ、そうかなぁ……てか、シイナはまだ幼稚園生だよね」

「このあいだ、ねんちょうさんになりました」

「てことは、同じ組の子はみんな幼馴染だと思うよ」

「ほんとですか。シイナ、しりませんでしたっ」


 パアッと目を輝かせ、恍惚とした表情で俺を見つめてくる。まぁ幼馴染の解釈は個人差があるけれど、幼稚園が一緒なら幼馴染カテゴリーで問題ないと思う。


 ……と、ジッと視線を感じた。

 シイナを挟んで左隣にいる沙由が、俺を恨めしそうに睨んでいた。


「どうかした?」

「涼太くんの幼馴染は私だけですから」

「え、そうだったの?」

「……ッ。涼太くんのバカ」


 なぜか沙由にツンとした態度を取られる。

 すると、シイナが呆れ眼で俺を見つめながら口を開いた。


「いまのは、リョウタにいがわるいですね」

「ですよね。もっと言ってあげてください。涼太くんは、デリカシーがないんですよ。それに鈍感で」

「シイナの"いとこ"と、おなじですね。こまったひとです」

「……うっ」


 グサッと胸に何かが突き刺さった気がする。

 ショックを受けていると、シイナはベンチから立ち上がった。クルリと振り返ってくる。


「しかたありません。シイナがひとはだぬぎましょう!」


「……は?」


 自信満々に胸を張り、むふんと鼻を鳴らす。

 俺はキョトンと首を横に傾げた。


「リョウタにいは、サユねえのきげんをくずしました。なので、きげんをとらないといけません」

「はぁ」

「そこで、これです」

「これって……ポ◯キー?」


 シイナは、リュックの中から長方形の箱を取り出す。見覚えのある柄。チョコレートでコーティングされた棒状のお菓子だ。


「そうです。これをつかって"げーむ"をしましょう」

「うん。絶対嫌だよ?」

「んなッ。シイナ、きょひされるとはおもってませんでした……ッ」


 驚嘆に喘ぐシイナ。

 すると、ツンツンと俺の肩を沙由が突いてきた。


「涼太くん。せっかくシィちゃんが提案してくれてるのに、なんで拒否するんですか」

「だ、だってこれでゲームって一つしかないだろ」

「何か問題でも?」

「問題しかない! ここ外だし!」

「今日は人目を気にせずにイチャイチャするって約束しましたよね?」


 痛いところを突かれた。

 ……それを言われると弱い。


「はなしはきまったようですね」


 シイナは、ポ◯キーを袋から一本取り出すと、俺に差し出してくる。

 俺は、チョコレートがコーティングされてないクッキーの箇所をつまんだ。


「ほ、本当にしなきゃダメ?」

「はい。サユねえのきげんをとらないと」

「そもそも別に機嫌を崩してなんかないよね?」

「滅茶苦茶崩してます。もうポ◯キーゲームしないと、治らないです。絶対!」


 機嫌崩してる人間は、こんな揚々と話さないと思うのだけど……。

 まぁ、幸いにも今、公園にいるのは俺たちだけ。さっさと終わらせれば済む話か。


「シイナ、わくわくしてきました」

「わくわく?」

「はい。リョウタにいの”せきめん”がみれるとおもうと……くふふ」

「よし、その期待を裏切ってやる」


 挑発されて、俺の反抗心が顔を見せる。

 早速、前歯でポ◯キーを挟み安定させると、沙由へと向けた。


「ふぉら、あぁく」


 口をちゃんと開けないため、上手く喋れない。

 一応、今『ほら、早く』と言ったつもりだ。


 しかし、沙由はゲームを始めようとしない。それどころか、スマホを取り出しパシャパシャと俺を撮り始めた。


「……っ、な、なにしてんだよ!」

「涼太くん可愛いなって思って……これはもう永久保存版です」

「普通にやめて。てか、今すぐ消して!」

「嫌です。一生大切にします。帰ったらプリントアウトしなきゃ」


 スマホを奪おうとするも、沙由が全力で避けてくる。


「ちょ、避けすぎ」

「涼太くんがもっと全力で取りに来ないからですよ」

「ん、この──!」

「ッ」


 と、つい勢い余って、沙由の身体のある箇所に触れてしまった。


 途端、俺も沙由も硬直する。しずしずと座り直し、二人同時に顔を赤くする。


「ご、ごめん……」

「い、いえ……涼太くんなら全然」


 どこに触れたかって? 

 それは言えな──


「どさくさにまぎれてサユねえのおっぱいをさわるとは、すごいてぎわですねリョウタにい! ぷろわざですっ」


 …………。


「わっ、なにするんですか。し、シイナのほっぺたをめちゃくちゃにしないでください」


 俺は無言のまま、シイナの頬を揉みくちゃにする。

 空気の読めない幼女である。


 そうして、ひとしきり幼女をもてあそぶ。

 シイナはムスッとした表情で、頬を空気に溜め込んだ。


「リョウタにい……ろりこんさんだったんですか?」

「っ、ち、違う! ちょっと仕返ししてやろうと」


 幼女から、とんでもない単語が飛び出し慌てて弁解を始める。

 すると、沙由が当惑した様子で声を上げた。


「涼太くんがロリコン…………わ、私は涼太くんがどんな性癖を持っていたとしても、カバーする所存ですからね?」

「しなくていいから! てか、俺はロリコンじゃない!」


 というか、カバーってどうやるんだよ。ランドセルでも背負うのか?


 俺は、深々とため息を吐くと、右手に放置していたポ◯キーを見やる。

 そういえば、ゲームを始めてなかったな。


「なんか大分脇道にそれたけど、やるんだろ? ポ◯キーゲーム」

「あ、そうですね。やりましょう涼太くん」


 まさか、会話の流れを断ち切るために、ポ◯キーゲームを利用することになるとは。

 さっさと終わらせてしまおう。


 先ほど同様、ポ◯キーを口で支える。

 今度は、沙由も素直に応じてくれた。チョコレートでコーティングされた少し丸みを帯びた先端を咥える。


 シイナは恍惚とした表情で俺たちを見ていた。


 徐々に食べ進めていき、距離を詰めていく。

 気がつけば、鼻先が当たるくらいの距離に迫っていた。

 途端、俺も沙由も動きが止まる。間近で少し見つめ合うと、逃げるように視線を逸らした。……これ、想定した以上に照れ臭いんだけど! 


「なにしてるんですか。はやくきっすをしてください」


 よ、幼女め……。

 こっちの気もしらないで。


 俺は覚悟を決めると、更に食べ進める。

 いよいよ口が触れるかどうかの距離。すると、これまで硬直していた沙由が動き出す。


 サクッ、という効果音とともに、口が触れた。互いに、口が少し開いた状態だったことにより、少しだけ深めのキスをしてしまう。

 俺も沙由もほぼ同時に距離を取ると、すっかり赤くなった顔を冷ますように手で顔を仰いだ。


 ポ◯キーゲーム……安易にやっていいものではない、そう思う俺だった。


「なかなかおもしろいものを、みれました」


 カップルが黙り込む中、幼女の嬉々とした声だけが響く。

 シイナは、無言を貫く俺たち交互に見やると、小さく首を傾げた。


「なにきゅうけいしてるんですか。まだ、つづきますよ」


 …………。


 シイナのお姉ちゃん、早く来てくれないかなぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る