迷子の幼女

 デートも中盤に差し掛かっていた。

 ポップコーンにクレープまで食べたことで、お腹は程々に満たされている。そのため、昼食は取らずに場所を移動していた。


 腕を組んだ上に、恋人繋ぎという重ね技。

 ちょっと前までなら考えられなかった光景である。当然、周囲から多少視線を集めるが、危惧していたほどではなかった。


 これまで恋愛とは無縁の生活をしていたから、あまり気に留めないようにしていたけれど、世の中、結構カップルは存在する。

 イチャつきの度合いに差があるけれど、俺と沙由だけが注目を集めるわけではなかった。


 そうして人目を憚らずベタベタ密着しながら、ゲームセンターへと向かっていた時だった(プリクラを撮りたいという、沙由きっての要望である)。


「涼太くん。……あの子、迷子じゃないですか?」


 突然、沙由の足がパタリと止まる。

 ポツンと佇む幼女を指を差すと、小首を傾げてきた。


 近くに、小さい公園がある。周囲を見回してみるが、保護者らしき人物は見当たらなかった。誰かと遊んでいる雰囲気もない。

 幼女はキョロキョロと辺りを見回しながら、思案顔をしていた。


「そう、かも。プリクラは後回しでいいよな?」

「もちろんです」


 ゲーセンに行くのはやめて、幼女へと距離を詰めていく。 


「こまりました。シイナ、まいごみたいです」


 幼女は俺たちの存在には気がつかないまま、自分の現状を独りごちる。


 沙由の思った通り、迷子らしい。

 ジト目が特徴的な、五、六歳くらいの年端もいかない少女。黒髪のショートカットで、赤いリボンをつけている。


 膝を地面につけると、俺は幼女と目線を合わした。


「こんにちは。パパか、ママは一緒じゃないの?」


 優しく語りかけるように声をかけてみる。

 迷子対応など初めてだが、緊張している素振りを見せないよう尽力した。


「だれですか? しらないひととはなしたらだめだと、シイナはきつくおしえられています」


 お、おお……シッカリした子だな。

 俺は柔和な笑みを浮かべると、警戒心を解くために自己紹介する。


「えと、俺は早坂涼太。こっちは」

「日比谷沙由です。お名前教えてもらっていいですか?」


 沙由も同じく膝を折って目線を合わせると、自己紹介を済ませ、名前を訊ねる。


「アヤセシイナです。みんなからはシィちゃんってよばれてます」

「良いお名前ですね」

「はい。シイナもきにいってますっ」

「ところで、シィちゃんの、お母さんかお父さんの場所はわかりますか?」

「ママはおしごとです。パパとはあったことないのでわかりません」

「……ご、ごめんなさい。変な事を聞いてしまって」


 少し複雑な家庭が垣間見える。

 沙由の表情が強張った。


「だいじょうぶですよ。シイナはまいにちたのしいですから」

「そうですか、なら良かったです」

「サユねえは、やさしいですね」

「……っ。ちょ、ちょっともう一回サユねえって言ってもらってもいいですか?」

「サユねえ?」

「……あ、ありがとうございます」


 『サユねえ』と呼ばれたのが沙由の琴線に引っかかったのか、頬が赤らむ。

 その結果、幼女に感謝を告げる女子高生という構図が出来上がっていた。大丈夫だろうか、俺のカノジョ……。


 話が脇道に逸れているので、軌道修正を図る。


「そうなるとシイナは誰と出掛けたのかな」

「おねえちゃんとです」

「お姉ちゃんか……えと、お姉ちゃんっていくつくらい?」

「ことしで、15さいです」


 九歳くらいを想像していたが、十五歳か。

 歳の離れた姉妹なんだな。それなら、二人で出掛けるのも変ではないか。


「お姉ちゃんとどこで逸れたかわかる?」

「わかったらくろうしません。シイナはこうきしんに"ちゅうじつ"なので、きがつくとみしらぬばしょにいることがたたあります。いまがまさにそれです」


 ……これは思った以上に厄介な案件っぽいな。

 下手すれば、広範囲で移動している可能性すら考えられる。


「取り敢えず交番連れてく?」

「そうですね。それがいいと思います」


 沙由と目を合わせて、小声で今後の方針を決める。するとシイナに、クイッと制服の袖を掴まれた。


「そこまでするひつようはないとおもいます」

「え? だって」

「くくく、なぜならシイナには"じーぴーえす"がついているのです」


 じゃーん、と小型の機械を見せつけてくる。


 丸みを帯びていて、防犯ブザーに少し似ている。首から垂れ下げて、簡単には無くなさいよう工夫が施されていた。


 なるほど、並の迷子じゃないから保護者側がGPSをつけているのか。それなら、保護者──シイナの姉がここに来るのも時間の問題だろう。


 俺はほっと安堵の息を漏らす。警察沙汰にはせずに済みそうだ。


「そっか。……なら安心だね」

「はい。あんしんです」


 とはいえ、このまま立ち去っていいかと言えばそれは違う。保護者が来るまで、シイナを放置しておくのはリスクがある。


「シィちゃん。お姉さんが到着するまで、そこのベンチでお話ししませんか?」


 沙由も同様のことを考えていたのか、俺よりも先に行動に移した。


「ありがとですサユねえ。でも、シイナはひとりでだいじょうぶです」

「え? で、でも」

「ひきつづき、でーとをおたのしみください」


 ペコリと頭を下げられる。

 気の遣いようが幼女のそれではなかった。


 この子、精神年齢いくつなんだろう……。


「気にしなくて平気だよ。デートはいつだって出来るし」

「そうですよ。それに私、シィちゃんとお話ししたいです」

「そうですか。ならば、シイナはリョウタにいとサユねえといっしょに、おねえちゃんをまちたいとおもいます」


 何はともあれ、そんなわけでデートの途中で遭遇した幼女と、しばらく時間潰しをすることになったのだが……。


 まさかこの幼女が、俺たちカップルを弄ぶことになるとは、この時は露とも考えていなかった。

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