映画とクレープ

 映画の上映時間が迫り、俺たちはスクリーン一番に足を運んでいた。

 席はだいぶ後ろの方。まだ、公開から間もない映画のため、客足は多かった。


「Nの21……はここか」


 順番に数を追いながら、購入した席に到着する。

 沙由がNの20に座ろうとするのを確認すると、俺は呼び止めた。


「……あ、待って沙由」

「え?」

「俺、そっち座るわ」

「あ……いえ、気にしなくて大丈夫ですよ?」

「いいから、沙由はこっち」

「は、はい」


 半ば無理矢理、沙由をNの21に座らせる。

 元々、沙由が座る予定だったNの20に俺は腰を下ろした。


 ポップコーンを間に置くと、沙由がクスリと微笑む。


「……涼太くんのそういうところ、大好きです」

「べ、別にただ気分が変わっただけだって」


 恥ずかしくなって、俺はそっぽに視線を逸らした。

 前の席の人が、少し身長が高めで頭がはみ出している。

 さり気なくやったつもりが、沙由にはお見通しだったらしい。……気づかれずスマートにやるから、こういうのは格好良いのにな……。まだまだ未熟者である。


「はい、あーん」


 俺が顔を赤くしていると、沙由がポップコーンを俺の口に運んできた。


「……自分で食べれるって」

「あれ、忘れちゃったんですか?」


 今日は人目を憚らず、イチャつく約束だった。


「……あーん」

「美味しいですか?」

「美味しいデス」

「棒読み気味なのが気になりますが、まぁ及第点としましょう」

「及第点……じゃあ正解例を見せてもらおうか」

「いいですよ」


 沙由が小さく口を開けてくる。

 俺はポップコーンをひとつまみすると、彼女の口元に運んだ。


「美味しい?」

「美味しくないです」

「え?」

「涼太くんが口移しで食べさせてくれないと……嫌です」

「え、これが正解なの?」

「はい。これが正解です」


 絶対、間違ってる……。

 ポップコーンを口移しで食べさせるって、そんな事バカップルでもやらない。


「さて、早速実践しましょう」

「す、するか。そんなこと」

「涼太くんが受け身でもいいですよ」

「そういう問題じゃない!」

「むぅ……人目を気にしてるんですか?」

「違うよ。常識を気にしてるんだ……てか、もう始まるって」


 館内の照明が落ちていく。

 もうそろそろ、上映の時間だ。


「……仕方ありません。今回は諦めます」

「今後も諦めてほしいなぁ……」


 そう、ぼやきつつ、スクリーンへと視線を移す俺だった。



 ★



 上映時間が終わった。

 沙由きっての要望で、普段は見ない恋愛映画だった。全体を通して見ると、面白かった。が……中々ツッコミ所のある映画だった。


 ポップコーンの空箱や、飲み物などを従業員が用意してくれたゴミ袋の中に捨てて、出口を目指す道中。沙由が俺の腕に絡みながら、映画の感想を告げてきた。


「面白かったですね」

「まぁ……そうだな。でも、最後にヒロインが亡くなる展開だと思ったんだけど、結局何も起こらなかったな」

「ハッピーエンドが好まれる時代なんですよ。ヒロインが死んじゃうくらいなら、いつの間にか出来た特効薬で病が治しちゃえみたいな」

「でも前振り全部台無しだったぞ……」


 色々とこちらの予想を裏切ってくる映画だった。


 見ている側としては、予想出来なくて面白かったけれど、作品としては……どうなのだろうという感じだ。いっそお涙ちょうだいの方が良かった気がするが。


「それに結局ハーレムエンドだったし、あれはよかったのか?」

「誰か一人を選ぶと角が立ちますからね。メインもサブもみんな幸せにする。それこそが、今求められているものなんですよ」

「良いのかなぁそれ……」

「映画ですからね。なんでもありです」

「そういうもんか」

「あっ、映画だからいいんですよ? 涼太くんはメインヒロインたる私だけ見ててください。他のサブヒロインに気を引かれたらダメですから」

「なんだよそれ。俺にサブヒロインなんかいないからな」

「だと、いいですけど……」


 段々と声が尻すぼみになっていく沙由。

 俺は困ったように頬を掻くと、沙由の手をぎゅっと強めに掴んだ。彼女も俺の手を握り返してくれる。


 そうして甘い空気を漂わせながら映画館を出ると、沙由の足がパタリと止まった。

 彼女は、近くにあるクレープ屋を指さすと口角をゆるめる。


「涼太くん、クレープ食べませんか?」

「あ、映画の半券で半額か」

「はい」

「じゃ、並ぶか」


 クレープ屋の列に並ぶ。

 圧倒的な女子率だった。男だけで並んでいる組はいない。俺たち以外にカップルが一組と、残りは女子だった。


「昔にもありましたね。こんなこと」

「昔にもって……割と最近じゃなかった? 半年くらい前にも一緒に映画見にいったじゃん」


 沙由に連れられて、映画を見に行った。その時はアニメ映画だったが、その流れでクレープを買ったのを覚えている。


「そうですけど、涼太くんと付き合い始めて毎日が充実しすぎているのか……凄く昔のように感じるんです」

「そっか」

「涼太くんはどうですか? 私と付き合い始めて、充実してますか?」

「うん、充実してるよ。沙由のこと全部分かってる気でいたのに、付き合い始めてから知らないことばっか増えてる……すごく、毎日が楽しい」

「えへへ、それはよかったです」


 俺の肩に身を寄せてくる。

 クレープとは別の甘い香りが、鼻腔をつく。こればかりは、何度経験しても慣れそうにない。


「……そ、そうだ。沙由はどれにする? 今のうちに決めとこーぜ」


 気を紛らわす意味も含めて、クレープへと話題を持っていく。

 沙由は看板に書かれたメニューに目を落とすと、唇をとがらせ思案顔をした。


「うーん……チョコバナナ……いえ、ストロベリーショコラでしょうか」


 二つの間に揺れ動いているらしい。

 真面目に悩む沙由の横顔に見惚れつつ、解決案を切り出した。


「じゃ、俺が片方頼むよ」

「あ、大丈夫ですよ。涼太くんが食べたいもので」

「こういう時は遠慮するのな。普段はぐいぐい間接キスしようとしてくるのに」

「だって、私の要望ばっか聞いてもらうのは涼太くんに悪いですし」

「気にしなくていいよ、そんな」

「でも……あ、じゃあ涼太くんが食べたいものを二つ選んでください。それを半分こしましょう」


 名案が閃いたと言わんばかりにパァッと目を輝かせる。

 俺がジト目を向けて嘆息していると、ちょうど番が回ってきた。

 もう沙由と話し合っている時間はなさそうだ。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」

「チョコバナナと、ストロベリーショコラで」

「……っ、ちがっ」


 注文と一緒に映画の半券を渡す。

 代金を渡し、あとは完成するのを待つだけだ。沙由が口を挟みそうになったので、口を手で塞いで強引に黙らせることにした。


 少し場所を移動して、クレープの出来上がりを待っていると、沙由が膨れっ面で不満をぶつけてきた。


「涼太くん……私、言いましたよね。涼太くんが食べたいものでいいって。今は涼太くんの意思を優先して欲しかったです」

「それなら優先してるよ」

「してないじゃないですか」

「沙由が喜んでくれるのが、俺にとって……い、いやなんでもない」


 我ながら、いけ好かないセリフを吐きそうになり、慌てて口を噤む。らしくない……。

 みるみるうちに、頬が紅潮していった。


 沙由も同様に頬を赤らめると、ぽしょりと呟くようにもらす。


「……さ、最後まで聞きたいです」

「……言わなきゃダメ?」


 コクリと首を縦に振られる。

 恥ずかしいから言いたくないが、……言わないとダメな雰囲気だった。


 俺は心を落ち着かせ、呼吸を整えると、今にも消え入りそうな声で。


「さ、沙由が喜んでくれるのが、俺にとって一番、なので俺の判断は間違ってないです、はい」

「……そ、そうですか。なら、仕方ないですね」


「あ、あのーそろそろ取りに来てもらえると助かるんですけど!」


 俺たちが、周囲も気にせず二人だけの空間を作り上げているときだった。

 女性の甲高い声が、割り込んでくる。


 クレープが出来上がっていたらしい。


「「す、すいません! 今行きます!」」


 俺たちは一言一句違わず声を合わせると、真っ赤な顔でクレープを受け取るのだった。やっぱり人目は気にするべきだと思う……。

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