初デート

「涼太くん、今日は何曜日ですか?」

「土曜日」

「と言うことは……?」

「分かってるよ。デートだろ」


 同棲の許可が下りた翌日。

 沙由の熱もスッカリ引いて、万全状態。


 休日で、差し当たって用事もない。よって今日はデートをすることになっていた。


 沙由と恋人としてデートをするのは初めて。平静を装ってはいるが、内心緊張していた。


 ソファにて、スマホ片手に朝の星座占いをぼんやりと眺めていると、沙由が肩を寄せてきた。


「覚えててくれてよかったです」

「俺の記憶力舐めすぎだって」

「えへ、涼太くんの記憶力は信用していますよ」

「ならいいけど」

「それで、私、もう出発していいですか?」

「……十時からって約束だよね?」

「そうなんですけど、やっぱり涼太くんと待ち合わせがしたくて」


 沙由はやけに、俺との待ち合わせに憧れがあるらしい。まぁ、家を出る時から一緒だと、デート感が薄れるからな。その気持ちはなんとなく分かる。


 けれど、


「まだ八時にもなってないからな。早すぎ」

「涼太くんを待ちながら、一人で悶々としてたいんです」

「……病院いく?」

「行きません! いいじゃないですか。誰に迷惑かける訳でもないですし。先に待ち合わせ場所に行く許可をください!」

「昨日も言ったけど、ダメ。行く時間ずらして待ち合わせするのはまだしも、今からじゃ二時間以上待つことになるだろ」

「私は全然構いません」


 なんら考えなしに、沙由はケロリと告げる。

 沙由にとって待ち時間は苦ではないのだろう。


 だが、俺は良い顔を示さない。沙由のほっぺたを両手で掴むと、優しめに左右に引っ張った。


「俺が構うの。だからダメ」

「ふぁ、ふぁんえふぇすふぁ?」

「ナンパに遭うかもしれないだろ。沙由可愛いんだし」

「……っ。ひょ、ひょうふぁくん……っ」


 手を離すと、沙由は頬に朱を注ぎ視線を落とした。


「俺、自分で思ってた以上に独占欲強いっぽい……。沙由に何かあったらって思うと心配でさ、だから待ち合わせの件は我慢して」

「……は、はい」


 かくして、デートの開始時刻までゆったりと家で過ごすことになった。




 ★




「悪い、待った?」

「今来たところです」


 駅構内にて、実にテンプレにも程がある会話を交わしていた。


 家を出た時間は二、三分しか変わらない。

 要するに、沙由は本当に今さっき着いたばかりだった。


 沙由は柔和な笑みを浮かべると、俺の左腕に絡みついてくる。当たっちゃイケナイ部分が当たって、俺の心拍が上昇した。


「……い、いきなりベタつきすぎ」

「いいじゃないですかカップルなんですし」

「そうだけど……てかさ、やっぱり変じゃない?」

「何がですか?」


 これ、と俺は自分の来ている服を指さす。

 今日は土曜日で学校がないというのに、俺も沙由も制服を着ている。


「普通に私服で良かった気がするけど」

「制服デートが出来るのは高校生の特権です。使える間に使っておきましょう」

「そういうもん?」

「そういうもんです」


 まぁ、大学生になって制服着ることはないか。

 恥を忍んで制服デートする事は可能だけれど、コスプレ感は拭えない。


 そういった意味では、合理的ではあるか。


「じゃ、早速だけど映画行く?」

「はいっ。でもその前に」


 沙由はカバンの中を漁り始める。

 そうして、見覚えのある紙切れを取り出してきた。


「……えっと、なんでそれを今出すかな……」

「涼太くんにお願いがあるんです」

「聞きたくないなっ」

「聞いてください♡」


 彼女の手元に握られているのは『なんでも言うコト聞く券』だった。

 これを使うってことは、普通にお願いしたら俺が首を縦に振らない要求ということだろう。


 じんわりと汗を蓄えながら、視線を斜めに逸らす。


「か、過度な要求をされると困るのだけど」

「なんでも、聞いてもらえる券だと聞いてますが」

「…………取り敢えず、要求を聞こうか」


 恐る恐る訊ねると、沙由は満面の笑みを咲かせた。


「今日のデートは、人目も憚らず目一杯、私とイチャイチャしてください」


「……何を、言っているの?」

「言葉の通りですよ。涼太くんって、周囲の目をよく気にしますよね」

「そりゃまぁ」

「でも私は、思う存分イチャイチャしたいです。だから、コレを使ってお願いしようと思ったんです」

「……さすがに限度はあるってか……最低限は人の目を気に──」

「気にしたくないです。せっかくの初デートですし、今日はいっぱい思い出作りたいんです!」


 沙由は臆することなく、真っ直ぐに要求を告げてくる。

 何かと人目を気にしすぎな俺にとって、彼女の要求は至極ハードルの高いものだった。普通にお願いしてきたら、絶対首を縦に振らなかっただろう。


『なんでも言うコト聞く券』の使い所としては完璧だった。


 俺は券を受け取ると、覚悟を決める。


「……わかった。じゃあ頑張ってみるよ」

「ホントですか。やったぁ」


 年甲斐もなく、沙由は手を上げて喜ぶ。

 そんな彼女を見て俺の頬も自然と緩む。


 沙由の後頭部に右手を添えると、そのまま許可も取らずに口づけした。


「……ッ!?」

「…………」


 時間にしては、三秒くらいだろうか。

 しっかりと接触する。周囲から、奇異な視線をいくらか集めたが、気にはとめなかった。というか怖くて見れなかった。……呪わないで頂けると助かります。


「りょ、涼太くん……?」

「人目も憚らずって言ったのは沙由の方だろ」

「そ、そうですけど……」


 沙由は頬を紅潮させると、しゅんと俯く。

 俺はそんな彼女の手を取ると、早速映画館目指して歩を進めるのだった。

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