同棲バレました

「あ、りょうちゃん。よかった! この時間は家にいないかと思ったんだけれど、一応来てみて正解だったわ」


 栗色の髪を、胸元のあたりまで伸ばし、毛先がカールしている女性。

 歳を感じさせないほど、抜群のスタイルをした彼女は、日比谷かなで。沙由のお母さんだった。


 俺の顔を見るなり、安堵めいた吐息を漏らし、両手を握りしめてくる。

 突然の展開に、目をパチパチさせていると、奏さんが続けて口を開く。


「あのね。ついさっき北海道から帰ってきたところなんだけれど、沙由が家に居ないのよ」


 え、えっと……一旦、冷静に状況を整理しよう。


 奏さんは、仕事の都合で北海道に行っていた。期間は二週間程度と、沙由が言っていた気がする。


 失念していたが、奏さんが北海道に行ってからもうすでに二週間近く経っている。いつ帰ってきてもおかしくない状況だった。

 本来、俺と沙由の同棲生活も、奏さんが帰ってくるまでの間と限定付きで始めたものだ。完全にやらかしだった。


 どうしよう……今、ウチに沙由がいる……。

 同棲してたなんてバレたら、どうなることやら。


「え、ええっと、この時間帯ですし、学校に行ってるんじゃないですか?」

「最初はそう思ったのだけれど、どうにもおかしいのよ」

「何がですか?」

「家の様子。綺麗好きの沙由にしては、掃除の跡がまるでないし。というか、もぬけの殻とでも言うのかしら。ここ最近、人が住んでた形跡がないのよね。洗濯物も干してないし」

「そ、そう、ですか。まぁ大丈夫だと思いますよ。十七時くらいになったら、帰ってくるかと」

「だといいのだけど、涼ちゃんからもメッセージか、電話掛けてもらっていいかしら。あの子、私のメッセージに気付いてないみたいなのよね。さっき電話した時も、繋がらなかったし」


 そういえば、沙由は昨日から風邪の影響でスマホから離れた生活を送っていた。

 今朝、休みの連絡をいれるのだって、俺が代わりにやったし。多分、スマホの充電自体切れている。


「わ、わかりました。やっておきます」

「ごめんね。ありがとう」

「じゃあ何かわかったら連絡しますね」

「頼むわね。それじゃあ──」


 と、奏さんが玄関扉に手を掛けた時だった。

 タッタッ、と階段を降りてくる音がした。途端、俺の全身から急激に汗が吹き出してくる。


 だが、振り返った時にはもう手遅れだった。

 パジャマ姿の沙由が、目に見える距離にいる。


「涼太くん。少し騒がしいですけど、どうかし──」

「え、どうして沙由が涼ちゃんの家にいるの?」


 階段の途中で足を止めて、「あ」と沙由は口を開ける。奏さんは、困惑の表情を浮かべていた。

 俺はそーっと視線を逸らすと、早速、現実逃避を始めるのだった。



 ★



「熱が出て学校休んでたってのはわかった。けど、どういうことかしら? もし看病するなら、普通ウチでするわよね」

「お母さんが北海道に行ってる間、色々あって涼太くんと同棲してたんです」

「同棲って、沙由と涼ちゃんは付き合ってるってこと?」

「は、はい。報告が遅れてすみません。二週間くらい前から、沙由と付き合いはじめました」


 現在、場所を移動して我が家のリビングにて。

 ダイニングテーブルを囲うようにして、俺たちは座っていた。俺と沙由が隣に座り、沙由の正面の席に奏さんが座っている。


「そう、なんだ……え? 付き合ってすぐ同棲してるの? は、早くない?」

「知らないんですかお母さん。最近の子はなにかと早いんですよ。スマホの回線速度みたいに」

「その例えはどうかと思うけれど、そういう話は聞くわね。そう、そんなに早いの……まぁ沙由が涼ちゃんにゾッコンなのは知ってたから、付き合うことに文句はないのだけ……でも同棲って……」


 心底困惑した様子で、今度は俺の目を見てくる。そんな目で俺を見ないでください。


 俺だって、同棲は反対していた。だが、『なんでも言うコト聞く券』によって、強制敢行されただけなのだ。

 とはいえ、それを一から説明するのも忍びない。結局のところ、それは言い訳にしかならないし。


「えっと、夜に家で一人で過ごすのが不安だって沙由が言ってたので、それで」

「そのくせ、涼太くん一緒に寝てはくれませんけどね」

「……っ、あ、当たり前だろ! 何言ってんだよいきなり!」

「あ、でも、昨日は一緒に寝てくれましたっけ」

「誤解生みかねないから、余計なこと言うなって!」

「あ、貴方達もうそこまで進んでるの……!?」


 ほーら、勘違いされた。


 てか、強心臓すぎないか沙由。

 実親の前だぞ。普通、もっと大人しくなりそうなものだけど。


「一応言っておきますが、沙由とは節度のあるお付き合いをしてますから」

「いきなり同棲して言われてもねぇ」


 返す言葉もない! 

 俺が頬を赤らめつつ、視線を下に落としていると、奏さんが沙由に目を向ける。


「というか、どうして沙由は私の連絡をずっと無視してたのかしら」

「あ、すみません。スマホの電源オフになってました」

「はぁ。そういう所はちゃんとしなさい。心配したんだから」

「ご、ごめんなさい」


 奏さんがムッとした表情で優しく叱責する。

 沙由はバツの悪そうな顔をして素直に謝罪した。


 奏さんはホッと息をつき、お茶を一口含むと。


「ちなみに今後も同棲は続けてくつもりなのかしら?」


 俺はブルブル首を横に振って、否定する。


「し、しません。奏さんが帰ってきたので、もう同棲は解消です」

「あら、そうなの。続ければいいのに」

「え?」


 何を言ってるんだこの人……。

 怒られる覚悟でいた反面、その発言は意表を突かれた。


「い、いやいや……続けるのはマズくないですか?」

「何がマズいの?」

「そりゃ色々……なんというか」

「気の知れた涼ちゃんなら安心だし。もし、何かあった時はキチンと責任を取ってくれるのでしょう?」


 微笑を湛える奏さん。すごい優しい笑顔なのに、なぜだろう背中がゾクっとする。


「それに、私も仕事であまり家に居られないし、実際、沙由が一人の時間って多いのよ。ALS○Kには入っているけれど、涼ちゃんと一緒の方が安全かなって」

「いや信じましょうALS○K! 俺より、絶対信頼になりますから!」


 この親子、ALS◯K信用してなすぎだろ。


 まさかの同棲継続を勧められ、俺が当惑しているときだった。

 くいっと服の袖を捕まれる。


「涼太くんは、同棲やめたいですか?」

「……え、それは」


 ゴクリと唾を飲み込む。

 正直、この二週間足らずだが、すでに一緒に居るのが当たり前の感覚が根付きつつある。


 この場に、同棲を反対している人がいない。第一関門だと思っていた奏さんが賛成派だったし、無理に同棲をやめる必要がなかった。


「私は、涼太くんがやめたいなら、やめてもいいですよ……」

「…………」


 珍しく、しおらしい態度を取る沙由。

 俺は逡巡した後で、拳を握り覚悟を決めた。真っ直ぐに、奏さんを見つめる。


「奏さんが許可を出してくださるなら、引き続き沙由と同棲させてください」

「そう。わかったわ、沙由のことお願いね涼ちゃん」


 ニコッと優しい笑みを浮かべる奏さん。


「はい」

「くれぐれも高校生らしいお付き合いをね」

「……心得てます。あ、ただこのことは健二けんじさんには──」

「内緒にしといてあげる。話したら、血相変えて来そうだものね。ふふっ、涼ちゃん殺されるかも?」

「わ、笑い事じゃないんでマジでやめてください。ホントに……」


 健二さんとは、沙由のお父さんのことだ。


 前にも少し話したかも知れないが、沙由のことを溺愛している。今は会社の都合で、別居しているが、もし俺が沙由と付き合っていることを知ったらどうなることやら。


「大丈夫ですよ涼太くん。もし何かあった時は、私が守ってあげますから」

「余計に反感買っちゃうよ……」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。涼ちゃんなら、半殺しくらいで済ませてくれると思うわ」

「それ、全然大丈夫じゃないと思うんですが!」


 想像するだけで身の毛がよだつ。

 俺がブルブル震えていると、奏さんは荷物を肩にかけてリビングの扉を開けた。


 俺と沙由もその後に続く。奏さんは靴を履き終えると、柔和な笑みを浮かべてこちらに振り返ってきた。


「それじゃ、私は帰るわね。お幸せに」

「たまには、家事をしに帰りますね」

「そう? そうしてくれると助かるわ。じゃ、またね」


 奏さんは、小さく手を振ると玄関扉を抜けていく。奏さんが居なくなった後で、俺たちはパチリと目を合わせた。


「えへへ、幸せになりましょうね涼太くん」


 ニコッと笑みを見せてくる沙由。

 その顔が眩しくて、しばらく沙由のことを直視できなかった。

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