添い寝

「涼太くん。私のそばにいなくて大丈夫ですよ。移ったら大変ですし」

「大丈夫。俺、病気とかほとんどかからないし。俺は気にせず、寝てろって」

「ですが……」

「それより、なんかして欲しいことないのか? リンゴでも剥いてこようか?」

「ありがとうございます。でも、今は大丈夫です」

「そっか」


 現在、沙由の寝ているベッドの近くに椅子を置き、俺は文庫本を開いている。


 今日は俺も学校を休むことにした。病弱というわけではないが、沙由はそんなに身体が強い方じゃない。

 何かあった時に、すぐに対応できるようにしたかった。決してサボりたかったわけじゃないからな?


 沙由は布団を口元まで持ってくると、クスクスと笑い出す。


「ふふっ、前にもこんなことありましたね」

「あったっけ?」

「ありましたよ。中学二年生の時に、私がインフルエンザにかかって」

「あ、あれは、俺もインフルエンザに罹りたかっただけだからな。ほら、インフルエンザって治った後も、三日くらい学校休まなきゃだろ」

「こんな時に照れ隠ししなくていいですよ。忙しいお母さんとお父さんに代わって、涼太くんが看病してくれたんでしょう?」

「どうだったかな。昔のことだから覚えてない。てか、無駄口叩く暇あるなら寝ろって」

「はーい。……あ、じゃあ一つお願いしてもいいですか」

「ん?」


 沙由は、布団の中から右手を出すと、俺の方に向けてきた。


「手、握っててください。涼太くんに手握ってもらうと、安心するんです」

「それだけでいいのか?」

「もっとお願いしてもいいんですか」

「まぁ、それが病人の特権だろ」


 病気に侵されているうちは、無双モードみたいなとこあるからな。甘えたい放題、何を要求しても大抵のことは叶えてもらえる。


「じゃあ」


 沙由は、僅かに潤んだ瞳でジッと俺を見つめると、俺の手をそっと握ってきた。


「私が寝るまでの間でいいので、添い寝してくれませんか」


 とはいえ、そこまで大胆な要求をされるとは考えていなかった。




 ★




 結局、押し切られる形で、添い寝することになった。二人で寝るには若干手狭なベッドで、肌と肌を密着させる。

 沙由の体温が高いせいなのか、それとも単純に緊張や照れによるものなのか、あるいはその双方かは分からないが、暑くて仕方ない。


 だが、クーラーを付けたところで解決しないタイプの暑さなのは間違いなかった。

 沙由は俺の身体に顔を近づけると、幸せそうに破顔する。


「涼太くんの匂い、好きです」

「普通に恥ずかしいんだけど」

「病人の特権なのでは?」

「そうだけどさ。ちょっとやり過ぎな気が」

「涼太くん。キスしてください」

「……ゴホッ、コホッ!」


 風邪の影響だろうか、いつにも増して攻めが強い。


「し、しないよ。風邪が移るかもだし」

「涼太くんは病気にはかからないんですよね」

「……とにかく、こんな時に初キスとかおかしいから」

「なら、どうしたら、キスしてくれるんですか」

「時と場合?」

「誰もいない時間に、添い寝ですよ。条件満たしてません?」


 目を輝かせて、俺にキスするよう求めてくる。このままじゃ、いつまで経っても沙由が寝そうにないしな。

 俺はなけなしの勇気を振り絞ると、彼女の額にかかった髪の毛を手で払い、開いたスペースに口を近づけた。


「……っ。ば、場所間違えてますよ涼太くん」

「ね、寝る気なら添い寝やめるからな」


 身体を180度動かして、顔をそっぽに向ける。

 ヘタレの俺にあんまり高度な要求をしないでほしいものだ。

 と、軽く拗ねていると、唐突に首元に柔らかく湿った感覚が襲ってきた。


「……っ。な、何すんだよ」


 俺はビクッと肩を上下させると、身体を元の状態に戻す。頬を赤らめながら叱責する。


 と、今度は俺の頬に目掛けて、沙由が口付けしてきた。

 途端、俺は胸の奥から強烈に熱くなる感覚に襲われた。


「えへへ、私からしてもいいですよね」

「べ、別にダメじゃないけどさ。今は病人だろ。もっと安静にしてろって」


 俺が黒目を泳がしている隙に、沙由が再びキスしてくる。今度は左頬だった。

 俺はさらに顔を赤く染めると、照れ隠しの意味も含めて、沙由の髪の毛をくしゃくしゃに弄る。


「だーかーらー、もう寝ろって言ってるだろ」

「あー、なにするんですか……!」

「寝ると約束しないと、もっとぐしゃぐしゃにするからな」

「私はもっとイチャイチャしてたいです」


 今度は負けじと沙由も俺の髪の毛をくしゃくしゃにしてくる。ベッドで隣り合わせになりながら、何してんだって感じだ。

 だが、不思議と俺と沙由も笑みがこぼれ落ちていた。


「風邪が長引くとマズイから、もう寝よう」


 俺は沙由の頭を優しく撫でると、いい加減寝るように指示する。沙由は俺の髪から手を離すと、胸元に顔を埋めてきた。


「はーい」


 無性に、沙由のことが愛おしくなった俺は、そっと背中に手を回して、優しく抱きしめる。

 安心したのか、程なくして沙由は眠りにつく。


 お役御免になった俺は、ベッドから抜け出そうと──


「……あ、あれ」


 したのだが、沙由の手が俺から離れてくれない。

 強引に引き剥がすと、起こすかもしれないしな。


 しばらくはこの理性が崩壊しそうな状況で耐えるしかなさそうだ。


 俺は改めて気合を入れ直すと、ぶつぶつと頭の中でお経を唱えるのだった。

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