寝起きと嫉妬

「……いっ!」


 翌朝。

 俺は左頬に強い刺激を感じて、意識を覚醒させた。


 解像度の低い視界に映るのは、栗色の髪と薄茶色の瞳。

 彼女は俺が目覚めたことを確認すると、柔和な笑みを浮かべて声をかけてきた。


「おはようございます」

「……い、痛いんだけど……」


 普段はもっと優しく起こしてくれるのに、今日に限って頬をつねられている。しかもかなり強めに。

 そして困ったことに、起床した今もやめてくれる気配はなかった。


 いくら女子の馬力とはいえ、つねられるのは痛い。だから早くやめてほしいのだけど。


「お仕置きです」

「お仕置きって……」


 何かやらかしただろうか。つねられるような事をした心当たりは……あっ。


 俺は布団以外の温もりがあることに気が付く。それと同時に、冷や汗がにじみ出た。


 視線を向けると、そこではすやすやと寝息を立てる妹がいた。

 コアラのようにべったりと俺の腕にくっつき、心地よさそうにしている。


「シスコンですね。涼太くん」

「ち、ちが──これには事情が!」

「へえ、どんな事情でしょう?」

「いや、まぁ事情っていうほどでもないんだけど」


 とりあえず、後先考えず口を開いたものの、事情と呼べるほどのものはなかった。

 とはいえ、余計な誤解を与えないためにも弁明はさせてもらおう。


「昨日俺が寝ようとしたときに、俺のベッドの中に美咲が潜り込んでたんだ。追い出そうとしたんだけど全然言う事聞いてくれなくてさ。それで仕方ないからそのまま寝たんだ。ほんとそれだけ」

「それだけって普通に大問題ですけど……。そこは否が応でも追い出すべきでしょう」

「眠くて追い出す気力が湧かなかったんだよ」

「だったら、せめて私を呼んでください!」


 むっと口を尖らせながら言う日比谷。


「わかった。次から眠くてしょうがないときは日比谷を頼ることにする」

「そうしてください。……あと、人肌が恋しくなったらいつでも私を呼んでくれていいですからね」

「検討しとく」

「はいっ」


 日比谷は口角を上げ、満面の笑みを浮かべる。

 適当に返事をした反面、それだけ喜ばれると、こちらとしては忍びない。そんな期待した目で見ないで欲しい。


 まあ恋人なんだし、そのくらいいいのかな? 

 浮ついたことを考えていると、衣擦れの音が聞こえてきた。それから間も無くして。



「……お兄」



 美咲が俺を呼ぶ声がする。

 振り返ってみるも、美咲のまぶたは落ちている。寝言のようだ。


「というか、いつまで美咲ちゃんと仲良く寝てるんですか。早く起きてください」

「い、いやそれが、引っ付かれてて起きれそうにない」


 美咲が俺に腕にコアラみたく絡みついているため、起き上がりたくても起き上がれない現状だった。


 日比谷はムッと唇を前に尖らせると。


「涼太くんのシスコン……」

「ち、違うって」


 えらい誤解を受ける。

 今度からは、絶対美咲と一緒に寝ないようにしよう。そう、心に誓う俺だった。

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