妹と就寝
「涼太くん、口開けてください」
「だ、大丈夫だって。一人で食える」
「遠慮しないでください。あーん」
「……っ」
時は少し過ぎ、現在夕食の時間。
我が家のリビングにて。
右隣に座っている日比谷が、俺の口に一片のハンバーグを運んできていた。
俺は顔を熱くしながら、しぶしぶ口を開け――
「お兄が嫌がってるでしょ。やめてよ」
――ようとしたところで、美咲が口を挟む。
切れ長の目を更に尖らせ、ハンバーグと俺の口の前に右手を差し込んでくる。
突然出来上がった堤防を前に、日比谷は難色を示した。
「邪魔しないでください美咲ちゃん。涼太くんは嫌がってませんよ。ね? 涼太くん」
「そうなの? お兄」
二人の視線を同時に集めながら、俺は視線をあさってに逸らす。
「え、い、いや……まぁ、なんというか」
はぐらかすのが精一杯だった。
★
「……はあ」
俺と日比谷の二人だけでも先行きが不安だった同棲生活だが、そこに妹まで追加されては不安も倍増だ。
現に、日比谷は執拗に俺との距離を詰め、ベタベタしようとしてくるし。美咲はそれを見て、阻止しようとするしで大変である。
賑やかといえば聞こえはいいが、騒がしいばかりでご近所さんから苦情がこないか心労は絶えない。
なんとか就寝時間が迫り、俺は自室のベッドに向かう。
まぶたを落とせば、すぐに眠れそうな状態である。
しかし、布団をめくり、ベッドに潜り込もうとしたその時だった。
「……?」
違和感が俺を襲う。
おかしい。普段よりもベッドのスペースが少なく、すでに生暖かくなっている。
俺はまぶたをパチクリさせ、暗順応してきた瞳で、違和感の正体を探った。
「……なにしてんだよ……お前」
見れば、俺のベッドの隅っこで縮こまる妹の姿があった。
普段は左右に結ってある黒髪は、胸元の辺りまですらりと伸びており、化粧の落ちたスッピン状態。
俺が怪訝そうに美咲に視線を送ると。
「悪霊対策してるの」
意味不明な回答をする美咲。
「悪霊って……うちにそんなのいないだろ」
「お兄の自称カノジョのことだよ。あの人、お兄の寝込みを襲ってきそうだからね。警戒しとかないと」
「自称って、いや公認だからな……それに、そんなことはしないよ」
「どうだか」
家庭内ルールで、風呂や寝室には勝手に入らないと決めてから、日比谷は謹んでいる。
俺の起床が遅いと起こしに来てくれたりはするが、寝込みを襲うようなことはしていない。
「それにあの人、邪魔者は徹底的に潰してきそうだからね。わたしが一人だと危ないんだよ」
「妄想も行き過ぎると大変だな」
「妄想じゃないし」
「まあなんでもいいけど、自分の部屋で寝てくれよ。邪魔だし」
「なんでそう邪険にするかな。今時、兄と一緒に寝てくれるJK妹なんて居ないよ? お金取れるレベルだよ?」
「俺は実妹と添い寝できて喜べるほど、変態じゃないんだよ。それに、俺のベッド一人用だし狭くて仕方ない」
俺がそう言い切ると、美咲はムッと唇を尖らせる。
そっぽを向きながら、不満げに漏らした。
「ふーん。ま、そうだよね。わたしがいたらプロレスごっこできないもんね」
「しねえって。大体、日比谷と付き合い始めたの一週間前からだからな? そんなテンポ良く進むかっての」
「え、じゃあ付き合い始めて即同棲始めたってこと?」
「……まぁ、そうなる」
「テンポ良く進んでるじゃん」
「…………」
「なんで黙るし」
普通の恋人ではありえない展開なのは間違いないな。
「とにかく自分の部屋に戻れって」
「ヤダ。今日はここで寝るって決めてるの」
「んな強情な……」
「お兄が融通効かないだけだよ」
この調子じゃ、俺の部屋から追い出すのは骨が折れそうだ。力づくで退かせないことはないが、今は睡魔が強くてそこまでの行動力は起きない。
俺は小さく吐息を漏らす。
やむを得ん、諦めよう。人間は睡魔に勝てないのだ。
「……部屋から出とけよ。俺はもう寝る」
俺は枕に頭を預けると、布団を胸元まで被った。
美咲に背を向けるようにして、俺はまぶたを落とす。睡魔に誘われ、俺の意識がまどろむ。夢の世界に旅立つまで、時間はかからなかった。
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