妹か、カノジョか
俺は今、二人の視線を一身に浴びながら、現実逃避を始めていた。
……思った通りだ。
やっぱり面倒な展開になってしまった。
日比谷と美咲は、なにか揉め事を起こすと最終的に俺にどちらかを選べと言ってくる傾向がある。今回も例に漏れず、そのパターン。
参ったな……どっちを選んでも角が立つし正解がない。
「わたしだよね? お兄。だって家族だし。そもそもここはわたしの家でもあるわけだし、部外者が出ていくべきだと思うよね?」
「涼太くんは、カノジョを捨てるような真似はしないって信じてますからね!」
「そ、そんなこと言われても困るって……」
俺は苦く笑いながら、そーっと椅子の足を引く。
「それにほら、どっちかが出てく必要もないだろ? 変に事を荒立てるのやめよ」
「でもそれだとこの人と同居するってことでしょ? そんなの絶対耐えらんない」
「日比谷は別に問題ないよな? 美咲と一緒でも」
「涼太くんがそれを強制するのであれば、甘んじて受け入れます」
なるほど、どうしようもないなこれ。
俺の肩がドッと重たくなる。
俺は、痛み出しそうな頭を手のひらでさすった。
最良の選択を模索するが……やはり思いつかない。
開き直って、妹か、カノジョかを選ぶにしたって、結局決められないのが厄介な点だ。
俺の中では、美咲も日比谷も同列。どっちが上も下もない。
俺が頭を悩ませていると、日比谷が何か閃いたのか口を開いた。
「仕方ありません。あんまり涼太くんを苦しめても悪いですからね。……美咲ちゃんを選んでください」
「いいの?」
美咲を選ぶ……それはつまり、日比谷がウチから出ていくことになるわけだが。
「はい。その代わり、涼太くんがウチに来てください。それでまるっと解決です。別に、涼太くんの家にこだわる必要はありませんしね」
「なるほど……」
突然勝負を諦めたのかと思えば、日比谷なりの考えがあったらしい。
それなら丸く収まるか。余計な角が立たずに済む……。
俺は顔を上げ。
「わかった、じゃあ──」
「ちょっと待ったあああ⁉︎ え、なに妙なこと言い出してんの! ふざけるのも大概にして!」
「別にふざけてませんが」
「だってそれじゃあ結局同棲のままじゃん! てか、お兄が奪われる形になってるし。なんかわたしが負けたみたいになってるし!」
「いえ、涼太くんが選ぶのは美咲ちゃんになるわけですから勝ってますよ。おめでとうございます。よかったですね♪」
「勝ち誇った顔して言うな! てか、お兄! そんなの認めないからね⁉︎ 大体、お兄がいなかったら、誰がわたしのご飯作るの⁉︎」
美咲が俺の胸元を掴み、ユサユサと揺らしてくる。
そうだった。美咲は料理がてんで駄目なのだ。
カップラーメンを料理とのたまうくらいには、何も出来ないと言っていい。
俺が日比谷の家に一時的に住むことになれば、食事面で支障をきたすことになるのか。
とはいえ、現状、ほかに良い案もないわけで。
「じゃあ日比谷のウチに泊まりつつ、俺が美咲の料理を作りにくるよ。それなら問題ないだろ?」
「何も解決してない! てか、どうしてお兄が日比谷家に行くわけ? それがまずおかしいじゃん」
美咲の意見は筋が通っている。
しかし、お忘れかもしれないが、俺は『なんでも言うコト聞く券』というチートアイテムが起因して同棲することになった。
期間は、日比谷の親が帰ってくるまでの間と制約をつけてあるが。
逆に言えば、それまでは同棲を続けるという意味でもある。
だから、同棲解消という選択肢は俺にはなかった。
「奏さんが帰ってくるまでは同棲するって、約束しちゃったからな」
「むう。……お兄が居なくなったらわたし一人なんだけど。夜に未成年の女の子一人とか危ないと思わないわけ? 妹が心配じゃないんだ?」
「一人で色んなとこに旅行決行してる妹に言われても……」
「アウトドアが裏目に!」
美咲は下唇を噛んで悔しそうに呻く。
日比谷は椅子から立ち上がると、口元を綻ばせて。
「じゃあ決まりですね。ウチにいきましょう涼太くん」
そう言って、俺の腕を引き上げてきた。
「わかっ――」
「待って」
しかし、俺が席を立とうすると、美咲が制止してくる。
「ウチに住んでいい。三人で住もう」
「え、いいのか?」
「苦渋の決断だけどね。お兄が日比谷家に行くよりマシだし」
「そうか。日比谷もそれでいいか?」
「……いや普通に嫌ですけど」
美咲が折れてくれたかと思えば、日比谷が難色を示した。
まったく、中々どうして上手い具合に進まない。
どうしたものかと眉間にシワを寄せていると、美咲が俺に耳打ちしてきた。
「でもさっき、お兄が強制するなら甘んじて受け入れるって言ってたよね。だったら、お兄が無理矢理言うこと聞かせちゃえば?」
無理矢理って人聞き悪いな……。
とはいえ、現段階で一番マシな手段はそれか。
俺は小さく息を吐くと、日比谷に目を向けた。
「じゃあこの三人でしばらくウチに住むってことで。異議は受け付けない」
「……釈然としませんが、涼太くんがそう言うのでしたら、わかりました」
ひとまずはどうにかなったけど、これからが問題なんだよなぁ。
俺は安堵の息を漏らすと同時に、ここから始まる三人の同棲生活に辟易としていた。
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