恋人なんて認めない
場所は変わらず我が家にて。
俺たちは玄関からリビングへと移動していた。
四人掛けのダイニングテーブルに、俺と日比谷、美咲の三人が座っている。席の配置は、俺の隣に日比谷。俺の正面に美咲だ。
重たく張り詰めた空気の中、最初に口を開いたのは仏頂面をした美咲だった。
「……で、お兄。どうしてこの人がウチにいるわけ?」
美咲が気になる点は当然そこだろう。
俺は眉毛の辺りを指で掻きながら、単刀直入に切り出した。
「えっと、俺たち付き合い始めてさ。それで、一週間くらい前から……一緒に住んでる」
「聞き間違いだよね? 今、一緒に住んでるとか聞こえた気がするんだけど」
「安心しろ。聞き間違えてない」
「いやいや安心できないんですけど、なに一緒に住んでるって。てか、付き合ってるってなに? 寝言は寝ていって!」
美咲が鬼気迫る様子で、まくし立ててくる。
妹の気迫に気圧されていると、日比谷が横から口を挟んできた。
「寝言じゃないですよ、美咲ちゃん。私と涼太くんは付き合ってます。ラブラブです」
「ちょ、なにして⁉︎」
「いいじゃないですか。恋人なんですし」
「そ、そりゃそうだけど……」
日比谷が、美咲に見せつけるかのように俺の腕にべったりと絡んでくる。
小さい頭を俺の肩に乗せ、微笑を湛えていた。
「……ッッ。は、離れてよ! お兄にベタベタしないで!」
美咲は勢いよく椅子から立ち上がると、力強くテーブルをたたく。
「嫉妬は見苦しいですよ美咲ちゃん」
「嫉妬じゃない! お兄が、あなたに触れられてる事に虫唾が走るだけ! ……てか、お兄! 付き合う人は選んでよ。わたし、お兄のカノジョがこの人なんて認めないからね⁉︎」
「いや認めないって言われてもな……」
美咲が、今にも噛み付いてきそうな表情で凄んでくる。
俺は頬を斜めに引きつらせた。
やはり、日比谷と美咲は折り合いが悪いらしい。
決定的に二人の仲を悪くする何かがあったのか、単に生理的に受け付けなくなったのかは謎だが、正に犬猿の仲である。
俺は小さくため息を吐く。出来ることなら仲良くして欲しいけど、それは叶いそうにないな。
「仕方ありません、涼太くん。私たちがいかに愛し合ってるか、美咲ちゃんに見せてあげましょう。そうすれば、彼女の幻想をぶち壊せます」
「──ッ、愛し合っ──⁉︎ な、なに言ってんだよ」
「ば、バカなこと言わないで⁉︎ あ、愛し合ってるところ見せるとか! 変態⁉︎」
日比谷の突拍子のない発言に、美咲が真っ赤な顔で怒号を飛ばす。
「変態? どうしてですか?」
「だ、だって……愛し合ってるところ見せるって、つまりアレをするってことでしょ? そ、そんなの──」
「アレってなんですか? ちゃんと言ってください」
「だ、だから……子供ができるようなことするんでしょ。そんなの見せつけるとか、変態じゃん⁉︎」
「だそうですが、どうしますか涼太くん。美咲ちゃんの要望に応えてあげますか?」
日比谷が表情を緩めながら訊いてくる。
俺はため息混じりに即答した。
「するわけないでしょ」
「ですよねー……」
俺は日比谷から目を離し、首や耳まで真っ赤にした妹に目を向ける。
「変な勘違いしてるみたいだから一応言っとくけど、そんなことしないからな」
「でも、愛し合ってるとこ見せるとか言った!」
「思春期拗らせすぎだ。大体、お前の想像してるようなことは一切してないから」
「ほ、ほんと?」
「俺のヘタレ具合を知らないのか」
「なるほど、なら納得だ」
それで納得されるのは癪だが、変な誤解は生まずに済んでよかった。
まったく、誤解を生むような言い方はしないでほしい。まあ、美咲の想像力が豊かすぎたのが九割方悪いけど。
「でもじゃあ、愛し合ってるとこ見せるってなに? なにする気だったの?」
「いや、それは知らないけど」
言いながら、俺は日比谷に目を向ける。
日比谷は、俺の視線から逃れるように、あさってを向く。
仄かに頬が赤くなっていた。
「…………」
「や、やっぱそういうことなんだ……っ」
駄目だこいつら、早くなんとかしないと……。
俺は小さくため息を吐くと、話の軌道修正を図った。
「……だいぶ話逸れたから元に戻すけど、俺と日比谷は付き合ってて、訳あって一週間前から一緒に住んでんだよ。ただそれだけ」
「その訳あってってのはなんなの?」
「
「いやいや、意味わかんないんだけど。この平和な島国で夜が物騒もなにもないじゃん! 大体、日比谷家はALS◯K入ってるし、安心安全でしょ⁉︎」
美咲が、この前の俺みたいなことを言う。さすが我が妹である。
全くその通りなので、反論の余地はない。
『なんでも言うコト聞く券』とかいうチートアイテムさえなければ、同棲する事にはなってなかっただろう。
「正論がいつでも通るわけじゃないんですよ。やれやれ」
「今は通って良い場面だし。てか、適当なこと言って結局お兄と一つ屋根の下で暮らしたかっただけでしょ。どーせ!」
「大正解です」
「合ってるのかよ!」
美咲は再びテーブルをたたいて、激昂する。美咲が来てから騒がしいな……。
ひとまず、どうして日比谷がうちにいるのかは説明を終えたわけだが。
これで、はいそうですかとはならないだろう。
俺はこれから先の展開を想像して、ため息を漏らした。
「もういい。とにかく、ウチから出てってよ! あなたが我が家に介在する余地は、一ミリだってないんだから!」
「美咲ちゃんこそ旅行の続きしててください。小姑はいらないですから」
「誰が小姑だ⁉︎ ああもうホントムカつく! いいよ、じゃあこの際、どっちが家にいるべきかお兄に決めてもらおうよ! 選ばれなかった方が、うちから出てくってことで!」
「いいですよ。受けて立ちます!」
ガミガミ言い合っていた二人が、急に俺の方を向く。俺はたらりと冷や汗を流した。
ほら、思った通りだ。
やっぱり面倒な展開になりやがった。
二人分の視線を浴びながら、ガクッと項垂れる俺なのだった。
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