妹登場

 同棲を始めてから、早くも一週間が経っていた。

 六月上旬の日曜日。中間テストも終わり、一時の開放感に満ちている。


 リビングにて、ゆったりとした時間を過ごしていると、インターホンが鳴った。


 ──ピンポーン


 今、日比谷は自宅に戻って私物を取りに行っているため、この場には居ない。隣の家なので、すぐに帰ってくるとは思うが。

 そのため、俺以外に応対できる人間がいなかった。


 参考書から視線を外して、俺はソファから腰を上げる。

 来訪者は、十中八九配達員だろう。日比谷はウチの鍵を持ってるしな。いや、荷物がいっぱいで鍵が使えないとか? 


 来訪者の顔を想像しつつ、玄関へと向かう。モニターで確認はしなかった。

 ガチャリと鍵を開け、扉を押した。



「ただいま。お兄」



 しかし、玄関扉を隔てた先にいたのは、俺が予想してなかった人物だった。俺の妹──早坂美咲はやさかみさき


 腰の丈くらいあるスーツケースを持ち、小洒落たブランド品を見にまとっている。


 同じ血が通っているのか疑いたくなるくらい、綺麗な顔立ち。歳の割に垢抜けている。

 黒髪のツインテールを揺らしながら、彼女は帰宅を報告してきた。


 美咲が家を開けたのは、一週間ほど前のこと。


 普段であれば、平気で一ヶ月近く帰ってこないのだが。


「どうしたんだよ? 沖縄旅行はもういいのか?」

「うん、急にお兄の顔が見たくなっちゃって」

「悪いものでも食べた? 救急車呼ぼうか?」

「せっかくブラコン妹っぽいこと言ってあげたんだから素直に喜べばいいのに。なんでそう捻くれた解釈するかな」

「喜べる要素がありゃ喜んでるよ」

「なるほど、わたしじゃ喜びには値しないと」

「そういうこ──っぅ! なにすんだよ!」

「なんかむかついたので」


 酷い理由でみぞおちを攻撃される。

 俺が痛みにうずくまっていると、美咲はすたすたと横を通り過ぎ、玄関に上がった。


「……ん」


 だが彼女の足がパタリと止まる。

 振り返ると、胡乱な眼差しを俺に向けてきた。


「ねぇお兄。まさかわたしが居ないのをいいことに、女連れ込んでたりしないよね?」

「は、はぁ? そんなこと……」


 否定しようとした刹那、俺の声が途切れた。


 どうしよう。めっちゃ連れ込んでました。

 何なら同棲してました。なんなら現在進行形で同棲中でした。


 偶然にも、日比谷は今居ないけれど、それも時間の問題だ。


「一応確認しただけだよ。なにビビってんの? え、まさかホントに」

「…………」

「誰? お兄にカノジョとかわたし認めてないんだけど。早く会わせて! お兄に相応しいか見定めるから!」

「見定めなくていいって!」


 美咲が俺に詰め寄ってくる。

 その時だった。玄関扉がガチャリと開く。


 そこから現れたのは、俺の幼馴染でカノジョたる日比谷沙由だった。


「あ、涼太くん。ただい──」


 一瞬、時が止まる。

 美咲と日比谷は、パチリと目を合わせたまま、その場で硬直していた。


 少しの沈黙の後、美咲が俺の胸倉を掴んで問い詰めてきた。


「お兄! なんであの人がココにいるの⁉ 今ただいまって言おうとしてた! え、まさかわたしが居ないのを良いことに、一緒に住んでたの!?」

「え、えっと……それはその……」


 これから面倒な展開になることを見越した俺は、頭が痛くなるのを感じていた。

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