好きの告白

「日比谷は、俺のどこが好き、なの?」


 日比谷と付き合うことになってから、ずっと気になっていたことがあった。

 それは、彼女が俺のどこに惚れて恋人になり、あまつさえ結婚を迫ってきているのだろうと。


 幼馴染として培った関係はあるが、だからといって、日比谷が俺を恋愛対象として好いてくれる理由が分からなかった。それこそ、日比谷ほどの美少女なら引く手数多。わざわざ俺に執着する必要はない。


 それが心のどこかでしこりになっていた。つい気になって、感情の赴くまま問いかけてみたが、


「全部です」


 彼女からの返答は至極シンプルだった。俺の不安が馬鹿らしくなるくらいに。


「全部って……いや」

「涼太くんの顔も、機転が効くところも、誰にでも優しいところも、照れ屋さんなところも、真面目で勉強熱心なところも、全部……全部大好きですよ」

「へ、変な奴だな」

「だとしたら涼太くんの責任ですね。好きな人のことは、どんな所でも好きになっちゃいますから」

「……ッ。と、というか、俺が聞きたいのはそうじゃなくて……なんつーか」


 俺はそこまで言いかけて、言いよどむ。

 すると、俺の言わんとしていることを察したのか、日比谷が俺の顔を窺ってきた。


「私がいつから涼太くんのこと好きになったか、てことですか?」


 コクリと首を縦に下ろすと、日比谷が愉しそうに口角を緩ませる。

 そして意地悪するように、口元に人差し指を置いて、続けた。


「いつからだと思います?」


 心臓がドキッと高鳴る。早鐘を打っていることが分かった。

 いつから好きで居てくれたのか。日比谷の好意に一切気づかなかった俺は、その回答を持ち合わせていない。適当に思いつきで答える。


「……わかんないけど、高校生になったくらい?」

「違いますよ。もっと前です」

「じゃあ中学生?」

「違います」

「じゃあ小学生か?」

「惜しいです」

「もう幼稚園しかないんだけど」

「あ、正解です」


 ピンポンピンポン、と日比谷は正解のコールを口ずさむ。

 だが、俺に正解した実感はなく、戸惑うしか無かった。


「幼稚園って、それはいくらなんでも盛ってない?」

「盛ってないですよ。本当です」


 幼稚園となると、思い出せる記憶の引き出しは少ない。そんな小さい頃から、俺を異性として好きでいたとは、信じがたいところがあった。


 眉間にシワを寄せると、俺の疑問を解消するように、日比谷は話し始めた。


「……覚えてますか、年長さんの時書いた『好きな人』を題材にした似顔絵」

「似顔絵? そんなのやったっけ?」

「やりましたよ」


 幼稚園の頃の記憶など、俺の脳にはほとんど残っていない。

 僅かな幼稚園の記憶を頼りに必死に思い出そうとする中、日比谷は話を続ける。


「みんな、お父さんとかお母さんとか家族の絵を描く中……涼太くんだけ、私の絵を描いてくれたんです。同じ組の子たちがみんなして涼太くんが描いた絵を揶揄からかうんですけど。でも、涼太くんは『好きな人を描いただけ』ってハッキリ言い返してて。あの時から、私は涼太くんのことが好きになりました。……その、男の子として」


 不思議と昔の記憶が蘇ってくる。

 ああ、そういえばそんなことがあった。


『好きな人』をテーマに似顔絵を描く時間があり、俺は迷わず日比谷の絵を描いた。


 当時の俺は日比谷のことが好きだった。それが恋愛的な意味か親愛的な意味かは理解していなかったが、両親以上に好きな存在だった。

 好きな人を描いただけなのに、どうして他の子から揶揄われるのか理解できなくて、自分の想いをそのまま伝えていた。


「…………」

「黙られると困るのですが」

「ご、ごめん驚いちゃって……じゃあなんで、高三になって急に……告白するタイミングはいくらでもあったと思うけど」


 それこそ、『なんでも言うコト聞く券』は小学生時代にあげている。その気になれば、小学生の頃から付き合うことも可能だったはず。


「これまで培ってきた関係を壊してまで、告白する勇気はなかったからです。まぁ、私の気持ちに限界が来て行動に移したわけですが……いえ、違いますね」

「……?」

「涼太くん、東京の大学に進学しますよね」

「……な、なんでそれ知って……」

「この前、勉強教えてもらうがてら、涼太くんのお部屋に行ったことあったじゃないですか。その時、見てしまって」

「あー……」


 迂闊だった。

 確かに俺の机の引き出しには、大学関連の資料がある。俺が東京の大学を目指していることを、そこで知ったのか。


「すみません。漁るつもりはなかったんですけど、視界に入ってしまって」

「いや、謝らなくていいよ」

「別々の高校通っているだけでも、すでに限界に近いのに、物理的な距離まで開いたらと思うと……私、怖くなってそれで」

「そっか……」

「はい。だから結婚したいんです。涼太くんとの繋がりを持っておきたくて」


 最初、結婚を迫られたときは、正気かと思ったが、そういう理由か。

 突飛な発想ではあるものの、附に落ちるところはあった。それにしても、結婚はやり過ぎな気はするが。


「心配しなくても、遠くの大学に行くくらいで、日比谷と疎遠になったりしないよ」

「それでも心配なんです。私、涼太くんがいないと、ダメだから……」


 俯き加減に漏らす日比谷。

 少しだけ重たい沈黙が流れる。


 日比谷は、おもむろに席を立つと、俺の隣にやってくる。

 俺に身を寄せると、囁くように告げてきた。


「好きです涼太くん」

「……ッ、な、なんだよいきなり」

「私と結婚してほしいです」

「そ、それは…………ごめん。無理だよ。今の俺にそこまでの責任を負えない」

「そうですか……」


 しゅんと陰りを見せる日比谷。

 日比谷が結婚に固執しているのは、何か物的証拠が欲しいからなのだろう。


 俺にはそれを与えられないが、それでも、一つ言えることがある。どうやら、日比谷も日比谷で気づいていないみたいだからな。どうやら俺たち幼馴染は、お互いに鈍感、、らしい。


「言ってなかったけどさ、お、俺だって日比谷のこと好きだよ。ずっと……日比谷のこと……沙由のこと好きだった。もちろん今も」

「そ、そうなん、ですか?」


 コクリと頷く。


「……し、知りませんでした」


 日比谷は、膝に手を置くと借りてきた猫みたいに大人しくなる。二人して顔を赤くしながら、ただただ黙り込む時間が流れる。


「涼太くんはいつから私のこと好きでいてくれたんですか?」

「中二の時からだから、日比谷より片想い歴は短いけど」

「う、嬉しいです……」

「そ、それはよかったです……」


 再び沈黙に落ちる中、この気まずさをどうしたものかと俺は考えていた。


 誰か解決策を教えてください。

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