相合い傘
「ついてないな……」
買い物を終え、帰路に就いている最中。
突発的な雨に見舞われ、俺たちはコンビニで雨宿りをしていた。まだ、家までは十五分以上かかる。
ザーと耳朶を打つ量の雨。
傘を差さないと、下着までびっしょりと濡れるような大雨だ。この様子じゃ数時間は止みそうにない。
「困りましたね……天気予報を確認してませんでした」
「少し割高だけど、傘買って帰ろっか」
「そうですね。そうしましょう」
不幸中の幸いだったのは、雨宿りに選んだ場所がコンビニだったこと。
手痛い出費ではあるけれど、傘を買えば無事に帰宅できる。
日比谷の許可も下りたところで、適当にビニール傘を二本手に取った。すると、日比谷が怪訝そうな顔で、服の袖をちんまりと掴んできた。
「何してるんですか、涼太くん」
「え? 変なことした?」
「一本で十分じゃないですか」
「でも、それだと相合い傘に……」
「なにか問題あります?」
「いや、な、ないけどさ」
傘一つあれば、びしょ濡れは避けられる。
家までの距離はそう遠くないし、無理に傘を二つも買う必要はないかもしれない。
でも、相合い傘か……。それはなんというか、普通に恥ずかしい。
勝手に日比谷との相合い傘を想像して照れ臭くなっていると、「ありあっしたー」とやる気のない店員の声が聞こえた。見れば、日比谷がレジを済ませた後だった。彼女の手には、ビニール傘が一本握られている。
……俺がたじろいでいる間に、相合い傘が決定した。
「さて、帰りましょうか涼太くん」
「あ、あぁうん」
こうなった以上、気合いを入れ直そう。パンパンと頬を叩いて、己を鼓舞する。
コンビニを出ると、俺は小さく深呼吸をして、日比谷に向かって左手を差し出した。
「……?」
だが、俺の行動が伝わらなかったのか、日比谷がきょとんと首を横に傾ける。俺は催促した。
「ん、はい」
「え? ……えと、はい」
日比谷は、徐々に頬を紅潮させると、恐る恐る右手で握り返してくる。
俺は頬に朱を注ぎ体温を上げると、勢いよく首を横に振った。
「ち、ちがっ、手を繋げってことじゃない!」
「え、違うんですか? じゃあ、何ですかその手は!」
「傘貸してってこと。俺のが身長あるしさ。俺が差した方が合理的でしょ?」
「そ、そういうことですか。じゃあ、お言葉に甘えて、よろしくお願いします」
日比谷がビニール傘を手渡してくる。
傘の受け取ると、早速展開した。二人で使うには、多少物足りないけれど……なんとかなりそうだ。
「じゃあ帰ろっか」
「はい、帰りましょう」
「……ち、近くない?」
「このくらい近くないと濡れちゃいます」
「そ、そっか……そうだよね」
「私の方に傘傾けなくていいですよ。涼太くんの肩、濡れちゃってます」
俺の右肩が濡れていることを指摘される。
……バレてたのか。一応彼氏らしくしてみたつもりだったのだけど。
「でもそうしたら、日比谷が濡れるから」
「私はいいんです。涼太くんが風邪を引く方が問題ですから」
「男は多少丈夫に強く出来てんだから平気だって」
「私も丈夫なので平気です。涼太くんメインで傘使ってください」
「どこが丈夫だよ。すぐ身体壊すくせに」
「最近はそんなことないですから。小学生くらいの時は、やたら病気がちでしたけど」
「やっぱ傘二つ買っとけば良かったんじゃないの?」
「それは勿体ないです」
勿体ない、その意見はもっともだ。
けれど、こうして譲り合いが勃発するくらいならば初めから傘を二つ買うべきだった気がする。
日比谷は視線をそっぽに向けると、呟くように続けた。
「それに……涼太くんと、相合い傘したかったですし」
「……っ」
「昔はよくしてくれたのに、いつからか全然してくれなくなりましたしね」
「うっ……そ、そりゃ、特に小学生のうちはからかわれるし」
「分かってますよ。でも、久しぶりに涼太くんと相合い傘したくなったんです」
俺の身体が加速度的に熱くなっていく。雨のせいで風邪引いたのかな。
ともあれ、これまで寂しい思いをさせてしまった謝罪も込めて、俺は恥を忍んで告げる。
「これからは……その、いつでも出来るから」
「本当ですか? いつでも相合い傘してくれるんですか?」
「さすがに土砂降りな時まで相合い傘は遠慮したいけどな」
「了解です。じゃ、少し大きめの傘を買わないとですね」
日比谷はふわりと微笑むと、一層俺との距離感を詰めてくる。
肩と肩が密着し、彼女の体温が洋服越しに伝わってきた。俺も大概だが、日比谷も顔が赤くなっている。
そのまま、自宅を目指して歩を進めていく。徐々に雨脚が弱まっていった。
数時間は続くと予想した雨だったが、すっかり小雨になっている。これなら傘はなくても良いレベルだった。
なんだったんだ、この嫌がらせみたいな雨は……。
「雨、止んできたな」
「止んできちゃいましたね」
すっかり雨の上がった道を、相合い傘をしながら帰る俺たちだった。
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