買い物
「涼太くん」
「……ん?」
同棲二日目。日曜日。
午後二時を過ぎたあたりだった。
ソファでスマホを弄っていた俺の元に日比谷がやってきた。
「私、買い物に行ってきますね。夕飯は何がいいですか?」
「買い物なら俺も一緒に行くよ」
「大丈夫ですよ。買い物くらい私一人で」
「いや荷物持ちくらいするって」
「でも──」
そういえば日比谷は、妙なところで気を遣う性分だった。特に、雑務など面倒なことは自分一人で片付けようとする傾向がある。
ここは搦め手を使った方がいいか。
俺は視線をあさってに逸らすと、ポリポリと頬を掻きながら。
「日比谷と一緒に居たいから、ついていきたいんだけど……それでもダメ?」
「い、一緒に居たいですか? 私と」
「そりゃ、付き合ってるんだし」
「……っ、そういうことなら、涼太くんも来ますか?」
コクリと首を縦に下ろす。
そんな一幕があり、俺たちは近くのスーパーへと向かうことになった。
二十分ほど歩き、スーパーにやってきた。
近所でも安いと評判のスーパーなだけあって、そこそこ混雑している。
普段は、一人でこのスーパーに訪れるため、誰かと一緒に来るのは新鮮だった。無駄にソワソワしてしまう。
そんな心情をひた隠しながら、カートを押して日比谷の後ろをついていく。
日比谷は野菜コーナーで足を止めると、あれでもないこれでもないと熟考を始めた。
「随分と見定めるんだな」
「そうですか? このくらい普通ですよ」
トマトを二つ手に取り、形や色合いを比べている。
必要な食材を、適当に手に取ってカゴに入れるタイプの俺からすると、日比谷の行動はあまり理解できない。
「どっちも同じじゃないか、それ」
「違いますよ全然。ほら、ちゃんと見てください。こっちの方が色合いはいいでしょう?」
「あ、あぁ……じゃあそっちでいいんじゃないか?」
「でも、形が若干歪なのが気になります。こっちの方が形は綺麗です」
ほとんど違いがわからないが、気に食わないらしい。
ジーッと目を凝らして頭を悩ませる。そんな彼女を見て、ふと思ったことを口にした。
「なんか主婦みたいだね」
「えっ……そう、見えますか?」
一瞬にして頬を紅葉させると、日比谷はパチパチと俺を見てくる。……今の発言はちょっと迂闊だったかもしれない。
「い、いや、深い意味はないからな。ただの比喩だよ比喩」
「わかってますよ。遠回しのプロポーズって事ですよね。近い将来、主婦として俺を支えてくれっていう」
「解釈が飛躍しすぎてる!」
「全力で支えますからね、旦那様♡」
「だから違うって! 大体、結婚する気はないって何度も言ってるよな」
「……少しくらい乗っかってくれてもいいじゃないですか」
日比谷が寂しそうに視線を落とすと、不貞腐れたように呟く。
その反応が少し意外で、俺はつい黙り込んでしまう。
「あ、涼太くんは、どっちがいいと思いますか」
沈黙を経て、日比谷は手元のトマトを思い出すと、俺に向かって突き出してきた。
選択する権利を俺にくれるらしい。
色合いか、形か。どちらでもいいが、強いて言えば……そうだな。
俺は片方のトマトを指さして言う。
「……色合いが良い方、かな」
「そうですか。じゃあこっちにします」
「俺の選んだ方と違うんだけど」
「それが何か」
「……な、なんでもないです」
「ですよね」
俺が結婚する気はないと言ったからか、日比谷の機嫌を損ねたらしい……。
十五分ほど店内を見て回り、買い物も終盤。
あとは、レジで会計を済ませるだけになった頃。
レジの順番待ちをしていると、急に日比谷が俺の洋服の袖を掴み、身体を寄せてきた。頭部が俺の肩に乗っかり、甘い香りが漂う。
「どうかした?」
「えへへ、暇なので涼太くんに甘えようかと」
「……っ。ひ、人目もあるんだしさ……」
「いいじゃないですか。別に誰かに迷惑かけてるわけじゃないですし」
それはどうなのだか。背後から凄い怨念を感じる。
買い物中にイチャつくなという、殺気をビシビシ背中に感じていた。
俺がたじろいでいると、日比谷が俺の左手をそっと握ってきた。
「ひ、日比谷、さん? ……それはちょっとやり過ぎじゃないでしょうか」
「付き合ってるんだから、全然やり過ぎじゃないです」
「で、でも」
「えへっ、涼太くんの手、ごつごつしてて男らしいです」
「感想言わなくていいから」
「私の手はどうですか?」
感想を求められる。
柔らかくて、すべすべして、胸の奥が温まるような充実感がある。なんか感想が変態みたいだな。当然ながら、そんな感想を直接伝える気は起きなかった。
と、タイミングよくレジの番が回ってくる。
「ほら会計。手、離して」
「涼太くんは照れ屋さんですね」
日比谷は俺から手を離すと、今度は腕に絡んでくる。
やたらと憎悪にまみれた視線を周囲から感じる。呪い殺されないといいけど。
そうひっそりと身の安全を願う俺だった。
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