結婚を前提に
「私と結婚してください、涼太くん」
小学生の頃、俺は誕生日プレゼントに『なんでも言うコト聞く券』なる代物をプレゼントした。そしてあろうことか、有効期限を設けていなかった。
つまり、日比谷の手元にあるソレは、俺に限り効力を持った代物ということになる。実際、誕生日プレゼントとしてあげたモノだし、今になって蔑ろにするのは忍びない。
だが、いくらなんでも彼女の要求が度を過ぎているのは間違いないわけで。
「け……結婚はさすがに無理だって」
俺は婚約を迫ってくる幼馴染に対して、否定的な態度を示していた。
日比谷は、『なんでも言うコト聞く券』を胸元に掲げると、小さい頬をぷっくらと膨らませながら、
「なんでも言うこと聞いてくれる券じゃないんですか?」
「そうなんだけど……さすがに限度があるというか」
「限度があったら、なんでもじゃないじゃないですか」
「そうだけど、まさかそんな要求されるとは予想してなかったというか……」
俺は一筋の汗を垂らしながら言う。
パチクリとまぶたを瞬かせ、日比谷は照れ臭そうに。
「えへへ、ありがとうございます」
「いや、褒めてはない。それに、もし結婚したとしても離婚したらそれで終わりだよ。残るのは、バツ1とかいう不名誉な称号だけ。良いことないだろ?」
「なんで離婚前提なんですか。私、涼太くんと別れる気ありませんよ」
「そっちがその気でも俺はそうとは限らないでしょ?」
「私を捨てる気ですか!?」
「いや、捨てるっていうか、今の俺に誰かと結婚できるだけの甲斐性はないんだ。だから、悪いけど日比谷と結婚する気はない」
俺はため息混じりに言い放つ。
もう少し気の利いた言い方はあったと思うが、今の俺にはそこまでの余裕はなかった。
ともあれ、この発言が効いたのか日比谷はしゅんと顔に陰りを見せる。
ちくりと胸に痛みが走るが、ここは耐えるしかない。
いくら気心の知れた幼馴染といえど、交際0日婚なんて常軌を逸脱している。学生結婚なんて、世間知らずもいいところだ。
だから、日比谷の逆プロポーズに対して俺が良い返事を出すことはあり得なかった。
「……そーですか、わかりました」
「あ、あぁ。わかってくれた?」
「はい、涼太くんがそのつもりなら仕方ありません。離婚してもいいので結婚してください!」
「全然わかってないな⁉︎ 離婚だよ。バツ1になるんだよ!?」
「はい、問題ありません」
「大アリだろ!」
日比谷はキッパリと断言する。
理解を得られたと思ったのだが、ダメだった。離婚してもいいから結婚って、正気ではない……。
俺の幼馴染って、こんな妙竹林なこと言うやつだったっけ?
「だってまだ、九枚ほどストックがありますし……」
「あぇ?」
日比谷がポケットから追加で紙を取り出す。
それらは全て、昔、俺が彼女にあげた『なんでも言うコト聞く券』だった。
……はっ。
すっかり忘れていたが、俺があげたのは一枚だけじゃない。十枚あげたんだった。
「ちょ、ちょっと待て。てことは……」
「はい、最低でも十回は結婚できますね♪」
俺の頬が斜めにひきつる。
なんつーもんをプレゼントしてんだ昔の俺は!?
「考え直してくれない? バツ10とか勘弁したいんだけど」
「だったら涼太くんが考え直してください。そもそも離婚しなければ、バツが一つも増えませんし」
「うぐっ……大体、どうして結婚なの? 恋人になるとかじゃダメなのか?」
「なってくれるんですか?」
「え?」
日比谷が茶色い瞳に期待を宿らせながら問いかけてくる。
たしかに、恋人ならば問題はない。
結婚と違って敷居は高くないし、破局してもバツはつかない。第一、灰色な高校生活を送っている俺にとっては、朗報でしかない。しかもその相手が日比谷なら尚更──
「私と、付き合ってくれるんですか?」
日比谷が前のめりになって、俺を上目遣いで見つめてくる。俺は頬に朱を注ぐと、真っ赤な顔を隠すように
「それはその……まぁ、はい」
俺の返答に、日比谷はぱあっと目の色を輝かせた。
「じゃあ、結婚を前提にこれからよろしくお願いしますね。涼太くん」
日比谷が、俺に向き直り朗らかな笑みを浮かべて大それたことを言ってきた。
俺と結婚したい意思は相当強いらしい……。
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