病院ってそもそも怖いところだよね。偏見だけど。

「いやぁ〜、この前はどうも。本当はその時にすぐにでも頼みたかったんだけど、なんせあの後、それまでぱったり来てなかった他の患者さん達もわんさか来てねぇ、君の言ってた通り、本当に呪いだったんだって思ってさぁ〜。あ、でも相変わらず合コンじゃ全然モテないんだけどねぇ。アハハハ…」

 呑気な調子でペラペラ語っているのは、数日前に総司を連れていった病院の先生_確か名前は、五反田ごたんだといったかな…。今日は白衣姿ではなく至ってラフな平服で、由梨家の元・剣術道場で何でも屋をしているあたしを訪ねてきたのだ。その理由はもちろん、

「実はね、折り入って君に頼みたいことがあるんだ」

 もはや道場の半分以上をあたしのスペースにしたそこの、ちゃぶ台を挟んで向こうに座した五反田先生は、神妙な面持ちでそう切り出した。

 よしきた。

 がしっと内心ガッツポーズをとるあたし。

「例の呪いの件でしょう?」

「何それ⁉︎面白そう!私も聞きたーい!」

「…。」

 あたしが分かっているという意を込めて頷き五反田先生に応じると、どこからともなく現れた総司が嬉々とした様子で割って入ってきた。

「やぁ、えーっと総司そうしくんだったっけ?その後の調子はどうだい?」

「おかげさまで。すっかり良くなりました!ありがとうございます、先生。今日は一体全体どうされたんですか?」

「うん。実はね、この前の…」

「ちょーっと待て!総司!あんたどこから湧き出てきたのよ!」

「え、普通に入口から入ってきましたよ。ダメですよぉ、早亜矢。お客様が来たらお茶菓子ぐらい出さないとー」

「あ、お構いなくー」

「いえいえ、どうぞ。粗茶ですが召し上がってください」

 いつの間にかちゃぶ台の上に準備されていたお茶と煎餅。五反田先生は「それじゃあ、遠慮なく〜」と言ってズズズとお茶を啜る。

 一息ついて、五反田先生は話を始める。

「簡潔に言うなら、この前、僕に呪いをかけた人物を見つけ出してほしいんだ」

 

 五反田偆夫ごたんだとみお。二十六歳独身。外見より全然若いもんだから驚きだったが、それはさて置き、地方出身で帝都に来たのは五年前とのこと。帝都医科大学病院で数年勤めて、去年念願の診療所を開業した。特段、誰かから恨みを買うような覚えはないらしいが、この前のようなことがまた起きないとも限らない。ただ、他人を寄せ付けない術とはいえ、それまで自分が診ていた患者さんが来なくなることや、来ないことで病状が悪化していた患者さんもいたらしい。他者の個人的な恨みで関係のない患者さんにまで被害が及ぶのは堪え難いと感じ、実際に、呪いにいち早く気づき尚且つその解放まで果たしたこのあたし、天才美少女魔導士・水木早亜矢みずきさあやちゃんのところに相談に来た、というわけである。


「患者さん達から、君たちの噂を聞いたんだよぉ〜。若いのにすごいねぇ〜、ご夫婦で何でも屋?やってるんでしょう?」

 ぶー。

 五反田先生の言葉にお茶を吹き出すあたし。

「うわっ!汚っ!ちょ、何やってるんですか⁉︎早亜矢⁉︎」

 慌ててどこからか雑巾を持ってくる総司。

 いや待て。コラ待て。

「だっ、誰が⁉︎夫婦で、何でも屋なのよ⁉︎」

「え、違うのぉ?」

「まあ夫婦みたいなもんですけど♡」

「何でそーなるっ⁉︎」

 にこやかに答える総司にツッコむあたし。

 かくいう、あたしも今はこうして帝都暮らしがすっかり馴染んでいるが、出身は東北にある小さな村だったりする。ここ_総司の家の剣術道場に居候させてもらって魔道士として何でも屋をやっているが、いずれは、あたしのこの類まれなる才能を世に知らしめて帝国魔導士の最高峰と言われる七賢者となって、毎日美味しいもの食べて幸せに暮らす(予定)なのだ!

 それを、どーゆーわけか、総司の許嫁だとか夫婦だとかヒモだとかタダ飯食らいだとか言われることもあったりするが、そーゆー事実は…多分ない!

 …いやまぁ、タダ飯食らいは、もしかしたら、ちょっと、ちょこーっとあるかもだけど…。

「総司!そもそもあんたがそーやって事実無根な噂をきちんと否定しないからこーゆー誤解を招くようなことが起きるんでしょーがっ⁉︎」

「事実無根じゃないですよ、ちゃんと結婚前提にこうして一緒に暮らしてるじゃないですか」

「いやだから!どーしてそーゆーことになるっ⁉︎」

「うんうん。仲がいいねぇ〜」

 頭を掻きむしって喚くあたしに、おもくそ呑気な声をかける五反田先生。

「そうなんですぅ。もう夫婦当然というか、新婚ラブラブ夫婦みたいな?ちょっと奥さんがテレ屋さんなんですけど…んぎゃっ!」 

 テキトー抜かす総司のドタマを魔法の炎で燃やして、あたしは話を本題に戻すことにした。

「で、念のためにもう一度聞くけど、あなたに呪いをかけるような人物に、本当に心当たりはないのね?」

 あたしの問いに、腕を組んで考え込むように「うーん」と呻く五反田先生。

「…あんまり、人に恨まれたりするような事はしないで生きてきたつもりなんだけどなぁ…でも、もしかしたら、僕が気付けてないだけで、知らないうちに恨まれるようなことをしてきちゃったのかもしれないよねぇ」

 ぶつぶつと呟きながら長考する。

 まぁ確かに、一見、珍獣のような外見だが物腰は穏やかだし、医者としての腕っぷしも悪くはなさそうだ。どっかの医術師優一みたいに高慢チキな雰囲気も全く感じられないし、恐らくだが患者さんからの信頼も厚いのだろう。しかし、人間どこでどんな恨みや妬みを買っているか分かったもんじゃない。特に妬みといった類のものは、当人に何の非や落ち度がなかったとしても、いや、恐らくは何の非もない人間ほど妬まれやすいものなのかもしれない。

「…うーん。やっぱり特には思いつかないかなぁ…」

「分かった。そうなってくると、犯人探しは結構、難航しそうだけど…」

「先生は、犯人見つけ出してどうするんですか?」

 唐突に横から口を挟んでくる総司。その疑問にあたしは訝しんでこたえる。

「そんなの決まってんじゃない、もう二度とあんなくだらない真似しませんって懺悔をさせてからの、火炙りとか爆破とか…」

「いや、そこまではしないけど」

 あたしの言葉を遮って、五反田先生が困惑気味に言う。

「えっ⁉︎どーしてよ⁉︎二度と同じ過ちを犯さないように粛清すんじゃないの⁉︎」

 言うあたしに、五反田先生は困ったように頬を掻きながら

「まぁ、確かにその通りなんだけども、そこまでやるつもりはなくて、ちゃんと話し合いでどうにかなるならそれに越したことないかなって。相手がどんな意向があってあんなことをしたのか分からないし、僕に何か問題があるなら真摯に受け止めて改善していきたいとも思うんだ。まぁ、話し合いがダメだった時のことは…その時にまた考えればいいかなぁって…あれぇ?どうしたの二人とも?」

 五反田先生の言葉に、はらはら涙し、拍手を送るあたしと総司。

「いやぁ、なんて言うか…」

「ホント、できた人…人格者ですね。知り合いの医者優一に爪の垢でも煎じて飲ませたいぐらいですね」

「と、とんでもないよぉ。僕なんてホントそんな大した人間じゃないしそもそも女の子に全然モテないしぃ〜、ちょ、ちょっと拝むのやめてぇ〜」

 こうして、あたし(と何故か総司)は、五反田先生に呪いをかけた人物探しを開始したのだった。

 

 

 

「んー。とはいえ、ホント、手がかりが全くないってのも困りもんよねー」

 五反田先生からの依頼を引き受けたあたし達はとりあえず、帝都で情報収集をするべく街へと繰り出した。

「なんだか、探偵みたいでワクワクしますね!名探偵ですよぉ〜♡」

 インバネスコートとホームズハットを身に纏った総司がきゃぴきゃぴしながら言う。

「似合います?♡」

「…どっから出したのよ」

 ビシッとポーズを決める総司にとりあえず嘆息混じりのツッコミを入れてから、

「とりあえず、五反田先生とこによく来る患者さんとか交友関係当たってみようか。地道にやってくしかないかなぁー…」

 呟くように言うあたしに、「そういえば」とぽんっと手を打って、懐から一枚の紙切れを取り出す総司。

「今朝の新聞の広告でこんなの見つけたんですけど?」

「広告…?」

 このタイミングで広告の話をされても…と呆れ半分にそれを受け取り、目を通すと

 

 『怪奇⭐︎呪いの館

 呪い承ります。受験戦争、親との確執、販売競争、気になるあの子、ぜーんぶ呪って解決♡今なら決算セール中につき、最大四十パーセントオフ…云々』

 

 …。

「うがぁぁぁぁぁ…!」

「あ、あれぇ?破いちゃうんですか⁉︎」

 途中まで読んでたらとてつもない嫌悪感で、あたしはほぼ無意識にその広告とやらをビリビリに破り捨てていた。

 ぜぇはぁ、と息をつくと、キッと総司を見やって、

「なんなのよ、これは⁉︎」

「だから、今朝の新聞の広告に…」

「それは分かってるの!そうでなくて!何なのよ⁉︎呪いの館って!誰がンなとこ利用すんのよ!決算セールって何⁉︎呪いで全部解決♡ってどーゆーことよぉぉぉ!」

 ひとしきり喚き散らすあたしに、「どうどう」と落ち着くよう肩をポンポン叩く総司。

「そこの地図見ました?何気に五反田先生の病院のすぐ近くなんですよ。何の手がかりもないなら、とりあえず行ってみません?」

 目を輝かせながらそう言う。が、

「…あんた、楽しんでるでしょう?」

 ジト目で問う。

「てへ♡バレちゃった♡…痛っ!」

 頭を掻きながら全く悪びれた様子もなく答える総司のスネに蹴りを入れてから、あたしは歩き出したのだ。_呪いの館へと。

 

 

 

 そこは、なんというか、そう。あたしが女学校に通っていた時代の、学祭でやってたお化け屋敷みたいな風貌の家…というか、ほったて小屋みたいな。そんな感じのところだった。見上げると、デカデカとした、これまた手作り感満載の字で『呪いの館』と書かれた看板が掲げられている。

「…。」

「なんか学生が作るお化け屋敷みたいですね!」

 隣で瞳を輝かせながら、あたしが思っていたことをそのまま口にする総司。

「…そだね」

 ピクピクするこめかみを抑えつつ短く応える。なんつーか、もう色々とツッコみたいところが満載すぎて処理しきれないのだ。

「じゃ、早速入ってみましょう♡」

 がしっとあたしの手首を掴んで、総司が今にもスキップしそうな勢いで先に行こうとする。

「ちょ、ちょっと待って!」

 慌てて、手を払って静止するあたし。

「? どうかしました?」

「…いや、なんつーか、その、苦手な雰囲気とゆーか…」

 きょとんと小首を傾げる総司に、あたしはしどろもどろ応えた。

 ハッキリ言おう!あたしはお化け屋敷というものが苦手だ。人為的に驚かされたり、暗いところからいきなり飛び出してきたり、変な効果音で井戸から血塗れの女の人が現れたり、皿割ったり、あんなの何が楽しいんだ!ちっとも理解できない!

「え、でも早亜矢。普通に妖怪とか霊体とか、倒してるじゃないですか?」

「それはそれ、これはこれよ」

 ハッキリと言い切るあたしに何故か困惑気味に唸る総司。

「…まぁでも、ここ、とりあえずお化け屋敷じゃないし。行ってみましょうよー」

「それっぽいのが出たら攻撃呪文でぶっ飛ばしていい?」

「うーん。時と場合によるかなぁ…」

 軽口を叩きながら古びた木製の引き戸が、いかにもという感じの音を立てながら開き、総司に続くようにして中へと入る。

 薄暗い室内には窓がないのだろうか。外はまだ昼間だというのに、そこだけ別の時間を辿っているかのようだった。

「ごめんくださーい!」

「くっくっくっ…ようこそお越しくださいましたぁぁぁぁ…」

「炎よっ…!」

「あー待って、待って。早亜矢。落ち着いて。多分、一応、ヒトですから」

 含み笑いとともに闇の中から現れた怪しい人影に向かってあたしが宣言通り攻撃呪文をぶっ放そうとしたのを慌てて止める総司。この間、わずか一秒ほどの出来事。

「お客様ですかな?ようこそ、呪いの館へ」

 闇に目が慣れてきたので、そいつの風貌や室内の様子も徐々にわかってきた。さほど広くない室内には飾りっ気はなく、カウンターのような台があるだけ。そして、その向こうにいるのが、

「魔道士の菴木あんもくと申します。以後、お見知り置きを。くっくっくっくっくっ…」

 丁寧な口調でそう言って、不気味な含み笑いをする菴木と名乗ったそいつは、小柄な体型を背景と同じ闇色のローブで包み、目元まで覆ったフードのせいで年齢や容姿は不詳。声からして男であることは分かるが、見るからに怪しさの権化みたいな格好の輩だった。

「…おやおや、これは実に珍しいお客さんではありませんか」

 ゆっくりとした口調で言いながら、ギラっとフードの下の眼が光を灯した。その刹那_!

「⁉︎」

 菴木が振りかざした両の手の合図にこたえるかのように無数の氷の矢が現れ、あたし目がけて撃ち放たれた!

 こんにゃろう!

 急ぎ応戦の術を構成する。が_

 

 ザシュゥゥンッ…!

 

 一閃。あたしが応戦するよりも速く、総司の雷霆の如く振り下ろされた刃に、菴木の放った氷の矢は全て撃ち落とされていた。

「なっ…⁉︎」

 驚愕の声をあげる菴木。

「駄目ですよぉ。室内で魔法なんて使ったら。由梨家うちじゃどやされちゃいますよー」

 背を向けているので表情は分からないが、いつもとは違った淡々とした調子で言いながら刀を鞘に収める総司。

 菴木は気迫に押されたのか、後退りその場に尻餅をつく。

「ちょっとあんた!いきなり、何してくれてんのよ!」

 総司をぐいっと押しのけて、あたしは菴木の胸ぐらを掴み上げると、ガクガク揺さぶった。

「ぐぇっ…す、すみませんっ、帝都の破壊神と名高い水木早亜矢殿がこんな場所にお越しくださったので、つい浮かれて、あ、いえ、違うんです。あなた様を倒してどーこーしようだなんて微塵も考えていませんでした、いや、ホント、ホントなんで、あの、首っ、そろそろ離してっ、うがっ、苦じいぃぃ…!」

「誰が帝都の破壊神だってぇぇぇぇ⁉︎」

「んぎゃぁぁぁぁ…!お助けをぉぉぉ…!」

 怒号と悲鳴がこだました。

 

 

 

 自慢するつもりはないが、こう見えてこのあたし!水木早亜矢は帝都でその名を知らぬ者もいないだろうと囁かれているほどの超有名人!類まれなる魔力とセンス、おまけに誰もが羨む美貌と溢れんばかりの才能!そう天下無敵の天才美少女魔道士!それがこのあたしである。

 ふっ。結局、自慢してしまった。

 まぁ、そういうわけで、あたしの才能や能力に嫉妬して変な輩にイチャモンつけられることも少なくはない。この菴木もそういった輩と同じなわけだが。

「…いや、そーゆーことを言ってるんじゃないですね。ちゃんと話聞いてました?」

 笑顔で、しかしいくらか冷ややかな口調で指摘してくる総司。

「え?違うの?あたしの才能とセンスに嫉妬して呪いの館なんて変な商売始めたんじゃないの?」

「全然違いますよぉ」

 全身イモムシよろしく縄でぐるぐる巻きにされた菴木が涙ながらに訴えた。

 曰く、元々はあたしと同じフリーの魔道士だったこの菴木。呪いや呪詛といった類の術を使うことを得意としてきて、商売にしたら意外と儲かることに気づき、こうして店舗を構えたとのこと。いきなり、あたしに攻撃呪文をぶっ放してきたのも、同業のよしみで、挨拶がわりのようなものだと言う。…って。

「挨拶がわりにうっかり攻撃魔法ぶっ放してくるか⁉︎ふつー⁉︎」

「そこはそれ、なんとなくその場のノリとか雰囲気とかで…」

「アホか!その場のノリでこっちは危うく死ぬとこだったわ!」

「大丈夫です、早亜矢。私がいるからいつだって守ってあげますよ♡」

「じゃかましぃ!イケボで言うな!」

「まぁ、ぶっちゃけ、帝都の破壊神として名高いきみをワンチャン倒せたりしたら、僕の知名度も上がって、依頼とかも殺到して、お金持ちの有名人とかになって、趣味のドクロ集めも充実して…くっくっくっ…なんて思ったりもしたり…ぶんぎゃぁ!」

 皆まで聞かずに、菴木の顔面に蹴りを入れるあたし。

「しょーもない野望持つところは早亜矢にそっくりですね。魔道士ってみんなこんな感じなんですか?」

「うるさい!一緒にすなっ!」

 小首を傾げて可愛い感じで聞いてくる総司に問答無用でツッコむあたし。

 わなわなする感情を抑えつつ、あたしは話を本題に持っていくことにした。

「…_まぁ、いいわ。菴木さん。このあたしにいきなり襲いかかってきたんだし、それなりの覚悟はあるわよね?」

「ヒィッ!こ、殺さないでぇぇぇぇ…!」

 いや、殺さないわ。あたしをなんだと思ってんだ。

 キリがないので内心でツッコむ。

五反田偆夫ごたんだとみおって知ってるでしょう?」

「っ…いや、知らないな」

 低い声で聞くと、ピクッと、フードに隠れていても分かる一瞬の動揺。それを悟られないようにか、いささか不自然なぐらいの早口で即答する菴木。

 ビンゴ、と確信する。

「へぇー。そぉー。知らないんだぁ。じゃあ、あなた以外にこの帝都であーんなにすごい呪いを扱う輩がいるってことねー」

「へ?」

「いやー、すごかったわー。なんせこのあたしの術が一度跳ね返されるぐらいなんだから。仕掛け人はきっと天才ねー。でも、あなたじゃないみたいだし、他を当たりましょうかー」

 残念、と大きくため息まじりに言って、くるっと背を向けるあたし。

「あ、忘れてました。僕です。それやったの僕でーす」

「ありがとー♡正直に白状してくれて♡

 _…で、誰がなんの目的であんたにンなコト頼んだのか、洗いざらいきっちり白状してもらうわよ」

 

 

 

 夕方。

 あたしと総司は、五反田先生の病院の前にいた。

「…うーん。困ったわね」

 腕を組み唸るあたし。

「?何が困ったんですか?」

 こちらを覗き込んできて呑気な口調で言ってくる総司。

「何がって…だって…」

 あたしが言いかけたその時、

「あれぇ?この前の…えっと、総司さんと早亜矢さんですっけ?こんにちは!どうされたんですか、そんなところで?」

 カランと病院のドアが開いて、中から看護婦の稔瀬なるせさんが姿を見せた。

「あっ、いや、えーと…五反田先生はまだ診察中かしら?」

「まだ診療時間ですけど、今ちょうど患者さんも皆さん帰られて落ち着いたところですよ。先生に御用ですか?どうぞ、お入りください」

 しどろもどろに聞くあたしにも稔瀬さんは明るい口調でそう返すと、あたし達を中へと招き入れてくれる。

「先生ー!お客様ですよぉ〜!」

「やぁ、早亜矢さん。総司さん」

 稔瀬さんの声にひょっこり姿を見せる五反田先生。

「それじゃあ、私は外掃除してきますね」と、笑顔でそう言ってこの場から立ち去ろうとする稔瀬さんに

「待って」

 静止の声をかけたのは、もちろんあたし。

「稔瀬さん、あなたにも聞いてもらいたいの。というより、あなたがいないと話が進まないの」

「へ?」

 あたしの言葉に、間の抜けた声を上げたのは何も知らない五反田先生。

 あたしは稔瀬さんの背中に向けて、言った。

「この前、五反田先生に呪いをかけた張本人は…あなたね、稔瀬さん」

 一瞬の沈黙の後。

「えええええええっ…!」

「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁいいいい!」

 五反田先生の驚愕の声と稔瀬さんの声が重なった。

 ん?

「なっ、えっ、ええええ…⁉︎な、稔瀬くんがっ、ええええええ…⁉︎」

 本気で驚いてる様子であたしと総司と稔瀬さんを交互に見やる五反田先生と、

「ごめんなさい!ごめんなさい!本当にごめんなさいぃぃぃ!」

 顔を真っ赤にして泣き崩れてしまう稔瀬さん。て、

「え、ちょ、ちょっと待って。稔瀬さん。一体、どーゆーこと?」

 あたしが困惑気味に尋ねると、何故か隣で「はぁ」っと深いため息をつく総司。

「本気で分からないんですか、早亜矢?」

 呆れた、と言わんばかりの口調。ムカつく。

「な、稔瀬君が、何で…一体どーしてそんなことを…?」

「ごめんなさい!ごめんなさい!だって、だって、先生ってば…休みの日も合コンとかお見合いパーティーとか行っちゃうし、全然私の気持ちに気づいてくれないんですものぉぉぉぉ!それで、広告で『呪いの館』ってのを見かけて、気になるあの子もどーのこーのって書いてあるもんだからつい、あの!本当に先生に害を及ぼすつもりはなかったんですぅぅぅ!ただ、あたしの気持ちに気づいて欲しかっただけなんですぅぅぅ!」

 …。

『はへえっ⁉︎』

 あたしと五反田先生の驚きの声が見事にハモったのだった。

「え?何?つまり、稔瀬さんは五反田先生のことが好きだってこと?」

「そそそそ、そんなストレートに!あ、でも、その、つまりは、そーゆーことなんですっ…けど…」

「きゃー」と両手で真っ赤になった顔を覆いながら答える稔瀬さん。一方の五反田先生はというと、ポカーンとした顔で固まって動かない。狸の置物のようになってた。

 えー…あたしはてっきり、稔瀬さんが実は悪いやつで五反田先生を亡き者にしようと企んでいるのかと思っていたのに、まさかの展開。呪いの館の菴木も、稔瀬と名乗る女性から五反田偆夫に呪いをかけてほしいという依頼があったと語っていたが、どういった経緯で、何故、五反田先生の相棒的存在の稔瀬さんがそんなことを依頼したのかまでは分からなかった。それじゃあ、もう直接本人に聞くしかない、と、こうしてやってきた訳なのだが…。

「せ、先生。本当にすみませんでした!ずっと先生のこと尊敬していて、一生ついていきたいって思っていたんです。でも、どうやって気持ちを伝えればいいか分からなくて…」

 それで呪うな。相手を。怖いから。

 危うく口に出しそうなツッコミをグッと飲み込むあたし。

「えっ…ええ…ええええええ…っとぉ」

 パチンと弾かれたように我に返った五反田先生が言葉にならない声を上げながら、あたしと総司に困ったように視線を送る。

「…まぁ、そーゆーことだったみたいよ」

 肩をすくめてこたえるあたし。

「女性にここまで言わせたんだから、今度はちゃんと答えないとですね、五反田先生」

 うんうんと頷きながら総司が言う。

「うん?えっ、あ、ええええ…えっとぉ…」

 困惑…というより若干パニックになりつつある五反田先生は、あたふたしながらも、稔瀬さんの側へと歩み寄り、

「んなっ、な、稔瀬くんっ…」

 声が裏返ってやんの。

 危うく吹き出しそうになるのを必死に堪えるあたし。

 稔瀬さんは、呼びかけられても俯いたまま丸くなっていたが、五反田先生はその傍らでしゃがみ込み、その肩にそっと手を添えた。

 窓から差し込む夕焼けと同じく、耳まで真っ赤にした五反田先生が、

「ありがとう、こんな僕を思ってくれてて」

 とても穏やかな暖かい口調でそう、こたえたのだった。

 

 

 

 かくして、一つの事件は終わった。

「いやー。それにしても意外だったわねー」

「え、そうですかぁ?」

 呟くあたしに総司が皮肉ったらしく言い返してくる。

「…何よ、それ?知ってたみたいな口調ね」

 あたしがジト目で返すと、総司はべっと舌を出して、

「だって分かりますよ。普通。てか、早亜矢は女の子なのに本当に乙女心ってのが分かってませんねぇー…って、痛い痛い痛い…」

 ため息まじりに言う総司の足をぐりぐりと踏みつけてやる。

「てゆーか!気になるあの子を呪っちゃう♡って乙女ゴコロかっ⁉︎」

 あたしの至極真っ当な意見も、総司は「うーん」と思案げに呻きながら

「ほら、女の子って星占いとかおまじないとか好きじゃないですか?」

「あー分かるぅ確かにぃ。ってなるか⁉︎」

 思わずノリツッコミ。

「早亜矢は星占いもおまじないも好きじゃなさそうですよねー」

「そんなことないわよ、星読みって古代魔法の始祖って言われてる術があって現代魔法の基盤になってるところもあるし、おまじないってのもいわゆる呪詛の元になってるから…」

「あー。はいはい。すいません。聞いた私がバカでした〜」

 親切に解説してやってるのに、面倒くさそうに手を振る総司。

「まぁでも、よかったですね、五反田先生も稔瀬さんも。二人とも幸せそうでしたね」

「そうだね」

 総司の言葉に頷く。

 あのあと、はにかんだ笑顔であたし達にお礼を言ってた二人。総司の言う通り、とても幸せそうだったなぁと思い返しながら、変な事件だったけど、結果、大団円で何よりだったと思う。

「…_それじゃあ、次は私たちの番ですかね?」

「何が?呪ってほしいの?」

 あたしの顔を覗き込んでくる総司にジト目で問い返す。

「それは…遠回しに私のこと好きって言ってます?」

「何でそーなんのよ!」

 言いながら拳を振り回すがサッと避けられてしまう。

 いつもと同じ、いつもの調子で、あたし達は見慣れた帝都の街並みの中、ふざけ合いながら帰途に着いたのだった。

    

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